豫輪目

 ⛩

「それでつまりは、このお人は亡者の一人というわけじゃな」

 昔懐かし昭和の雰囲気を醸し出す、我が家の台所の傘付き電灯のもと、私達はテーブルの四辺にそれぞれついて顔を見合わせた。

 場所は室井家のダイニング。お隣の部屋はこれでもかというほど和風の座敷になっている。平成以後の建物であればその部屋もおそらく板張りでテレビなぞ備えているところだろうが、残念、度重なる夏の日差しですっかり褪色たいしょくしきった畳と、床の間に水墨画が掛かっているだけだ。

 穏やかな背景だが、しかし揃った面子はあまりにちぐはぐで、街で適当にピックアップした他人同士を引き合わせるTV番組の企画でもこうはならないだろうなといういびつさである。

 私達。

 つまり小一時間ほど前から苦虫を噛み続けてそろそろガムになってしまうんじゃないかという渋面の私(きちんとジーンズとフリルのついたシャツに着替えている)。

 と、肩身を狭くしながらも何が面白いのかヘラヘラと笑っているクソ僧都そうず(こと私の伯父)。

 と、私の幼馴染でついさっき部屋のエアコンの調子を無料で見て修理もしてくれた親切の塊である無類の好青年こと亮介。

 そして。

 前者三名に足して、テンガロンハットを脱ごうともしない金髪カウボーイのマッチョ。鼻の下と顎の下には、おお、そこでさえも金髪なの?という余計な感慨を抱いてしまう黄金色の無精髭。

 一見したところでおかしな組み合わせだが、内実はもっとおかしなことになっている。勿論、まぶたをパチパチさせてふざけているカウボーイの存在だ。

 これが、この生々しい、筋肉とその内側にはあふれんばかりの温かい血液を伴っているとしか見えないこいつが、金髪のもみあげもがっしりマッチョな胸板を上下させている生臭い呼吸もありありと見せている人物が、まさかのまさか幽霊だなどと。

(───こりゃ現実でなければ悪い冗談か下手なコメディになるところだな…)

 胸の中の独り言。それも致し方あるまい。

 家族会議プラス幼馴染プラス幽霊、という珍妙な取り合わせ。

 人数合わせでお茶まで用意してあるが、誰も手をつけてはいない。まず私がため息に紛れて本音を漏らす。

「亡霊にしちゃあまりに規格外だろ。それに…なんなのよ?この存在感」

 金髪の筋肉カウボーイは、テンガロンハットを指先でくるくる回しながら口笛を吹いている。メロディはどこか聞いたことのあるカントリーソングだ。手持ち無沙汰の時間つぶしさえ半世紀以上前の西部映画の登場人物そのままかい。


