第3話 下ネタの苦手な後輩の女の子

 薄暗く薄汚れた薄気味の悪い打ちっぱなしコンクリートの狭い階段を下っていけば下っていくほど青春とは程遠い世界が待っている。華やかなキャンパスで、こんな所を訪れるとは思わなかった。

 秘密のアジトがあるなんてオチはなく、おそらく水道管とかそういった類いの何かしらをメンテナンスするような場所なのだろうけど、ほとんどトマソンみたいなもんだからって、バクハツさんは秘密のアジトにした。さくらんぼバージンは非公認サークルだから、部室がないのである。この五畳ぐらいのじめじめした味気も光もない陰鬱な空間が、さくらんの学校での本拠地らしい。

 四限の授業が途中で終わったからって、早く来過ぎたなこんな所で読書するにもケータイいじるにも視力が低下するだけだと階段にお尻をつけると、「あの……」とか声をかけられるので仰天する。

 普通に目の前に少女がいた。座敷童子みたいにちょこんと奥の隅で体育座りしていた。あまりにおとなしく呼吸の音も聞こえなかったものだから、気付かなかった。

暗がりのなか少女はルカと名乗り、新入生とのことだった。新入りだけども学年が上の俺を、柏木先輩と呼んでくれ、高校時代部活に所属していなかった俺は女の子に先輩なんて呼称してもらえるはずがなかったので非常に嬉しい。

 それで会話が途切れたはやっ!

 彼女の表情は読み取れないけど、多分、すげえ困っているのだと思う。喋り方や振る舞いから、口下手なのは充分気取られる。少しアニメにも近い女の子らしい声は、なかなかそそられるものがあるけれど。

 先輩として、リードを。「んーと、ルカはどこ出身なの」

「あ、福井です」

「福井。へーっ!」やばい福井一回も行ったことないし何があるか全然わからない。「福井って何が有名なの」

「うーん……。ハープが、有名です」

「ハープ! ハープってあの楽器のやつだよね? へーっ!」ハープが有名ってなんだよ奏でたこともなければ音も聴いたことないよ。「ハープって凄いデカいよね! 凄い高そうだしね!」

「そうですね。デカくて、高いです」

「へーっ!」

会話が途切れたうわああキッツ先輩はどこ出身なんですかとか少しはこっちにもなんかくれ。でもそうですねのイントネーションが純朴で素敵だったから頑張ろう。もしかしたら、顔も相当可愛いんじゃないだろうか。「ルカはなんで、さくらんに入ろうと思ったの」

「えーと……」口ごもってしまったので、俺は前のめりになる。「バクハツさんに無理やり誘われたの。ちなみに俺はそうなんだけど」

「違います」

「じゃあなまはげのインパクトにやられたとか。ちなみに俺はそうなんだけど」

「違います」

「じゃあじゃあ、サークル内恋愛禁止! みたいな潔さにひかれたとか。ちなみに俺はそうなんだけど」

「そうですね」よかったやっと当たったちなみに俺はそうなんだけどにひとつも食いついてくれないし冷や汗掻きまくりだった。

「高校とか中学でも、あんまり恋とか、してこなかった感じ?」

「そうですね。はい」

「へーっ! しなくてもいっかなあ、みたいな?」

「はい」

「へーっ!」

会話が途切れたそりゃ恋愛する気のない人に恋愛の話してもしょうがないよなでもはいって相槌の声もまろやかだないいなもしかしたらこーゆー奥手な人こそ俺のセックスレスパートナーにふさわしいのかもなすげえ顔可愛い気がしてきたイメージどんどんふくらむスクラム。

でも絶対に付き合うなんて無理! 会話弾まなさすぎ俺に疑問文使わなさすぎ俺疑問文使いすぎ。テレビの話をしても授業の話をしても俺の話をしても、全て一問一答形式。ここまでの接待モードは初めてだよくったびれびれ。

