うちの家電はおしゃべりさん

秀田ごんぞう

うちの家電はおしゃべりさん

 何かに心を悩ませているとき、誰かが相談に乗ってくれたらなあと思ったことはありませんか? 身近に相談できる人がいればいいけど、そういう人がいなければ一人で抱え込んでしまう。そんな人もきっといますよね。

 ……でもね。気づいていないだけで、あなたのことを心配している存在がすぐ近くにいるのかもしれませんよ? 彼らは普段は何も言わない。でも本当は誰よりもあなたのことを心配しているの。誰より大切なご主人様であるあなたのことを。

 これはそんな優しい物たちのお話――。



 とあるマンションの一室。小鳥のさえずり声が聞こえる中、部屋の主人である徳田さんはドアを開けて出掛けて行った。今日は早朝から出勤なのだ。

 徳田さんは独り暮らし。部屋には誰もいない。……いないはずだ。

「……行ったようだな。おうい、皆! ご主人様が出かけたぞ~!」

 その声を皮切りに、部屋の中央に置かれたちゃぶ台にわらわらと物が集まってくる。やって来たのは扇風機に、冷蔵庫、テレビ、そしてノートパソコンだ。

 確認しよう。彼らは物である。しかし事実として、誰もいないマンションの一室で、家電たちがちゃぶ台を囲んで一堂に会し、今、座談会が始まろうとしていたのである。

「えー、お集まりの皆サン。今日はよくぞお越しくださいマシタ。私、本日の家電サミットの議長を務めます扇風機でございマス。以後、お見知りおきヲ。まずは皆さん、自己紹介からお願いシマス」

「あんたのカタコトは変わんねえな扇風機の旦那。皆顔見知りだろ。今更、自己紹介ってのも気恥ずかしいぜ。まあいいや。俺は泣く子も黙る冷蔵庫! この家の冷蔵庫っていやあ俺の事よ!」

「相変わらず熱いわね冷蔵庫。でも中はキンキンに冷えているクールなオ・ト・コ。私は素敵だと思うわぁ~ン。あら、申し遅れましたわ。私はテレビ。テレビジョンとお上品に呼んでくれても構わなくってよ」

「あ、あの私はパソコンと言います。CPUは……で、内蔵ソフトは……に……で」

「パ、パソコンサン。すみませン。詳しすぎてもちょっとあれなんデ、出来るだけ簡潔にお願いしマス」

「す、すみません扇風機さん! 私、新人でして……」

「まあ、アンタはこの家に来て一か月くらいってトコか? まあ、仲良くやろうぜ」

「は、はい。ありがとうございます冷蔵庫さん。こちらこそよろしくお願いします!」

 扇風機がオホンと一つ咳払いして。

「では自己紹介もこのへんにしテ、第三四回家電サミットを始めたいと思いマス。本日の議題ワ――」

「ち、ちょっと待ったぁ! 俺っちを忘れねえでくれよう!」

 滑り込むように慌ててやって来たのは埃をかぶった古臭いラジカセだ。どうやら扇風機の声を聞いて、押入れの奥から飛び出してきたらしい。

「これはこれは、ラジカセさンではありませンカ。今日は欠席かと思いましたヨ」

「俺っちがこんな面白い会合を休むわけねえだろう! さ、はじめっか」

 ラジカセも加えた五つの家電機器がちゃぶ台を取り囲み、第三十四回家電サミットは幕を開けた。


 第三十四回 家電サミット議題 『残されたモノにできること』


「というわけで始めたいと思いマス。司会進行は議長である私、扇風機が兼任いたしマス。合意の方は拍手をお願いしマス」

 パチパチ~という音をラジカセが鳴らした。他の物も各々独自の方法で拍手した。

「ありがとうございマス。まずは本日の議題についてデス。近頃、ご主人様の機嫌がすこぶる悪く、多くの仲間たちがその犠牲となりまシタ。ある物は勢いに任せてぶん殴られて破損。またある物は、水をかぶってお釈迦ニ……。先週だけですでに三機の仲間たちがこの世を去りまシタ。幸運にも生き残ることが出来た私達ですガ、明日を無事に迎えられるという保証はありまセン。そこで今回サミットを開き、私たちが明日以降も平穏に暮らしていくためにはどうするべきかを模索スル。それが本サミットの議題となりマス。それではまず、冷蔵庫さんから意見をどうゾ」

