第4話 二人目は見ちゃだーめよ

 急遽集められた全校生徒の前で、校長はでっぷりとした顔に悲壮な表情を滲ませ、昨日生徒の一人が学校で亡くなったことを伝えた。

「不安に思っている生徒もいると思うが、なにかあれば迷わず先生や親後さんに相談してほしい」

 校長がそう締めくくったが、その言葉は、三年二組の生徒の耳を上滑りしてくだけだった。怜二が生きて学校に通ってきている以上、私たちには相談すべきことがらも存在しないのだ。

 怜二はあれからも、授業であてられたときなど以外は言葉を発することなく、ただ席に一人で俯いているだけだ。しかしその存在は、じわじわと皆を蝕んでいく。

 昼休み、冴香らは屋上へと続く階段に座り、よく時間をつぶした。夏休み前まではそこでかわされる会話は、恋愛や誰かの噂話が主だったのだが、今は三人の間にも消すことのできぬわだかまりが漂っている。

「あいつがやったんだよね」

 桃の言葉に返す言葉を二人は持っていなかった。

「そうに決まってる。やっぱり、怒ってるんだよ」

「でも、京子が落ちたとき、怜二は教室にいた。先生にもみんなにも見えているんだから、幽霊なんかじゃない。きっと、きっと生きてたんだよ。でも頭を打って記憶をなくしたりとかして、ちょっとおかしくなっちゃったんだよ。京子は、きっと自殺したんじゃないかな。ほら、京子ってちょっと神経質っていうか、弱いところあったし、怜二のことで思いつめちゃったんだよ」

 美喜子がそういうと、冴香はそれが真実のような気持になった。それは桃も同じだったようで、少し体の力を抜いたようだった。

「そうかな」

「きっとそうだよ」

 冴香の脳裏にふと京子の面影が蘇った。きつそうな目、大きな口。美喜子のいうように少し神経質そうな部分はあったが、自殺するとはやはり思えなかった。それに、

「ねぇ、ここから屋上に出れるけど、フェンスを乗り越えても三年二組の上に行けないんじゃあないかな。京子、どこから出たんだろう」

 校舎はいくつかに分かれている。三年二組の上に出る階段の存在を冴香は知らなかった。

「冴香、やめてよ」

「ごめん」

 桃の言葉に冴香は謝ったが、屋上へと続く扉をちらりと見た。鍵がかかったままだった。

「あ、いた」

 ひょっこりと階段を覗いたのは京子が落ちていくのを目撃した北野春子だった。手にはたいこのばちのようなものを持っている。そういえば吹奏楽部だったろうか。

「田口さん、八幡先生が探してたけど」

「あ、やべ。プリント出すの忘れてた」

「もう」

 桃の慌てる様子に春子がふわりと笑った。京子のことで落ち込んでいた春子に笑顔が見れて、冴香はわずかに救われたような気持になった。

「どこにいた?」

「さぁ、でも職員室に戻ったんじゃないかな」

「ありがとー」

 桃が走っていこうとすると、北野春子がひっと言う声を出した。

「どうしたの?」

「い、いや、ごめんなさい」

「なに?」

 春子はじわじわと後ろに下がっていくがすぐに壁にぶつかった。冴香は後ろを振り向いたが、何があるわけでもない。しかし春子の目は冴香らの後ろを凝視している。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 三人がどうすることもできず春子を見ていると、春子の頭が後ろ髪を引っ張られたようにがくんとのけぞり、白い首が見えた。そして頭を押されたようにうつぶせに倒れ込んだ。

「あ、い、いやあああああああああああ」

 桃の叫び声が薄暗い階段にこだました。床に倒れごろりところがった春子の目から、木製の細いばちが突き出していた。

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