特別編-Graduated from university-

3月25日(木)

特別編-Graduated from university-




 僕の住んでいる東京都や、栞が住み僕らの通う潮浜国立大学のある神奈川県は、新型コロナウイルスの感染拡大により、1月から緊急事態宣言が出ていた。2度の延長があったものの、3月21日に宣言が解除された。

 このため、潮浜国立大学の卒業式は実施されることが決まった。




 卒業式当日。

 栞と僕の門出を祝うかのように、今日は朝からよく晴れている。

 潮浜国立大学経済学部の卒業式は午前中に大学のキャンパスで行われる。ただし、新型コロナウイルスの感染対策のため、会場に行けるのは卒業生のみ。保護者は参加できない。

 ただ、大学卒業という人生の節目。それを祝うため、卒業式が終わったら、うちの家族と栞の家族で、栞の家で寿司を食べる予定になっている。

 新倉家も日高家もみんな体調は良好であり、感染者の濃厚接触者になっていない。そのため、僕と栞は大学の卒業式に参加し、その後に家族ぐるみの食事をすることになった。

 午前9時過ぎ。

 僕は就活でも使ったスーツを着て、家を出発する。今日は晴れているからコートは着ずに出たけど、それで正解だった。歩くと結構温かい。

 最寄り駅の鳴瀬駅に到着。

 ホームに立って、栞に「何分発の電車に乗るか」と「何号車の何番目の扉に乗るか」をメッセージで伝える。そうするのも、栞とは彼女の家の最寄り駅・上津田駅のホームで会う予定になっているからだ。

 ちなみに、人生の晴れ舞台であるため、栞は袴を着てくるそうだ。どんな袴姿になっているかは、実際に会うまでのお楽しみ。 

 ホームに到着してから3分ほどで、潮浜方面に向かう電車が到着。僕はその電車に乗る。通勤の時間帯から少し経っているので、電車の中は空いていた。うちの大学の学生だろうか。青色の袴姿の女性がいる。

 それから程なくして鳴瀬駅を発車する。

 上津田駅は次の駅で、3分後に到着する予定だ。どうか、遅延や運転の見合わせにはなりませんように。


「綺麗だな……」


 鳴瀬駅を発車してすぐに、車窓からは満開となった桜並木が見える。今年の桜の開花は早かったからなぁ。自然からの卒業プレゼントかな。

 それからも、満開となった桜が定期的に楽しめる。


『まもなく、上津田、上津田。お出口は右側です。』


 おっ、もうすぐ上津田駅に到着するのか。いよいよ、袴姿の栞に会えるんだな。

 減速した電車は上津田駅に入る。車窓からホームを見ると、赤い袴姿の女性が見えた。

 そして、その女性……栞の前で停車し、ゆっくりと扉が開いた。その瞬間、栞は僕に手を振ってくる。口元はマスクで見えないけど、目つきからしてニッコリと笑っていると思われる。


「おはよう、悠介君」

「おはよう、栞」


 挨拶を交わし、栞は乗車する。


「その袴姿……よく似合っているね。綺麗だし可愛いよ。あと、ハーフアップにした髪型と赤いリボンも似合ってる。普段と違った雰囲気でいいね」

「ありがとう、悠介君。晴れの舞台だからね。服装と髪型も普段と違った雰囲気にしてみました」

「とっても素敵だよ。僕は入学式のときと変わらずスーツだ」

「よく似合ってるよ、かっこいい。4年前の入学式に比べると、大人っぽくなったね」

「4年間は大きいからね。栞も大人っぽくなったよ」

「ありがとう」


 そう言うと、栞はそっと俺の左手を掴んだ。


「袴姿の写真を撮りたいけど、ここじゃさすがにダメだよな」

「そうだね。大学のキャンパスに着いたら撮ろうよ。正門とかで」

「それがいいな」


 そのときはスマートフォンでたくさん撮影しよう。

 それからすぐに上津田駅を発車する。


「今日でこうして一緒に大学に行くのは最後になるんだね」

「そうだね。将来、学園祭とかに行くかもしれないけど、学生として行くのは今日で最後だろうね」

「だね。今日みたいに悠介君と電車で待ち合わせして、一緒に大学に行くのが楽しかったなぁ」

「うん。時間割によっては、今みたいにゆったりと乗れるときもあれば、満員電車で行くときもあったな」

「そうだったね。でも、悠介君と密着できたから、満員電車も悪くなかったよ」

「……僕もだよ。ただ、それは栞と出会った高校時代から感じていたことだ」

「私も」


 栞と出会ったのは、高校入学直後に同じ電車に乗ったからだった。それまでは満員電車に不安な気持ちがあったけど、栞のおかげで満員電車でも乗るのが楽しみになった。

 それからも、高校と大学での通学に関する思い出を語り合う。だからか、あっという間に潮浜国立大学の最寄り駅に到着した。

 駅を出ると、スーツ姿や袴姿の学生がたくさんいる。彼らは潮浜国立大学の方に向かって歩いている。僕らもそれに続く。


「この光景を見たら、今日は卒業式なんだってより実感するよ、悠介君」

「ああ。スーツはともかく、袴姿の女性がたくさんいる光景はそうそうないもんね。コロナもあるから、こういう光景を見られて良かったって思うよ」

「そうだね。予定されていることが、その日に実施されるって幸せなことなんだって思う」

「そうだな」


 学生生活最後の行事なので、その幸せさをより強く感じる。

 駅を出発してから10分ほどで、大学のキャンパスの前まで到着する。正門には『令和二年度 卒業式』と描かれた看板が飾られている。今も女子学生がスマホで写真を撮っていた。

