犯人は俺以外に3人いる(短編)

Cut-G

第1話

犯人は俺以外に3人いる



俺は馬淵幸助、半年前に工場をクビにされた29歳だ。シェアNo.5の大手家電メーカー、の工場に勤めていたが、度重なる不景気のためにリストラにあった。その会社も俺が辞めてから今はシェアNO.1だ。俺も男だ、すんなり辞める程おとなしくはない。扇風機の裏にを貼り付け、水道管を開けたままにし工場を出て行った。勿論そうることによって俺の暮らしが良くなるわけでもなかったが、俺も退社後1,2週間は気持ちが良かった。ただ、それは長くも続かず、不採用に次ぐ不採用の嵐で俺はどんどん不幸になっていった。親の脛も細くなっていき夕飯時のテーブルの上にあるのがご飯と醤油だけという事も少なくは無かった。つまるところ俺は社会の最底辺に位置しながら霜を食って暮らしていた。

俺も最初は金持ちを妬んだりして暮らしていたが次第にそれは勤めていた工場の社長への怒りと変わっていった。俺を不幸のどん底に突き落として美味い飯を食っている社長が憎かった。そして、その純粋な怒りは日を追うにつれて混沌とした殺意へと昇華した。俺は社長を殺す計画を3か月間かけて考えそれを実行に移そうとした。

屋敷は都内の一等地に建っていた。俺のぼろアパートとは違い、屋敷は優雅な雰囲気が漂う鉄壁の要塞のようだった。こんな所を歩いても怪しまれない服装を用意するには苦労した。ほぼジャージとスウェットしか入っていないタンスにはこの日のための服が一丁もなかったが、なぜか成人式のために買った背広が残ったのでそれを着ることにした。夜中だと高級なスーツともあまり区別が付かないので都合が良かった。

屋敷の入り口には案の定警備員がいた。俺は警備員に自然と近づくと何十回と練習した挨拶をした

「飯田社長の晩餐会に招待された金木と申します。」

「金木さんか、聞いたことないね。」

 現副社長が金木という名前なのである程度はごり押せるはずだ。

「社長に聞いていただければ分かると思います。」

 俺は勤めていたころの名札を改造したものを見せた。幸い、俺と副社長は顔が似ていたので写真を用意するのは苦労しなかった。

「寝ている社長さんに聞いても怒鳴り散らしながら不機嫌になるだけだからな。先月も夜中に社長を起こしたら減給されたよ。この世辞辛い時期に減給だぞ、たまったもんじゃないよ。ま、あんたそこまで言うなら通してやってもいいや。」

俺が言うのもおかしいが社長の身の安全のためにもこの警備員は変えた方が良いと思う。社長は警備会社も経営していたので門にいた警備員も社長の会社に勤めているのだろう、すぐに交代させることができるはずだ。今日で警備員を雇う必要はなくなるのでこれ以上考えるのは余計なお世話だと思うが。

黒い背広に、カバンに入れておいたLED電球を頭に付けると俺は薄暗い屋敷の中に入っていった。赤外線カメラは強い光に弱いので頭にLED電球を付けることによって顔をぼやかすことが出来る。これで、数日間は特定されないはずだ。俺はキッチンらしい場所を見つけた、そこで包丁を手に入れると俺は社長のいる寝室を探した。社長は寝ているとさっき警備員が言っていたので苦労はしないはずだ。一番扉の大きい部屋の中に入ると社長が寝ていた。スヤスヤと寝ている社長の心臓に向かって俺は包丁を突き刺した。目を大きく見開いた社長は恐らく書類上でしか見たことがないであろう俺の顔を見た。家電業界の首領ドンと恐れられた社長にしてはあっけない最期だった。俺は社長が息絶えたのを確認した後、こそこそと屋敷を抜け出した。

殺人を犯したショックなのか、それとも警察に捕まるかもしれないという重圧プレッシャーなのか、犯行から数日間、俺は悪夢にうなされた。まともに寝れた日など一日も無かった。あるいは両方なのか大企業の社長が殺されたというのは瞬く間にニュースになり、かなり大規模な捜査が行われた。犯行から数日後、俺は重要参考人として警視庁に呼ばれた。防犯カメラに映った人物の背格好と同じこと、クビされたことが決め手だったらしい。退社時にくさやをばら撒いたのが悪かったのか俺は社長にかなりの恨みを持つ人間と思われているらしい。