「ふむ……確かに、最近のご主人様の狂行は目に余るな。自分で買っておいて自分で壊すなんて正気の沙汰とは思えねえぜ。何か原因があるはずだと思うんだが……」

「原因ねえ……。押し入れに閉じ込められた囚人同然の俺っちは、最近ご主人様に会ってねえし。テレビ、お前、ご主人様と毎朝顔合わせてんだろ。何か変わった様子は無かったのか?」

「ご主人様の様子ねェ……。そういえば、最近顔がやつれてきたように思うわ。それに目の下のクマも凄いし。職場で何かあったのかもしれないわ」

「リストラか?」

「いや、それは無いと思うぜ冷蔵庫。リストラされたら当然、金が入ってこなくなるわけだ。新しい家電を次々買う余裕なんかねえはずだろう。まして、自分から物にあたってぶっ壊すなんて真似、普通はしないと思うぜ」

「それもそうか……。んじゃ、一体ご主人様に何があったんでいうんだよ? 前はここまで物を大事にしない人じゃなかったじゃないか」

「そうねェ。ご主人様がおかしくなり始めたのは、パソコンさん。あなたの先輩が無くなった頃かしら?」

「私の先輩……? 先輩の死因は何だったんですか」

「それは私が答えマショウ。あの日のことは忘れもしまセン。ご主人様はネット中継で熱心にご自分の支持する野球チームを応援していたのデス。ご主人様の応援するチームは八回裏まで余裕の勝ち越し。勝利は確実と思われていたのですが、9回に奇跡の逆転劇が起こりまして、結局ご主人様の応援するチームが逆転負けしてしまったのデス。ご主人様の機嫌はこれ以上ないくらい悪くなりマシタ。しかし、それだけならまだ悲劇は起こらなかった。ご主人様はその日、酒を飲んでいたのデス。酒の力は……恐ろしいものデス。狂気に支配されたご主人様は、あろうことか、その手でパソコンを殴りつけマシタ。その衝撃で画面が見事に壊れてしまい、彼はお亡くなりになったのデス。なんとも痛ましい事件でシタ」

「そんなことがあったなんて……!」

「酷い事件だった。あの日は徳田家に衝撃が走ったよな。こんなことが起きるのか!? ってな。だが、確かにテレビの言う通りかもしれねえ。奴が死んじまった頃から、ご主人様は物に当たるようになったよな。俺の体もあちこち傷だらけになっちまったもんだ」

「悲観していても事態は改善しまセン。議論を続けマショウ」

「俺っちが思うに……やはり、ご主人様の機嫌が悪い根本の原因を排除しないといけないんじゃないか?」

「それはラジカセの言う通りよ。でもん……その原因がわからないから困ってるんじゃな~い」

 一同沈黙。ご主人様、つまりは徳田さんの機嫌が悪い原因。その原因を排除しないことには、徳田家の家電界に明日は無いのだ。しかし、徳田さんが何に悩み、何故機嫌を悪くしているのか。扇風機も、冷蔵庫も、テレビも、ラジカセも見当がつかず黙ったまま。

 そんな時、パソコンがおずおずとつぶやいた。

「あ……あの」

「おや、パソコンさん。何か意見があればどうぞお願いしマス」

「はい。最近のご主人様の検索履歴を探ってみたのですが……。いつもエッチなサイトばかりなのに、最近は占い系のサイトばかりなのです。ご主人様の悩みと何か関係があるのかなと思ったのですが……」

「占い……」

「あのご主人様が占いだァ? 信じらんねえよ!」

「す、すみません! ただの私の思い過ごしかもしれないので忘れてください!」

 謝るパソコンだったが、そんな彼女を真剣に見つめ、テレビが言った。

「いや……でかしたわ、パソコン。ご主人様の悩みの原因がわかったわ!」

「ま、まじかテレビ!?」

「ええ。そうか……実に単純なことだったのね」

「前振りはいいから、早く俺っちにもわかりやすく教えてくれ!」

「テレビサン。お願いしマス。ご主人様の悩みとは一体……?」

 テレビはちゃぶ台に会した皆をぐるりと一目見てから話し始めた。

「私が思うに……ご主人様の悩みはきっと……恋よ」

「恋!?」

「そう、恋。お相手が何処の誰かは知らないけど、ご主人様は今、恋をしているのよ。それも片思い。ご主人様は意外とシャイなお人だから、きっと自分の気持ちを素直に伝えられないでいるの。そのもどかしさから、ついつい物に当たったりしているのかもしれないわぁ~ン」