 10分ほど前のこと。

「ちょっと亮介、そこに何が見えるか言ってみて」

「そこ?棚?」

「じゃなくて!そっちに鏡があるだろ!で、そこに誰と誰がいるのか言ってみなっての!」

 私が指差したのは、食器棚の端に置かれた、昔百均で買ってきた卓上の小鏡のことである。

「えーそんなの簡単じゃーん」

 引っ掛けかドッキリか冗談かと高をくくった亮介は、ためらいなく言い切った。

「俺っちとキー坊だろ。あ、鏡にちっこく雲澆うんぎょうおじさんも映ってるからそれも入れとこ」

「それだけ?」

「以上!終了!」

「やっぱり…」

 私は、ずるるるる、と亮介にしがみつく姿勢から板張りの床へ滑り落ちた。

 このアメリカン、霊能者でもましてや生きている人間でもない。

 死者。それも、途方もなく強大なポテンシャルの浮遊霊なのだ。

 そう悟って、私は額に手を当てた。これは大変な厄介ごとを背負い込んだかもしれない、と。


 そして10分後。ひとしきりショックを消化して、今後の展開について話し合う心構えもできたところで現在である。

 亮介当人も、自分には見えはしないがそこに確かにいるらしい幽霊に興味津々の様子で、事の成り行きがどう進むのかをワクワクしながら待っている。

「うむ。只者じゃないのう。ここまでわしらの感覚をたばかるとは」

 僧都がホイと放ったボールペンを受け取り、それを素早くブラブラと揺らして曲がったように見せて遊ぶカウボーイ。

「えっ、ウソ!すごいなぁ。…手品マジックとかじゃあないんだよね?」

 亮介からは『支点も力点もない空中に浮遊し、かつ高速運動しているボールペン』に見えているわけで、幼馴染は身を乗り出して眼球にペン先がこすってしまいそうなほど近く顔を寄せる。

「これがマジで手品ならどんなに気が楽だろうね…ていうか亮介、あんたもすごい神経ね。怖くないわけ?リアルに心霊モノだよ?」

「だってさ、すげくね⁉︎モノも摑めるし動かせるんだろ?普通じゃないって‼︎」

 その意見には腹の底から賛同する。そして、気絶も混乱もせずに素直に受け止めている亮介のその純粋さが、ちょっと可愛い。

 普通ではない霊…というのは霊能力者以外にはおかしく聞こえるだろう。だが、まさにそういうことなのだ。

 普通、ありきたりにいって霊というものは、モノを的確に動かすことができない。物体を運動させるということは、自然界におけるなんらかのエネルギーに働きかけているということなのだろうが、それこそ全霊力を傾けてカーテンを揺らすとか神をテーブルから落とすとかの段階でとどまってしまう。

 よしんば移動させられたとしても、再現性がなく偶然やなりゆきまかせの不安定な力の行使ができるだけ。『偶然』で片付けてしまえる程度のレベルの現象だ。

 感受性の強い人間に対しては、姿を現したり催眠効果によって傷を与えることもできる(それも私の考えでは脳内における神経信号に乱れを生じさせているのだろう)が───そこまでだ。

 中程度以上の怪我を負わせたりするほどの力は、この世のどんな霊も持ち合わせてはいない。それこそ神や悪魔と言われるような…例えば私が封じた祟り神のような存在を除いては。

「キー坊、そこにその幽霊がいるの?その椅子の上に?本物の?アメリカ人ぽいのが?」

 亮介はこれまで幽霊や物の怪の類とは一切縁も関わりもない。言うなれば一種の不感症、霊盲者ブラインドといえる。

 その凄まじさたるや、都心に祀られて怪談奇談には事欠かないかの某首塚でお参りの手順を間違えた上に、くしゃみで塚石に唾液と鼻水をビッシャリぶっかけたところで全くなんの霊障も無いという筋金入りである(テレビ特番で放送されないのはそこが本物の霊的スポットだからである、というのは真実だ)。

 ちなみに私自身はそのとき近くに居ることさえできず、離れたビルの一角にあったコーヒーショップでラテを飲んでいた。

 当時、亮介も私も高校生だった。確かあれは、大学受験の合格祈願のためのお参りだった(そこでなぜ普通に神田明神にしなかったのか、というのがズレている亮介なのだ)、と記憶しているが…

 あの時首塚の怨霊から受けた衝撃、直線距離で100mは離れた喫茶店の中に座っていても、頭から押さえつけてきた巨大ないんの霊力は一生忘れることはないだろう。

「すごいなすごいな!一体いつから俺っちの横にいたんだろ?どこで取り憑いたんだろ?」

 子供のように手を叩いて喜ぶ亮介に、私はずっこける。

「なんでそんな嬉しそうなのよ亮介。あんたヘタしたら取り殺されるかもしれないのよ?」

「えっ、そうなのかい⁉それはイヤだ‼︎この商店街の再生計画が作れなくなる‼︎」

「まぁ…そんな邪悪な存在モノではないみたいだけどね」

「そっか!ならいいや!」

「いいのかよ⁉︎」

 唇をすぼましてお茶の水面にフーフー波を立てていたカウボーイは、私が見つめると片手を振って応えた。こぼれる白い前歯が健康的で、これが我が家に来た幽霊ではなく英会話教室にいる講師ならたちまち人気者になれるだろう。