物凄く質素な取調室に入ると登柳とうやなぎと 名乗った初老の優しそうな警部に俺は事件当日の事を聞かれた。

「君の名前は馬淵幸助、間違えてないよね。」

「はい、合ってます。」

「ところで君、すごいやつれているね。ちゃんと寝てるのかい。」

「はは、最近就職活動が忙しくて全然寝れないんです。」

「そうかそうか、それは大変だね。ところで、君は犯行時刻の間何をしていたのかな。」

「外でご飯を食べていました。」

「それを証明してくれる人はいるのかな。」

「いません。」

ここを乗り切ればしばらく安泰なので多少不自然な回答になってもあまり気にしないようにした。俺は絶対に捕まりたくなかったので、もっとマシな回答を考えることにした。その時だった、警部は信じられないことを口にした。

「ついさっき3人自首をしているから君に聞くことはもう無いんだけどね。」

 にわかには信じられなかった。確かに俺は社長の心臓に包丁を突き刺して血が流れるのを見たし、人を突き刺したあの感覚もまだ手に残っていた。その3人はしてもいない罪を告白している。

「ということで君はもうほとんど無罪だね。時間を取らせてしまって申し訳ないけど、これもルールだから一応取り調べはしなきゃいけないんだ。」

「自首、ですか。。。」

「そう、自首。でも全員の証言も食い違っているし現場の状況とも合わない部分もある。しかも、全員単独犯であることを強調するんだ。まぁでも、3人も自首をしていたらその内の一人は真犯人だと思うよ。」

 言えない、真犯人が俺だなんて。

殺人という人間がしうる最悪の犯罪を犯しながらも俺はどうやら無罪放免らしい。俺は警察に勝ったんだ。気分がスッキリし今にも空を飛び出しそうだった俺は取調室を出た。すると部屋の近くで綺麗な女性と少し怖い大男と門の前にいた警備員が警察に向かって喚いていた。どうやらさっき警部が言っていた自首をした3人らしい

「本当に私がやったんです。私と彼は愛人関係で数か月前から付き合ってました。しかし、彼が冷たくなっていき合う頻度も少なくなりました。きっと私に愛想を尽かしたのでしょう、でも私はそれを許せなかった。事件のその日彼は私と彼の屋敷で会う約束をしたのよ。久しぶりの誘いにワクワクして屋敷に行ったら別れ話をされたの。『もう別れましょう』って彼は私に向かってそう吐き捨てたの。そこに以前の愛とかは無かったわ。私は彼の事を本当に愛していたから、それを聞いた時、我を失ったわ。それでとっさに近くにあった果物ナイフで彼を殺してしまったの。後悔しているわ。私の自分の最愛の人をこの手で殺してしまったのですもの。」

その女性は泣いていた。涙は化粧のせいで黒く、目も鼻も充血していた。後で聞いた話だが愛人関係というのは嘘ではないらしい。実際社長が多数の女性と肉体関係を持っているというのはもっぱらの噂だった。あのスケベな顔みたら誰だってそう思うだろう。

「違うんです刑事さん、こりゃわしがやった事なんです。」

 隣にいた大男が喋りだした。見る限り、のつく自営業をしていそうな巨漢だった。

「わしと社長さんはビジネスパートナーでして、今年の始めから社長の仕事をわしの組で手伝っていたんです。しかしね、ある時あの社長さんがもう縁を切ろうかなんて言ってわしはカチンと来たね。それでわしは持っていたドスで奴を殺したね。こっちの世界じゃよくあることだ。」

 恐らく組長であるその人には何とも言えないすご味があった。何度も死線を潜り抜けているのだろう。ただ、なぜ今回は自首をしたのかが最大の謎だ。

「僕がやったんです。」

今度は警備員だ。一体この人たちはどの様な妄想をしているのだろう。

「社長は私を雑巾に様に扱っておりました。来る日も来る日も扱いは良くならず、給料は減る一方でした。こんな仕事辞めてやるとも思いましたが、私にも家族がおります。子供と家内の世話をするのも手一杯でして、仕事を辞めて不安にさせるわけにもいきません。しかし、いつまでたっても私の生活は良くなりませんでした。」

 俺と同じ境遇にいると思いシンパシーを感じたが、真っ当な職に就いてる分俺よりかはマシだ。

「私にも必要最低限の給料というのもあります。しかし、再就職のアテが無いのでこの仕事を辞めるわけにはいきません。なので、私は雇い主を変える、すなわち殺すという選択肢を取りました。社長の部屋に入り、鈍器で殴った後刃物で刺しました。」