「でもよぉ……どうして占いサイトが関係あるんだよ?」

「相変わらず鈍いわねラジカセ。だからあんたは時代遅れって言われんのよ。いい? モテない男が、とある女性に恋をした。けどシャイな性格で話しかける事すらままならない。かといって、自分の心の内から湧き上がる気持ちを押さえておくことも出来ない。そこで占いサイトの出番。気軽に相性占いをしたりして、空虚な満足感を得ようって言う魂胆よ。モテない人間によくみられる兆候ね」

「なるほどな。だが、テレビ。ご主人様が恋に悩んでいるとして、俺らができることはあるのか? 俺たちは所詮ただの家電。人間界に干渉するなんてことはできない。原因が分かっても、それを排除する方法がないんじゃ、今までと変わんねえよ」

「いえ、方法はありますよ。冷蔵庫さん。要するにご主人様に自信を持ってもらえばいいんです」

「とは言っても……。何か考えがあるのですカ、パソコンサン」

 先程までのおどおどした態度とは一転して、自信満々にパソコンはつぶやいた。

「それはですね――」


   * * *


「ただいま~」

 誰もいないとわかっていても、挨拶をして部屋に上がる。靴を脱いだ瞬間、今日一日の疲れがため息となって漏れ出た。

 徳田哲夫、二六歳。最近になってしがないサラリーマン生活にもうんざりしてきた。世間様に言わせれば、根性なしとか言われるのかもしれないが、そんなの知ったこっちゃない。うんざりはうんざりだ。

 そんなうんざり生活に咲いた一輪の花。彼女は徳田さんの生きる希望ですらあった。しかし、臆病にも声が欠けられない自分がこの上なく嫌いだった。

 くそ! どうして俺は……!

 声にならない声を噛み締め、居間へと向かう。

 ドアを開けた瞬間不思議な現象が起きた。

 ひとりでに音楽が流れ始めたのである。音楽はちゃぶ台に置いてある、少し埃をかぶったラジカセから流れていた。

「あれ? 俺いつラジカセなんて出したんだ?」

 疑問に思いつつちゃぶ台の傍に腰を下ろす。

 流れている曲は往年のヒットバラード、『ああ愛しきわが青春よ~思い出すあの刻の空~』である。懐かしい曲だ。徳田さんは高校生の頃、この曲にどっぷりハマった。あの頃は何もかもが輝いていた……わけではないけれども、ため息が出る毎日ではなかった。

 ピロリン。

 メールの着信音。気づけばデスクに置いてあるパソコンも開きっぱなしで電源がつけっぱなしだ。ああ、電気代がもったいない。でも今朝はものすごく急いでいたし、仕方ないか。

 届いたメールをチェックする。

 件名:無題。差出人の名前は無し。迷惑メールだろうか?

 とりあえず開いてみることにする。クリックすると画面にメールの文面が映し出された。


   あなたへ


 あなたは今悩んでいますか。悩んでいませんか。いえ、きっと悩んでる。悩んでるに違いない。そうに違いありません!

 くどかったですね……ごめんなさい。

 人間誰しも悩みはあるもの。それは当たり前の事なのです。ですから悩みを抱えていないで吐き出してしまいましょう。

 ……え? 恥ずかしいって?

 ふむ……確かに人に話すのは勇気が要りますよね。だったら、物に話しかけてみてはいかが? 例えばそうですねテレビに向かって話してみてはどうでしょう?

 きれいなテレビって、画面が付いていない時は自分の顔が映ったりするんですよ。自分と対話するような気分で悩みを打ち明けたら少しはすっきりするかもしれません。


           パソ……あなたのことを心配している誰かさんより



 意味深なメールである。そもそも差出人は何を目的にこんなメールを……。だが、不思議なメールだ。読んでいると自然と胸があったかくなってくる。この際だ。誰かに聞かれるわけでもないし、メールで進められているように、テレビに悩みを打ち明けてみよう。

 そうすることでこのモヤモヤした気持ちが晴れるなら……悪くはない。

 徳田さんはテレビに向き直った。そこそこ高かったテレビ。買ってからそう経ってないから、画面もまだピカピカだ。

 暗い画面に自分の顔が映っている。映し出された顔は何故か緊張しており、口が真一文字に結ばれている。何を緊張することがあるのか。そう思っていても、緊張のせいか言葉が上手く出てこない。シャイとは難儀な性格である。