「でも亮介はイヤじゃないの?四六時中外人男がそばにいるのよ?食事中もベッドの中も、…もちろんトイレで排泄活動中も」

「あははははは!キー坊って面白い言い方するよね。別に痴漢されるわけじゃないし平気平気!」

「あっそう…」

 私なら、赤の他人(の亡霊)に覗かれながらの用足しなど真っ平ごめんだけど。

 伯父は茶を啜りながら、流石に真面目な顔で尋ねる。

「まったく、こいつはどこから来たんじゃろうなあ。亮介くんに心当たりはないんじゃろ?」

「それだ!アンタこんなごっついのどこでくっつけてきたのよ⁉︎」

 同じテーブルに亡者が居るというのに落ち着いた亮介は、脳の中を検索するようにこめかみに指を押し当てて苦笑する。

「どこでもらってきちゃったのかな〜?そういえばおとつい原宿でミーティングがあって、沢山の人混みに揉まれたりはしたから、そのあたりでもらってきちゃったのかもな〜」

「アンタそんなインフルエンザみたいに…」

 とはいえ、物の怪の類が人間に取り付く理由などそれこそ人知の及ばないものだ。しかし。

「っていうか亮介、これまで一度だってこういうことなかったじゃん。どんな霊や物の怪にもカスリもしなかった。なのにどうしてだろ」

 ここで口を挟む僧都。

「たんに機会がなかっただけかもしれんぞい。亮介くんの内には元から資質はあったとかなぁ。その可能性もありじゃろ。生まれてから一度も霊体験がない人間でも、同じ部屋に30分ほどいるだけで乗り移ることがあるんじゃものなぁ〜」

「またそのインフルエンザ感覚…」

 だがなんといってもこの中で、いや私の知りうる中で最も経験豊富なその道のプロが言うのだから納得するしかない。

「ともあれ、亮介くんが憑かれっぱなしっちゅうのも具合が悪い。早いとこ祓ってしまおうかの」

 たまにはまともなことを言う叔父。だが、その片手に雑誌『プレイボーイ』を開いて横目にグラビアアイドルの女体鑑定をしているので、私はつるんとした頭の横にある耳を引っ張ってやった。

「そうと決まれば早速祓えだろ。んで、あんたはそーゆー下卑た煩悩まみれの本をさっさと捨ててこい!」

「ひぃぃ〜分かった分かった、分かったからドメスティックバイオレットはよしてくれ〜」

「私はシャワーで水垢離みずごりの代わりを済ませてるから、クソ坊主も水浴びでもなんでもしてこい!チャキチャキ動く‼︎」

 拝み屋として至極真っ当なセリフだったのだが、ここで亮介本人が反対の挙手をする。

「ちょっと、ちょっと待ってよキー坊!いきなり祓うなんて乱暴すぎないかい?せっかくこの俺っちに取り憑いてくれたんだから、この機会を有効に活用したいよ!」

「有効に、って一体どうやって?」

 プラス思考のみで生きてきた幼馴染は、指先で輪を回すようにしながら「それはー、ホラ、死後の世界について情報を共有するとか?逆に生きてる俺っちらにしてほしいこととかないのかー、とか?」と言い募る。

「…あのね亮介。憑依は健康を害する恐れがあって、身体不調や錯乱の原因、妊娠中の女性なら胎児に影響があったり霊障の危険性があるの。それが楽しいとかいうバカな物好きとかテレビ番組とか配信者ならともかく、身内同然のアンタのことなら私達としては止めないわけにはいかないのよ」