「へーっ! 福井の平均寿命は全国二位なんだへーっ!」

俺が泣きそうになっていると、コツ、コツとヒールの音が陽の注ぐ地上から下っていくよ救世主やっとひとりきてくだすったありがとう。

しかしヒールの主はいったん立ち止まり、暫くしてコツコツ引き返しやがる、ああ、なんで。

「ちょっと、老舗さん!」

俺は三浪三年生二十四歳さくらん最年長さくらん副会長、キャッチコピーは処女なのに中古、老舗さんに縋り尽くす。

「あれ、柏木くん?」老舗さんがコツコツ降りてきた。途中で足を踏み外し滑り落ち、ぎゃべちゃと俺の脊髄にヒールが突き刺さる超いてえ肉が裂ける。

「良かった、それにルカちゃん。まだ見慣れない顔だから、てっきりバカップルが青姦やり出すのかと思って」

君子リア充に近寄らずの精神でこそこそお暇しようとしてたんだけど、なんだーがははとおばさんみたいな笑い方する老舗さんは当然、おばさんみたいに俺の脊髄に謝らないし鼻の穴が異常にデカい。

「あ、老舗先輩」おずおずとルカがちいちゃく、多分手を挙げた。

「あの、あおかんってなんですか?」

初めての疑問文がそれですか。

「えー青姦も知らないのルカは高校で一体何を学んできたっていうのかしら」

やれやれ、と俺の一段後ろの階段から老舗さんが肩を竦めるが老舗さんだって本質的には知らないくせに教えたがり。

「ちょっと老舗さん。下品すぎますよ話題を変えましょう」俺が止めるも老舗さんは聞く耳持たず、「いいルカちゃん? 青姦ってのは、野外プレイってこと」

「野外で、プレイ。外で何を遊ぶんですか?」

お、本物。

「何って。大人の遊びよ」

「ラジコンとかですか?」

福井の大人たちは、みんなお外でラジコンに興じているのか山本晶みたいに。

「ほんっとに十八歳? セックスよ。セックスのこと!」

「セックスって、あっ」また疑問文を駆使しようとして、ルカが、黙りこくってしまった。

会話が途切れる。老舗さんがニヤニヤしている。正直、俺もちょっと、ニヤニヤ。

「ルカ。ちゃーんと、セックスは知ってるのね」

「知らないですよぅ……」今日、一番か細いルカの声。

「嘘おっしゃい。でもドスケベじゃなく、本当に保健体育レベルしか知らないっぽいわね。後で手品の家についたら、たっぷりと無修正のえっちなビデオ見せてあげる。キャベツ畑にコウノトリ。下卑た快感ね」

さくらんの先輩はみんな闇撫クラスの下衆さかと俺がうなだれていたら、階段の上からゴミ箱が降ってきた。

「ぎゃっ!」と老舗さんがヒキガエルみたいな悲鳴を挙げる。脊髄にゴミ箱が、直撃したから。イチゴオレのテトラパックにやきそばパンの袋に丸まったティッシュに弁当箱が散らかる最悪!

「あれ、リア充どもが3Pしてると思ったら我が同士たちじゃあるまいか」

なんだ成敗してやろうと思ったのに。バクハツさんの高笑いが谺する。他の二人もいる。とほほー。

全員揃ったらしいので俺たち地下組は地上に戻る。ちゃぶ台をひっくり返す親父は後でひとりで片付けるからこそ美徳なんだよなと、バクハツさんが散乱をなんとかしにいく。手品、お前も手伝え。了解ですバクハツさん。ひとりじゃないのかい。

陽の光に包まれ始めながら、俺はルカの顔を間近で見るのが楽しみで仕方なくなる。とっても美しい人だったら、そりゃ恋愛禁止とはいえテンションは上がる。老舗さんはメスチンパンジーみたいな顔をしているのを存じているから、ときめかない。

まあ、そんな人生上手くはいきませんよ。どうせ残念な顔をしているってオチなんでしょ。声だけ星人でしょ。そうでもなきゃ、さくらんなんかに入るわけが……。ルカ。

化粧っ気のない素朴で丸顔の顔立ち。地味なアイボリーのワンピース。黒い髪、頬を隠すぐらいの長さ。くりくりはしているものの、少しタヌキにも似ている瞳。

ふ、普通ーー!  よりちょっと上かな? 中の上の下みたいな? 中の上の下!

何はともあれ、ぎりぎりときめかないレベル。よかった、のか?

よくなかったなあ、と思いながら老舗さんの喪服みたいな黒のカーディガンにこびりついたご飯粒を取ってあげる。

ゴミ箱から付着したんじゃなくて、自分が昼に食べてたしそめんたいのおにぎりだって。なんだかなあ。

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さくらんぼバージン!~史上最悪のヤレナサー~ @bandanden

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