 警備員の目には涙も浮かんでいた。すると、社長の愛人だった女性が口をはさんだ。

「あの人をやったのは私よ、わ た し。」

「そんなことはねぇ。わしはしっかり社長さんが死ぬのをこの目ですよ。わしの目が節穴だと言いますか。」

 怖いおじさんがつっかかる。

「私がやりました。第一、私は警備をしている間この人達を見たことなんてありません。」

「嘘をつくんじゃなねぇ。」

「そうよ、私はちゃんと屋敷に入って殺したんですもの。」

 俺は今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気を感じ取れたので警察署を後にした。それにしても3人の証言は俺が殺した状況と一致しない。どう考えても3人とも嘘をついている。疑問を抱えながら、俺は実は犯人ではないという下らない妄想をしながら警察署を後にした。


 事情徴収を受けて一週間後位の事だった、俺は明日受けに行く面接の準備をするため持っていくカバンを整理しようと思っていた。しかし、俺は見てはいけないものを見てしまった。あろうことか犯行に使ったナイフがカバンの中に入っていた。気が動転していたのだろう、俺は社長を殺した後、包丁を抜いてカバンに仕舞って持ち帰っていたのだ。そして、俺はその包丁が社長殺し最も重大な証拠であることに気が付いた。ここに包丁があるなら警察はま犯行に使われただ凶器を特定できていないはずだ。カバンとLED電球には血がべたりと付いていた。ほんのりあった自分が潔白であるという妄想も冷静な自分も全て吹き飛んだ。もっと早く気付くべきだった。早速俺はそれらを持って近くにある土手に捨てに行こうとした。そうすればもう全て終わりだと思ったからだ。しかし、そうは問屋がおろさなかった。携帯電話が鳴った。

「もしもし、警視庁の登柳と申します。馬淵さんでよろしいでしょうか。」

 あの取り調べをした警部だ。


「はい、馬淵です。何か御用ですか。」

 心臓の鼓動が速かったが、俺は何とかそれを抑えて落ち着いて返事をした。

「犯人がまだ分からないからまだ取り調べることにしたんだ。自首した3人の証言がどうも現場の状況と合わないんだ。悪いけど明後日、署に来てくれないかな。」

「明後日ですか…よ、予定は無いので行けそうです。」

「そうか、それは良かった。それじゃあ、また明後日お会いしましょう。」

「はい、よろしくお願いします。」

 そこで電話が途切れた。俺は物凄く動揺していたが、いま手にある包丁を捨てに行く程の冷静さはまだ持っていた。包丁とLEDが入ったカバンをビニールで包むと俺は土手へ向かった。時計の短針はちょうど半分位の所に位置し、空は既に赤かった。

土手に着くと俺は1人のホームレスと目が合った。一度目が合ってしまうと気になって仕方なくなるのが人間のさがというものだ。ホームレスはじっと俺の方を見ていた。ホームレスは青いビニールシートで作った簡素な家に住んでいた。何年も風呂に入っていないのだろう、肌は黒く汚く、長い髪は油でギトギトしていた。見たところ50歳~60歳の男性と言ったところか、そのホームレスは俺に近づいてきた。

「あんたもゴミを捨てに来たのかね。ただでさえ私らは苦しい生活をしているのに君たちはまだ私たちを苦しめるのかね。」

「は、はぁ。」

 俺は適当に相槌を打って聞き流そうとした。

「でもね、捨てるっていうのは難しいことだよ。物理的にそれを捨てても頭の中にそれは残る。誰も本当の意味で物を捨てていないんだよ。。そして、その捨てたものはまた誰かのゴミになる。そうやって君が捨てたものは私のゴミに。そして、またそれは川のゴミになるんだよ。いらないものを捨てても、それはまた誰かのいらないものになる。世の中助け合い何て言うけど、実際は捨て合いだよ。」

ホームレスはひどく意味深なことを喋りだした。まさか、俺が殺人を犯したのがばれていたのだろうか。

「君が持ってきたそれ、カバンだろ。見れば分かる。それで、その中にはやましいもの、隠したいものがはいっているんだろ。そうさ、誰も普通のボロボロのカバン何てこの土手に持って来やしない、捨てれないからそれを土手にを持ってくるんだ。」

 俺はこのホームレスに恐怖を覚えた。と同時にそのホームレスの話に聞き入ってた。

「どうせ君はそのカバンを捨てても頭の中からそれを拭いきれないよ。きっと毎晩それを思い出す。だったらそれを受け入れる方が断然楽だ。それを認めてしまえば、きっといつか自然とそれをちゃんと捨てれる。」

