戦場の(ローカル)アイドル 中編
きっかけは選挙である。
平和な内地において、旧野党が選挙に勝つという政変が起こった。そして新しい命令が下ったのだ。
【国の発展は地方の活性化から!】
その命令はお役所に落とされて、各地に具体的に指令が下った。
その1つが、各地方ごとにご当地アイドルとゆるキャラを作ることである。
ダイナマイト帝国と争っているシャケ州も、オニギリ国の公式ではきちんと地方に組み込まれている。例外を認めない中央政府の方針により、シャケ州でもご当地アイドルとゆるキャラが必要となった。
アイドルとして白羽の矢が立ったのが、シャケ州内で白眉の可愛らしさを誇るココロ上等兵であった。
「いやだ! アイドルなんか絶対にやりたく無い! 宴会の余興に出るのだっていやなんだ。一番危険な前線でもいいから歩兵として扱ってくれ!」
歩兵としてしか生きたことがないココロはそう主張したが、もちろん黙殺された。
個人の要望を通してくれる軍隊なんて存在しない。
そもそもアイドルの適性がある兵士なんているわけがない。やりたい人も皆無だ。
だったら容貌だけでも適正が完璧である、金髪少女のココロを任命するのが、当然の帰結であった。
軍令が正式に下り、ココロはシャケ州のご当地アイドルとなった。
中央政府の役人がご当地アイドルの視察に来るまで時間がない。
そのためココロには、悪名高いシャケ州軍式促成訓練が施された。
訓練方法は簡単である。
休まず、眠らさず、ひたすら訓練を施すのだ。半死半生の中、対象は任務を完遂できる能力を手に入れる。
人間はなかなか死なないという、人の可能性を信じたシャケ州駐屯軍の伝統的な訓練方法である。
訓練が始まってから、ココロは140時間眠ることはなかった。
まずは始めの48時間ぶっ続けで平和な内地で流行しているアイドルソングを聞かされ続けた。
徹夜続きで朦朧としているココロに、流行アイドルのトークが流れ込んできた。
脳髄にアイドル流トーク術を染み込ませ、次はダンスのレッスン。フラフラな身体で、画面の中で踊るアイドルたちのダンスを見て覚えた。そして実践。ステップに失敗したら殴られる軍式レッスンが続いた。
そして徹夜開始から7日目の朝。
シャケ州のローカルアイドル『COOちゃん』が誕生したのである。
ちなみにココロについてまわっていた雫は、ゆるキャラの中の人に志願して、現在に至る。
「COOちゃん隊長。今日もとっても綺麗です♪」
「だったら変わってくれ。明日からお前がCOOちゃんだ。オレがシャケぽんの中に入る」
「いやです♡ 雫ちゃんじゃあ、あの訓練に耐えられずに死んじゃいますよ」
ココロが受けた一週間連続訓練。アイドルとして活動可能になるか、もしくは死ぬことでしか訓練が終わらない地獄を、雫は目の当たりにしている。
「クソ。丈夫な我が身が恨めしいぜ」
ココロはどくづきながら、たばこを取り出した。口に加えて火をつける。軍内では喫煙は一般的な行為だ。初等学校から吸っているものもたくさんいる。
「あ、NGですよ。COOちゃん隊長。COOちゃんの衣装着てる時は、喫煙しちゃダメです」
「……っち」
ココロが一息吸っただけで灰皿を探そうとする。
キグルミの頭部をポコっと外して、雫が顔を出した。
雫はボブカットをした、ボーイッシュな少女である。容姿だけで言えば、こちらもアイドルにだってなれるくらい可愛らしくはある。ココロが圧倒的に可愛すぎるだけで。
「そのタバコは、雫ちゃんがいただきますから」
「テメーはいいのかよ」
「ゆるキャラの中の人が、禁煙なんてルールは聞いてませんよ」
「ずるくねえか?」
そういいつつ、雛鳥のように口を開けてまっている雫の唇に、たばこをつけてあげた。
雫は大きく息を吸って、煙を口から吐き出す。
「生き返りますねぇ」
雫はしみじみとそういった。
ちなみにキグルミの中の雫は、下着姿である。頭を外しているので、顔から上半身は全部見える。スポーツタイプのブラジャーが、たっぷり豊かな雫の巨乳を包んでいた。ぺっとりとくっついた下着が、乳房の周りに張り付いて透けていた。