 不意に、ゴトンという音がして、徳田さんは顔をあげる。

 これは……冷蔵庫で氷が出来た音だ。だからどうという話でもないが。ラジカセから流れている曲は全然変わらない。一体ラジオ局は何をやっているのだろうか。

 改まってテレビの中の自分に向き直る。しばしの沈黙の後、意を決して口を開いた。

 しかしその拍子に唾が喉に入り込んで、むせた。

 体が熱い。まったくもって情けない。自分と対話することさえできないのか。情けなさで顔が赤くなる。

 再び不意に。タイマーセットされていたのか、扇風機が自動的にブゥ~ンと回りはじめた。心地よい涼風が、汗に濡れた神を撫でていく。

 天井を見上げてから、両手で頬を叩いて気合を入れ直した。別に気合を入れて取り組むほどの事でもないのだが、雰囲気というのは大事なのだ。

 テレビの中の自分の瞳は真剣だった。

「俺は!」

 ラジカセの音楽がアップビートに変わる。冷蔵庫からはまた、氷が落ちる音がした。扇風機は首を振って稼働している。パソコンには遊び気のないスクリーンセーバーが表示されている。真っ暗なテレビには、いつもと違う自分が映っている。

「俺は喫茶店のあの子が大好きだ! 名前も知らないあの子の事が忘れられない! けど……恥ずかしくて声もかけられない。話しかけて、気持ち悪い男だと思われたらどうしよう。変態と勘違いされて通報されたらどうしよう。情けないってのは自分でもよくわかってる。けど、このもどかしい気持ちを俺は一体どうすればいいんだ!?」

 捲し立てるようにしゃべって少し疲れた。息を吐きながら、どっかと椅子にもたれる。自分の気持ちを正直に吐露したのは随分久しぶりだった。胸のつかえがおりるような不思議な感じだ。

 だが直後、涙が出そうになった。自分は一体何をしているんだろう。誰もいない部屋で、何も言わない物に話しかけて。惨めだ。こんな姿を親が見たらなんて思うだろうか。そんな考えが頭に浮かんで、徳田さんはどうしようもなく惨めな気持ちなった。

 ……寝よう。嫌なことは寝て忘れよう。

 そう思って、徳田さんが電気の紐を手に取った時、突然テレビの画面がパッと明るくなった。テレビにセットされたタイマーが起動して、電源が入ったのだ。

 テレビには真っ白な画面に文字が記載されている。


 あなたは弱くなんかない。

 情けなくも無い。

 目の前に壁があるなら、自信を持って進めばいい。

 向かい風が吹く日も、あなたはずっと歩いてきたじゃない。

 だから今度だって大丈夫。

 それにあなたは一人じゃないんだよ。

 あなたの傍で支えている誰かがいるってことを忘れちゃダメ。

 人間は一人じゃ生きてはいけないのだから。

 さあ、勇気を出して踏み出してみて。

 そこにはきっと今まで見たことのない、素晴らしい世界があなたを待っているから。


 ぷつっと画面が変わって、いつものバラエティ番組の画面が表示される。

 今のは一体……? バラエティのコーナーだったのだろうか?


 徳田さんは時計に目をやる。針は午後七時を指している。

 よかった。彼女の働いている喫茶店の営業終了時刻だ。上手くすれば、仕事を終えた彼女に会えるかもしれない。

 ラジカセの曲目が変わった。情熱的なロックソングが六畳間に響き渡る。


 家に帰ってからの奇妙な偶然の連鎖はひょっとしたら、自分へ向けた誰かのメッセージなのかもしれない。

 いいだろう。やってやる。俺にだって……ひとかけらの勇気は残っているんだ!

 徳田さんはスマートフォンを片手に駆け出した。そして勢いままにドアを開け放ち、愛しの彼女が働く喫茶店へと走り出した。



「……行ったわね」

「どうやら作戦成功のようでありマス」

「これでご主人様の機嫌も良くなるってもんだ。よかったよかった」

「俺っち大活躍? 大活躍だっただろ~!」

「はい。ムード盛り上げ、さすがでしたラジカセさん」

「いや~嬉しいね~。俺っち泣いちゃいそ~!」

 幸せムードに包まれる徳田家の家電たち。そんな中、静かな声でテレビがつぶやいた。

「ねぇ……あなた達浮かれているみたいだけど……」

「なんだよ、なんか文句あんのかテレビ!」

「もしも、ご主人様の告白が失敗したらどうなるのかしら?」

「「「「あ~!!!」」」」



 徳田さんの告白が成功したのか、はたまた失敗に終わったのか。

 それはそれとして別の話。

 ただ一つ確かなこと。

 徳田さんを見守っている優しい奴らがいたってコト。彼らに背中を押されて、徳田さんは今日、貴重な一歩を踏み出すことが出来たのです。



 あなたに悩みはありますか? もしあるのなら……あなたの身の回りの家電たちも、夜な夜な家電サミットを開いているのかもしれませんよ? あなたの幸せを願って。

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