 俺はその老人を信じることにした。

「君は偉いし恵まれてるよ。私は捨てることが出来なかったんだ。だから、今こうして暮らしている。ただ、安心してくれ。君は決して自分を捨てているわけじゃない。君は自分を捨てている人間なんかよりよっぽど偉い。安心してそのカバンを認めるんだ。」

 俺はその晩家に帰った後、自首をした3人について調べた。そして俺は全てを理解し覚悟を決めた。少し怖かったけれども、社長を殺してからずっと見ていた悪夢も今日だけは見なかった。


 二日後、俺は警察に行った。前と同じ取調室で話を聞かれると思ったら、そこら辺にあるカフェで登柳警部から話を聞かれた。

「どうも君とは外で話をしたかったんだ。どうせ時間を取るなら楽しいところにお招きしたかったよ。」

 やはりこのと小柳という警部は少し変わっている。

「すみません、まず俺から話をしていいですか。」

「まあ、別にかまわないよ。」

 登柳は少し驚いたが、またいつもの表情に戻った。

「俺分かったんです。3人が自首した理由も真犯人も。」

「それあ興味深いね。少し聞かせてくれよ。」

「はい。」

 俺は深く息を吸い自分の推理を披露した。

「あの3人は殺し屋なんです。」

「へぇ。殺し屋ねぇ。」

「そうなんです。あの3人が社長と関係と持ち始めたのは半年前、ちょうど社長が俺をリストラした日なんです。」

「それが何か関係するのかね。」

「はい、その一週間前に週刊誌が『衝撃!家電業界の裏側』という記事を出したんです。すごいニュースにもなったので警部も覚えてらっしゃるはずです。」

「ああ、覚えている。確かそれで多くの家電会社の業績が悪くなって景気が悪くなったんでしたっけ。」

「はい、そうです。その記事は家電業界にはびこる悪徳商法まがいのことを告発した記事です。表向き俺はその記事によって出た損害によってリストラされました。しかし、俺の勤めていた会社の業績はむしろ伸びました。NO.5だったシェアが業界トップにでまで伸びました。社長はこれを利用していたのです。あらかじめ握っていた情報を週刊誌に渡すことによって自分の会社の事について書かないことを約束させました。それによって、ライバル企業は次々と弱くなっていきました。そこで出てきたのが復讐です。汚いやり方で自分達を貶めたのが許せなかったのでしょう、それぞれの企業は殺し屋を雇いました。そしてその企業はその殺し屋達に法外な報酬を払うことを約束しました。もちろん、牢屋に入る事を差し引いてもお釣りが来る程のお金です。もしかしたら、企業がお金を払うので捕まるリスクすら無かったのかもしれません。3人の殺し屋はそれぞれの方法で社長との距離を近づけようとしたのです。愛人、ビジネスパートナー、雇われ人として3人は社長と関係を持ちました。そして、それを犯行に移そうと思った時社長が殺されたのです。勿論、殺さなければ報酬はもらえません。幸い真犯人はまだ見つかってないです、彼らはまだ報酬をもらうことをあきらめていないのでしょう。それが3人が自首をした理由です。」

「それには君の妄想が大分混ざってますよね。それに、真犯人は誰ですか。」

「真犯人は俺です。」

俺は先日捨てなかったカバンと包丁を出した。

「それは何かね。」

「犯行に使った包丁とカバンです。社長は包丁で刺されたはずです。これに付着している血を調べたら社長のDNAと一致するはずです。」

「それは取りあえず預かっておくよ。それにしても君が本当に犯人なのかい。だとしたら、何で自首をしたんだ。まさか、君もその殺し屋だっていうのかい。」

「違います。俺は捨てたくなかったんです、その包丁も、真っ当な人生も。」

「困ったね、これで自首が4人目だ。まあ、証拠を持ってきたのは君1人だけなんだけどね。」

警部はそう言って俺を警察署に連れて行った。

それからの日々はあっという間に過ぎた。俺はもう悪夢を見ることが無くなった。やっと自分を認めれたのだ。そして牢屋で俺はひたすら本を読んでいた。今まで本を読んだことなどほとんど無かったが、やることが他に無かったので本を読むしかなかった。やがて本を読むのに少し飽きた俺は本を書き始めた。そして俺は小説を書くことが好きという事に気付いた。牢屋を出た後は小説家になろうと思う。その時俺はきっとこの話を書くだろう。

FIN


 

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