ココロの容姿は完璧なのだが、胸などの成長は人並みであった。乳房の大きさという男性的な観点では、雫のほうに軍配が上がる。ゆるキャラの中にいるので見えないが。
「相変わらずだらしねえ乳してるな。少しは痩せろよ」
「えへへ、これってけっこう役に立つんですよ。金欠の時には、お金に変えられますし」
「……あんまりそーいうことすんな。歩兵は歩兵として稼げ。娼婦の仕事を取るんじゃねえ」
「COOちゃん隊長。今の私たちって、どっちかっていうと娼婦に近くないですか? 従軍慰安っていうか」
「そーいうこと言うな。悲しくなるだろうが」
ココロはしみじみ言った。アイドルとして士気を鼓舞する、軍楽隊のような任務だと思って入る。
だが支給された軍服の、エプロンドレスのスカートの大胆なカットとかを思うと、どうしても『そっち』よりの気がして嫌であった。
太ももがあらわな股下20センチしかないスカートにもかかわらず、コンサート中にパンティーは絶対に見せてはいけないと訓練されている。
理不尽極まりないが、軍隊では理不尽は当たり前だ。
※
ノックがした。
2人は大慌てで立ち上がる。ココロは雫の咥えているタバコを灰皿に捨てて灰皿自体を隠し、雫もゆるキャラの頭部を付けた。
コンコンコン。
3テンポ空白。
コンコンコン。
ノックは味方を示す合図であった。
2人に弛緩した空気が流れる。
ココロがドアのかぎを開けると、そこには見慣れた小太りの中年が立っていた。
「はいはい、お二人さん、軍令ですよ」
中年の男は吉敷少尉。2人よりもずっと上の階級で、下士官である。消耗品の兵卒とはわけが違う。
彼がシャケ州のご当地アイドル『COOちゃん』と、ゆるキャラ『シャケぽん』のマネージャー役でもあった。
「吉敷少尉、お疲れ様でっす」
「おっつでーっす♪」
「んーーー、ヤニ臭いね。吸ってた?」
鼻をヒクヒクと動かしながら吉敷少尉が聞く。
「はーい、雫ちゃんが一服してましたー」
元気にきぐるみの手を振って応える。
「ゆるキャラの中の人がタバコを吸うのもあんまり褒められたことじゃないんだけどね。ココロ上等兵は絶対ダメだよ。アイドル生命の命取りになるから」
「アイドル生命なんぞは、さっさと終わって欲しいんですけどね」
「それが実際の生命ともリンクしてくるのが軍隊の恐ろしいところなんだよ。まあ注意しといて」
恐ろしいことをサラッという吉敷少尉。
吉敷少尉自身は見た目が優しいが、いざとなったら容赦はしない。躊躇なくココロも雫も切り捨てて自己の保身を図る。そういう人間であった。
「わかってますよ」
「宜しい。じゃあ今日の予定ね。本日1300(ヒトサンマルマル)より、コードネームCOOちゃん、及びコードネームシャケぽんの特別慰安任務を開始します」
「あいよ、任務の詳細は?」
吉敷少尉が書類を読み上げながら言った。
「初めはご当地紹介番組の撮影。第六分隊の食堂の取材だよ。出されるものはカレーライス。笑顔で全部たべて、適切なコメントを出してね。シャケぽんは後ろでテキトーに動いててくれればいいから」
「全部食うの? あとでミニコンサートするんだよな?」
「完食が基本。頼んだよ」
「ったく、雫は相変わらず楽だな」
「楽なのはいいんですが、雫ちゃんにはカレーライスは出ないんですか?」
雫の質問に、吉敷少尉が軍令の書類をパラパラと見る。
「うーーん、ゆるキャラにはないみたいだね。撮影終わったらすきを見て、適当になにか食べて。現地調達で」
「無理があるー」
ゆるキャラのキグルミを着たまま、現地調達で食べ物なんて確保できない。そもそも財布を持ち歩けないし、キグルミを脱いだら下着姿だ。
食品を盗めば、それこそ大問題になる。
「しかたねえな。俺がどっかからか持ってきてやる」
「やーん、COOちゃん隊長、優しぃ♡」
ゆるキャラが手をパタパタさせて抱きつくような素振りを見せた。ほんとに抱きつかれたら、丸い塊が突撃してくるようなものなのでそれはしない。
