戦場の(ローカル)アイドル 後編

 シャケ州のご当地アイドル、COOちゃんのアイドル軍務が始まった。

 今日の仕事は、まず食堂で第六駐屯地名物のカレーの取材である。


「これが第六小隊の名物カレーなんだぁ。んーーーん、すっごくトロトロで水っぽい。どれだけカレー粉を水増ししてるかは、ナ・イ・ショだね♪」


 ハデハデしくも露出の多いアイドル衣装を着た美少女、ココロことローカルアイドルのCOOちゃんが、そんな軽快なトークをしていた。

 スープカレーのようなシャバシャバなカレーライスを、細い指でもったスプーンで掬って食べる。


「あ、でも意外! わりと食べれる!? じゃがいもが多くてちょっと歯ごたえもあるし。最低限の予算を更に横領してもハイパフォーマンスを出す。軍の仕事って、ほんとに素敵だね」


 ココロが綺麗に食べておかわりまで要求した。もちろんそのおかわりは、ココロの背後でゆらゆら動いているゆるキャラ、シャケぽんの中にいる雫のためだ。


「COOちゃーん! かわいーよー」

「コンサートいくよ~!」

「CD買ったよー。給料つぎ込んで、10枚買った!」

「大好きだーー! 愛してるよー!」

「オレのライフルにサインしてー」


 撮影中の食堂の外から、いかついおっさんたちが大声で声をかけた。

 マラソン訓練中の歩兵一団が、大声で手を振りながらこっちにアピールしている。


「声援ありがとー! でも撮影中に声かけないで欲しいかも。余計なこと考えられなくなるくらい走っててね〜☆」


 ココロはそう声をかけてあげた。

 娯楽が少なすぎる前線に多いて、突如誕生した美少女アイドルCOOちゃんに、兵士たちは熱狂した。

 太もも顕なアイドル軍服に、可愛らしい金髪の少女、心臓を鷲掴みにして離さない甘い声色。

 かなり辛辣なトーク内容は、むしろ気の荒い兵士たちの心をうった。


 兵站部がつくるCOOちゃんのグッツは、常に品切れ状態である。一番の売れ筋商品は『うちわ』だ。COOちゃんの顔がでかでかとプリントされている。

 熱いシャケ州で、空調のない部屋に押し込められる兵士たちにおいては生活のマストアイテムであった。





 食堂の取材が終わり、COOちゃんのコンサートが始まった。


 予想を遥かに上回る熱気で食堂はうめつくされた。

運動場のトラックを使ったほうが良いという意見もあったが、それをカバーできるほどの音響設備を兵站部はもっていない。というか楽器もないので、演奏したテープを流して、それに合わせて歌うだけだ。カラオケである。

 ただし観客たちは熱狂していた。皆が皆、COOちゃんうちわを手にしている。


「うわーすごーーい。みんな、今日は来てくれてありがとー♪ 正直、こんなに来て欲しくなかったかも」


 ココロの本音100%のMCトークに、観衆の兵卒と下士官たちは熱狂的に返事をした。


「COOちゃーーーん! 愛してるー」

「ラブラブ、COOちゃん!」

「COOちゃんバズーカで、俺の股間も撃ってくれー!」


 意味がわからないような怒声混じりの歓声が広がった。

 COOちゃんは最高の笑顔でそれに応える。


「第六駐屯地はノリいいなぁ。はーーい、じゃあ戦車隊の人はいるぅ?」


「「「うぉー! もちろーん!」」」


「工兵隊はいるかなぁ?」


「「「いぇーい!」」」


 工兵所属の部隊が、戦車隊には負けないとばかりに大きな声で返事をする。

 次に呼ばれた部隊は、その前よりも更にでかい声で。次はさらにでかい声で。意地の張り合いのような声で、会場の熱気は更に上がっていった。


「じゃあねーー、今日の見張り任務の哨戒兵は?」


「はーーい!!!」


「てめーは来ちゃだめでしょ!」


 ココロの軽快なツッコミに、会場は爆笑に包まれた。もちろん、哨戒兵は恥ずかしそうに髪をかいて……、軍務違反を咎める軍監員の視線に気がつくと逃げるように会場を後をした。