「なんだかタバコの警告表示みたいだね。いや俺っちはそういうつもりじゃなくて、ただ…」

「ただ何?」

 ジムで鍛えた腕をこまぬき、生真面目な顔つきになる亮介。

「話し合おう。人類の発展はそこからなんだよ!」

 私は白目を剥いて天井を仰ぐ。

 膠着状態だ。こうなると亮介は頑固で、なかなか自分の意志を曲げようとはしない。

 昔からそうなのだ。なるたけ他人に得になるように、みんなが損をしないように考える。この時代に稀有ともいえる強靭な精神の平和主義者。それがこの、私の幼馴染の性質なのだ。

(そりゃそうできればいいけどさー…どうしてこう性善説というかラブ&ピースなのよこいつは…)

 私が目を回している間も、ああだこうだと言い募る亮介。その、半ば幽霊を弁護するかのような論調にあたしは単純な理屈で異界 を唱える。

「あのさ、亮介。あんたがそう思うのは勝手なんだけど、そもそもこいつは死んでるの。それに強いの。そんなのを野放しにできないし、第一あんたのそばに居続けさせられないよ」

「どうして?」

「どうしてって、あんた、取り殺されたらどうするのよ⁉︎」

 ここで僧都が、ず。と熱い茶をすする。

「キーちゃんは亮介くんに惚れとるもんなぁ。心配にもなるわいぅっぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃあ‼︎」

 顔面にあたしがぶっかけた茶で、僧都は椅子から転がり落ちて悶え苦しむ。

「地獄に落ちろ助平坊主」

「キー坊ってば過激だなぁ」

「目、目がぁっ!あぁあぁあ〜ワシの渋いイケメンが爛れよるぅ〜」

「あ、そ。梅毒にでもかかったんじゃない?早く入院すれば?そして永遠に眠れ」

「いや、とにかくキー坊!このも、何かしらの思い残しとか因縁があるんだろ?人権無視は、俺っちは見過ごさない!」

 ちなみに亮介が指を指している方向は、アメリカン幽霊とは真反対の壁。幽霊も口をすぼませて「WAOH…」とのたまいつつ、亮介の不感症具合に感動しているようだ。

「人権だぁ?そんなの関係ないでしょ。生きてる人間の命の方が一兆倍大事!」

 そもそも幽霊に人権…この場合は霊権というのが正しいのか…があるとして、それは生者より優先することはないだろう。よっぽどの極悪人が取り憑かれてエネルギーや幸運を害されるというなら考えないでもないが、この亮介だ。

 あたしに向かってキラキラした瞳で霊の権利を説く幼馴染が、大学に入ってもまだ彼女ができないでいるのは、こういうまっすぐすぎるところに所以があるのではないだろうか。

「相手があんたみたいな善人なら尚更、亡者に憑依された状態を看過できないよ。そばにいるだけでも普通の人間は生気を削がれて鬱になったりするんだよ」

「じゃあなるべく早くこの幽霊さんを成仏させてあげなきゃね。それはできるんだろ、キー坊?」

「それには相手の心残りとか願望が分からないとだけど」

 物体を自由に動かせるということを不幸中の幸いに、筆談を試してみる。しかしカウボーイは悲しい顔をするばかりでいっかなペンが進まない。業を煮やして問い質し、相手のペラペラ英語をなんとか聴き取ってそれを亮介に受け渡し、さらに返ってきた翻訳によると…

「どうやら文盲みたいだね、彼。アメリカじゃ割とよくある話だっていうけど…可哀想に」

 万事休す。

「あと、もしかしたら訛りが強いのかも。キー坊にバウンドしての会話だから正確なところは断言できないんだけど、格好からしても南部の出身なんじゃない?英語も方言があるし、年代によって廃れた表現とか色々あるからねえ」