「そいで吉敷少尉よ。適切なコメントってのは、どんなんだよ?」
「よくわからないけど、COOちゃんアドリブきくから、なんとかお願い」
「てきとーだな」
「現場の判断に任せるよ。臨機応変にお願い。成功するだけでいいから」
なにをしても良いご失敗だけは許さない軍隊流の命令に、ココロは顔を歪めた。
「それで1500(ヒトゴーマルマル)からはミニコンサートね。場所はおんなじ。入場はフリーってことになってるから、食堂があふれるほど人が来ると思う」
「暇なやつ多すぎだな。平和かよ」
「君の人気だよ。熱気にやられないように気をつけて」
ちなみにこの第六駐屯地は、ちっとも平和ではない。昨晩も敵の強行偵察兵を捕縛している。シャケ州流の『国際法上問題ない尋問』の真っ最中だ。
通称、水かけゾウさん。
対象が眠ろうとすると、『うっかり不注意で』水をこぼしてしまう尋問方法である。だいたい3日で洗いざらい自白する。
ココロにしてみれば、敵兵は根性がない。こっちはなりたくもないアイドルになるために、7日も不眠で訓練を受けたのに。
「熱中症に注意か。なにか具体的な対策はあんの?」
「シャケ軍の伝統に則って。現場で臨機応変にいこうか」
つまり対策はゼロだ。気合と根性で乗り切れとの命令であった。
ココロがわざとらしくため息をついた。
「で、1630(ひとろくさんまる)から握手会。これすごいよ。30名までなのに、応募者が1245人も来た」
「馬鹿じゃねーの」
「人気ですって、COOちゃん隊長の♪」
横から口を挟んだのはぬいぐるみの中の人こと、雫だ。
緊張感の欠片もない「ぽへ」っとしたゆるキャラのぬいぐるみを見て、またココロはため息を付いた。
「任務開始は13時か。あと30分だな」
「飲み物でも持ってこようか?」
吉敷少尉が言った。士官が兵卒の飲み物を用意するなんて普通有り得ないが、この業務では特別である。
「いいよ。今飲んだら汗が出て、化粧が不味いことになる。少尉は食堂の準備に入っといてくれ。俺はそろそろ化粧の仕上げをしとく」
「了解、じゃあ現地で」
吉敷少尉は去っていった。他に人がいたら許されないほど階級差を感じさせないフランクな対応だが、上の人間である吉敷少尉が許しているので問題はない。
ココロは鏡台の前に座った。アイメイクのライナーから、シャドーを手早く入れていく。15分ほどで完成した。元が完璧な造形なので、化粧に手間がかからない。このメイク術もアイドルに任命された時から、スパルタ教育で叩きこまれている。
ボリュームのある金髪をツインテールにして、赤いリボンで止める。最後に猫耳カチューシャをきちんとつけた。
次は喉だ。
声帯がもともと非常に広いココロだが、アイドルに必要とされているのは更に一段高い声なのだ。媚びているような高音域の女声を、喉を触りながら調節していく。
「あ、あーああーあーー。あーー。……みんなーげんきぃ♪ シャケ州で戦うみんなの天使、アイドルのCOOちゃんだよぉー! みんなぁ、死ぬときは2人以上殺してからだからね。COOちゃんとのや・く・そ・く♡ 今日もニコニコ1人2殺ね☆ ……よし、オッケー」
ココロの声が、どう聞いてもアニメの登場人物のような声色に変わる。内容はともかく。その完璧な容姿も相まって、二次元の登場人物にしか見えない。
シャケ州ご当地アイドル、COOちゃんの完成だ。
「プロですねえ」
シャケぽんがウンウンと頷くような素振りをした。手を前に出しているのは、腕組みをしているつもりなのだろう。
「こんなことのプロいなった記憶は一切ねえんだがな」
口調はいつもどおりになっているが、音域が遥かに高くて奇妙な声色となった。
ちょくちょく素が出るココロことアイドルのCOOちゃんだが、完璧過ぎる見た目とあいまって、そのギャップが軍には受けていた。
最前線のローカルアイドルCOOちゃんは、シャケ州において絶大な人気を誇る大人気アイドルであった。
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