「しょーがないなぁ。第六駐屯地って、ほんとは暇なの? まあ大根共が弱すぎだからかもしれないけどねー」


 大根というのは敵国であるダイナマイト帝国の兵士たちの蔑称だ。みんな白人で色が白くてガタイがデカイから大根と呼ばれている。

 こういう軍内でしか通用しないスラングを使ってくれているのも、兵士たちの心を掴んでいる理由である。


「それじゃあ、今日は短い間だけど、楽しんでいってねーー!」


 ココロがアドリブでMCを終えて、ミニコンサートがスタートした。

 食堂を埋め尽くす群衆の歓声に負けないように歌わねばならないので大変だ。

 サウナ状態になっている食堂で、そもそもサウナ同然のゆるキャラにはいっている雫はフラフラになるまで踊っていた。

 歌うのは軍隊唱歌と中央で流行っている流行歌。

ちゃんとした曲は作ってもらえるほどの予算がない。





 緊張するのが握手会である。


 最前線という性質上、銃器と刃物はほぼ全員が所有している。そして気の短い人間が多い。

アル中もいる。

ヤク中もいる。

精神疾患者もいる。

そしてみんなCOOちゃんが大好き過ぎている。


 そんな濃厚な『ファン』を相手に、ココロは笑顔で握手会を執り行わねばならない。

1人10秒という時間制限もほとんどの人間が破ろうとするので、追い返すのも大変だ。


「んんーーっとぉ、そろそろ消えてくれないかなぁ。COOちゃん、お仕事してる貴方がもっと好きかもぉ」


 大柄で乱杭歯の歩兵と握手をしながら、ココロは笑顔でその手を離そうとしていた。

 だが相手は全然手を離そうとしない。着ているTシャツは激レアアイテムのCOOちゃん全面プリントTシャツXLサイズだ。XLでもサイズが足りず、COOちゃんの顔が横に広がっている。