 お手上げだ。これ以上どうしろというのか。

 お通夜のように静まるテーブル。

 不意に、かとかと、かとかと…という物音が耳につく。

「おいクソ坊主。貧乏ゆすりとかしないでよこんな時に」

「え、ワシ?なんもしとらんのじゃけど?」

「してんだろ。さっきからカタカタうるさいんだよ。考え事に集中できない」

「いや、ほんに言いがかりじゃって。ワシおとなしゅうしとるよ?」

「キー坊、俺っちにもおじさんは静かにしてるみたいに見えるけど」

 かと、かと。かとかとかとかと。

 私達の会話を遮って、何かが小刻みに震えている音がする。

 携帯のバイブでも近くを大型特殊車両が走る振動でもない。

 耳をそばだて、音の出所を探る。

 冷蔵庫の横、部屋の角になるところのサイドテーブルに置かれたファクス付き電話機の隣で、鏡の風呂敷包みが震えていた。

「あんたまさか!」

 私は冷蔵庫に飛びついた。チルド室をバコンと開けるや、血生臭い匂いが鼻をつく。

 あるわあるわ。牛・豚・柏、おまけに竹皮包装の牡丹イノシシ紅葉シカまでも。家畜ととジビエの肉類が、なにかの嫌がらせのように大量に突っ込んである!

 私の肩も、ブルブルと震えだした。

「あ、あのなーキーちゃん?今日の法事先が食肉業者さんでなー?精進落としにとちょこっとばかり冷凍肉を分けてくれたんじゃよ。ほらこの商売、人気が大事じゃし、処分するのも勿体ないと思うてのう」

「二行」

「は?にぎょう?」

「あんたの言い分を聞いてやる。四百字詰め原稿用紙で二行ぶんだけ。その後ぶっ殺す。血が出ないように」

「ってたったの40文字⁉︎足らんて全然!」

「短歌より9文字も多いだろ」

 私の頬に安らかな笑顔が広がっていく。唇の端が吊りあがり、魔界の三日月より怜悧な弧を描く。

壷井雲澆つぼいうんぎょう、享年48歳。酒と女犯をこよなく愛す腐れ外道ここに眠る…なんて墓碑に刻んであげるよ」

「穏便!キーちゃんここは穏便に!あとワシはまだ45歳‼︎」

「うるっさいクソ坊主!あの鏡を封印するのにどんだけ苦労したと思ってんだ!それをこんな…」

 一般に穢れモノ、つまり血肉の気配は封印や結界を弱める。いかな神聖な有難い経を唱え、どれだけ清浄にした空間に注連縄をはっても、そこにひとたび生臭いものを入れてしまえばいともたやすく雲散霧消してしまう。神饌として供される鳥獣魚介などでない限りは、どうしてもそうなってしまうのだ。

 そのため、強力な悪霊ならば神社に祀ることで俗世の穢れから遠ざけるのが慣習となっている。ハンバーガーやステーキを焼き上げる煙などもってのほか。たちどころに彼らは悪霊として本来の禍々しい霊威を発揮し、生者しょうじゃを地獄へ引きずりこむだろう。

 だからこそ、神社でもない我が家を清浄に保つこと、少なくとも祓え仕事で持ち帰った物が封印のたぐいであるときにはしばらく生臭物を控えているというのに。

「それをこともあろうに生き血の滴るような新鮮なお肉とかてめえ!ナメてんのか殺されたいかああそうか‼」

 言うが早いか僧都の背中に飛び乗って、キャメルクラッチの態勢にもつれ込む。

「ちょっ、キーちゃんロープ!ロープ!ここでワシを絞め殺したらそれこそワヤになっちまうぞい!やめ、あうん、やめるんじゃ!」

「キー坊!タイム!冷静に!」

「そ、そうじゃぞい!しかもソレは佐賀牛A 5ランクの座布団肉、すき焼きにしてもしゃぶしゃぶにしても美味しくいただける高級ロース…」

「だ・ま・れぇ!」

 ドタバタと暴れる三人と、その様子にあたふたとするカウボーイの亡霊が一人。

 と、私達とは別の物音が、家の奥から響いた。

 ───バン!ガタッ。

 流れるような体位変換でコブラツイストに持ち込み、手加減もなく脂肪に膨れた老体を締め上げていた私も、それを止めようとしていた亮介も、立ち上がっていた亡霊も動きを止めて顔を見合わせる。