 少し待って、僕らは卒業式の看板のところでスマホで写真撮影。

 袴姿の栞を可愛らしく撮ることができた。一生の宝物しよう。休みの間に現像してアルバムに貼っておこう。

 キャンパスの中に入ると、掲示板に卒業生がどこの講義室に行けばいいのか書いてあるポスターが張り出されていた。見てみると、学科で分けられているようだ。栞と僕は同じ学科なので、同じ講義室に行くことに。

 指定された講義室へ行くと、友人や同じゼミの仲間の姿が。彼らもスーツや袴姿など、普段とは違った服装になっていた。

 空いている席へと行き、僕らは1つ席を空けた状態で座った。


「今まで講義を受けていた部屋だから、何だか感慨深い気持ちになるね」

「今日でお別れだからなぁ」


 4年生は卒業論文関連だけだったから、利用することはほとんどなかったけど、3年生まではこの講義室でいくつも講義を受けてきた。もちろん、栞と隣同士に座って。難しい講義や眠くなった講義もあったけど、栞がいたから何とか乗り越えられたな。

 それからも栞や友人、ゼミの仲間と話したりして、卒業式が始まるまでの時間を過ごした。



 卒業式はリモート中継による簡素なものだった。

 学長や後援会会長、午前中対象の学部の卒業生代表が話すのをただ見るだけ。20分ほどで終わった。

 卒業式が終わった後、学科長がやってきて学位記が渡される。学籍番号順に一人一人に渡す形式なので、卒業式よりも時間がかかった。受け取った学位記を見ると、僕はこの大学を卒業したんだなと実感する。栞は嬉しそうに自分の学位記を見ていたのであった。



 学位記の授与も終わり、大学の行事はこれにて全て終了した。



 それからは友人やゼミの仲間と話したり、スマホで写真を撮ったりした。

 みんなとの最後の時間を楽しみ、僕と栞は一緒にキャンパスを出る。朝よりも暖かくなっている。


「これで学生生活も終わりだね、悠介君」

「そうだね。高校に入学した直後に栞と出会ってからは、本当にあっという間で楽しかった」

「うん! 悠介君のおかげで、高校時代と大学時代がとても楽しかった! 素敵な思い出もたくさんできたよ」

「僕もだよ。栞、これまでありがとう」

「こちらこそありがとう」

「……そして、これからもよろしく」

「よろしくね、悠介君」

「うん。それで……いつかは結婚して、ずっと一緒にいよう」

「もちろんだよ!」


 栞は僕のことをぎゅっと抱きしめる。栞は袴姿だけど、彼女からは温もりがしっかりと伝わってくる。

 そして、栞は右手でマスクを外し、ゆっくりと目を閉じる。今の僕の言葉について、誓いのキスをしたいのかな。

 僕もマスクを外し、栞にキスをした。周りに人がいるので、ほんの2、3秒ほどだけど。それでも、栞の唇の柔らかさや温もり、甘い匂いはしっかりと感じられた。

 唇を離すと、栞はとても幸せそうな笑顔を見せてくれる。


「約束だよ、悠介君」

「うん。じゃあ……栞の家に行こうか」

「そうだね。お寿司、楽しみだなぁ」

「お腹空いたよ」

「私も。上津田駅の近くに、満開の桜の木が何本も植えられている場所があるから、そこを通りながら帰ろうよ」

「おっ、いいね。電車の中から満開の桜の木をたくさん見たから、桜の木の下を栞と一緒に歩きたい気分だよ」

「ふふっ。決まりだね!」


 僕らはマスクを着け、手を繋いでゆっくりと歩き出す。学生生活から新しい生活への第一歩のように感じた。

 来月から、僕らは別々の会社に就職し、新社会人としての生活を送り始める。

 これまでとは比べものにならないくらいに大変なときもあるだろう。ただ、今のように手を取り合い、支え合っていきたい。

 背後から吹く風は、とても爽やかで気持ちいい。その風は近くにある桜の花びらを美しく舞い散らせた。




特別編-Graduated from university- おわり



□後書き□

これにて、最後の特別編が終わりました。カクヨムでは5年間ありがとうございました!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

片道15分の恋人 桜庭かなめ @SakurabaKaname

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