「うふ、ふふふふ。こ、COOちゃん、肌はツルツルなのに手はザラッとしてるね。陸軍かな。銃タコがみっけ…‥ふふふ」


「ちょ、キモいから! なんか手が油ギッシュだし」


「うひひひ。も、もしかして上等校にいってるのかなぁ。士官候補生? COOちゃんの指揮なら、俺死ぬまで頑張れるよ」


「できれば今すぐ死んでくれない!? さっさと手を離してってばぁ! もーーー! 握手会おわんないでしょ! お前しねー!」


 ココロが手を振ろうが何を言おうが、頑として握りしめた手を離そうとしない兵士。

 吉敷少尉が無理矢理に引き剥がすまで帰らない猛者ばかりなので、握手は大変なおお仕事であった。





 兵士たちにとっては天国、ココロにとっては地獄の握手会が終わった。

 関係各所に挨拶に行った。駐屯地の小隊長にまでサインをねだられ、嫌々ながらサインを書く。

 すべてが終了したのは20時のこと。

 控室につかっている会議室にて、ココロと雫は、疲れ果てて抜け殻のようになっていた。


「お、お疲れ様です。ココロ上等兵」


 雫はアイドル業務を終えたココロを、ちゃんと名前付きで呼んだ。


「マジで疲れた。死にそう」


「はい。……雫ちゃん、一日でダイエットに成功したみたいですよ。汗かきすぎて気持ち悪いです」


「お前はもーちょっと、乳痩せろ」


 机の上に突っ伏しながら、ココロが適当に言った。

 ドアが合図のノックをしてから開けられる。現れたのは吉敷少尉であった。


「お二人さん、ご苦労様でした」


「マジ疲れた。ちょっと休ませてく……」


「そしたら明日の予定ね」


「ちょっと待てよ! 休養くれ。限界だっての」


「だーめ。僕らの補給を待ってる人達がいるんだから。頑張ろう、COOちゃん」


「いーやーだー!」


「指令書だした方がいい?」


 軍務違反は銃殺。軍隊の基本である。

 そもそも国と軍への忠誠心が高いココロは、軍務違反をするつもりはない。

 ただ軍務について、ものすごーーーーく文句はあるが。


「っぐ……。わかったよ。やるよ」 


「物分りが良くって助かるよ。明日は名所案内の撮影があるから。第六駐屯地の名所、100人切り塹壕ね」


「それ、ミニコンサートはあるか?」


 ココロは一日でダイエットに成功するくらいのサウナのような会場で、脱水症状と闘いながらコンサートをした。熱気でフラフラである。

その熱気の主成分が、全員アイドル大好きないかついおっさんだと思うと死にたくなる。


「ないよ」


「握手会は?」


 ココロはコンサート終了後、二時間も屈強な兵士たちと握手会をし続けた。右手が疲労骨折しそうである。


「それもない」


「なら、いい」


 疲れ果てたココロはそれだけいいった。メイクを落として、サングラスをかけて、COOちゃんからココロ上等兵に戻る。


「明日は4時起きだからね。早めに寝るんだよ」


「はぁ!? なんでそんなには早えーんだよ」


「塹壕が遠いんだよ。輸送車両で片道7時間もある。日の高いうちに撮影を終わらすには、この時間には出ておかないと」


「……そ、その輸送車両内は……」


「とうぜん、撮影の人もいるから、COOちゃんになりきっててね」


 往復14時間、アイドルとして振る舞わなければならない。撮影を含めたら、一日中だ。


「地獄だ……」


 めまいを起こして、ココロはポテっとその場で机に顔をべっとりつけてうつぶせた。


「軍ってのは、みんな地獄だって言うよ。ココロ上等兵だってそう思ってたろ」


「こういう地獄じゃないだろうが。クソ」


 ココロは毒づいた。


「大丈夫です。雫ちゃんはココロ上等兵と一緒なら、どんな地獄も怖くないです」


 雫が励ますようにいうが、ココロは「マジで地獄の方がマシな気がする」と言うばかりであった。

 それでも任務となれば完璧にアイドルを演じてしまう、軍務に忠実過ぎるココロであった。

 完璧すぎるために人気はどんどん上がり、仕事はどんどん増える。給料は特に増えない。


 大人気のご当地アイドル、COOちゃん軍務は、増加の一途をたどっていた。

 

 やがてダイナマイト帝国の偽装スパイがCOOちゃんのライブを見て、その動画を撮影してダイナマイト帝国に流し、帝国軍内にもCOOちゃん大ブーブが起こる。

 ダイナマイト帝国はオニギリ国以上に娯楽が少なく、アイドルというものを見たことがないのだ。

 敵国の情報分析という名目で、初めてみたアイドルCOOちゃんの存在に、帝国軍兵士たちは熱狂した。

 

 頻繁に小競り合いを起こす戦争状態の国家間で、好きなアイドルがおんなじという奇跡のような状況が生まれたのだ。


 爆撃されてる真っ最中の最前線基地において、「COOちゃんがこれからくるから。せめて爆撃を2時間やめろ!」とスピーカーで怒鳴ったところ、ホントに爆撃がきっかり2時間だけやんだという伝説をつくる。


 オニギリ国とダイナマイト帝国で一時的な講和条約が結ばれた時。条約締結にあたり、COOちゃんのコンサートを調印式で開くことが当たり前のように条件に加えられた。

 ココロ上等兵(全然出世しない)の意思にかかわりなく、ローカルアイドルCOOちゃんは中央政府の思惑通り、地域の活性化に貢献していくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最前線のご当地アイドル いわたせみ @kabanesemi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