「キー坊、いまの…」

「奥の部屋の方みたいだね…」

「あ、ああそうみたいじゃのう。祭壇と金庫やらを置いとる奥座敷からじゃ」

 私は僧都をおっぽりだし、奥へと駆け込んだ。亮介も後に続いてくる。

 奥座敷は夜は雨戸を閉じて縁側の大窓にも鍵をかける。それが、鬼の金棒で破られたように派手に壊され、残骸が畳の上に散らばっていた。

 室内灯を浴びて、洋画の忍者モドキのように黒ずくめの服に目出し帽の男が三人、今しも金庫を運び出すところだった。

「なっ…なんだアンタ達、ひとの家にいきなり」

「キー坊伏せて!」

 亮介に乱暴に押し倒される。私達の頭の上を、空気を割く音を引いて何かが飛び越えた。

「⁑◆〻⊥◇!」

 何語?中国語?アクセントの山が明らかに日本語とは違う喚き声。

「うぉっ、なんじゃこやつら!」

 と、ここで僧都も到着。

「おじさんも、逃げて!警察を呼んで!こいつら最近この界隈を荒らしてる強盗だよ‼︎」

「え!亮介くん、なんじゃとて⁉︎」

 男達は胸元に水鉄砲のような形のものを構えている───っていうか、マジに銃とかじゃないのか⁉︎この物悲しくもうら寂れた商店街の脇の住宅地で、まさかの銃撃戦⁉︎

 とはいっても、こちらに応じる手段がない以上、襲撃者による一方的な機銃掃射になるしかないのだが。

「なんだってこんなしっちゃかめっちゃかな時に来るのよ⁉︎」

「キーちゃん、亮介くん、119番の警察は印鑑で電話じゃったかのう」

「でクソ坊主、てめぇはテンパってんじゃねえ!早くダイニングの電話で110番を」

 棒立ちになっている僧都に向かい、男達の一人が何事かを叫ぶ。「死ね」とか「くたばれジジイ」とか恐らくそういうものだろう。罵倒というのは外国語であってもなんとなく意味が通じてしまうものだ。

 そしてそれは常日頃、私がこの風紀紊乱ふうきびんらんと性欲をまとめて袈裟でパッケージしたような伯父に対して言い募っている言葉でもある。

 だけど。

「逃げろジジイ!」

 普段のことは忘れて、私はついそう叫んでしまった。

 男達の銃が火を吹きその弾丸の雨に晒される間際、僧都は「ひゃぃぇっ」と奇妙に愉快な声を上げてダイニングから持ってきていた包みを投げつけた。

 それは。

 ギンギンギン───金属が金属にぶち当たる耳に痛い不協和音。

 空中に放り出されたのは風呂敷包み。

 あの、祟り神の宿る邪鏡だった。

「げっ、しもうた───」

 風呂敷がちぎれ飛んだ。鏡に貼り付けられた札が、弾痕に削り取られて…

 まるで減速再生のように、鏡は宙に浮いたまま札の残骸を脱ぎ捨てる。いや、真実浮いているのだ。

「ヤバ…」

 亮介に覆い被さられる姿勢で庇われて、幼馴染馴染みの胸板が意外に厚くてドキドキするなとか頭の片隅で思いながら私は声を漏らした。

 霊験あらたかな札による聖なる縛りを解かれ、自由になった邪鏡が禍々しい燐光を放ちはじめる。

 大地の底に押し込められた獣が目覚めたような地鳴りが床下に起こり、次第に大きくなっていく。

 男達も足元に目をやり、周囲を見回している。

 もう一声、自分が何かを叫ぼうとしたのは覚えている。が、それがどういう内容なのか分からなかった。

 光に目を潰され、次に邪鏡から発された衝撃で私は亮介ごと吹っ飛ばされた。

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恨めしい幽霊と陽気なゴーストがタッグを組んで祟ってみたんだが、雇われ陰陽師にあっさり祓われそう 鱗青 @ringsei

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