第24話
そう、うまくいくかいかないか。今それを考えても仕方ない。
私が思いつけるのは最初に考えていたことを実現したいということだけだ。太白を呼び出した際、私が最初にしようと思っていたことは何だったのか。そうだ。「猫又」を呼び出すことだ。
太白に頼りきりではいけない。寧ろ今、太白が私を頼ってくれている。私が一番尊敬している人、いや猫か、が私を信じてくれている。こんなにも嬉しいことがあるだろうか。
期待に応えたい。私は猫から降り、身体についた血を使ってコンクリートに殴り書きした。「猫又」と。時間もなく感情をこめているわけでもない。ただ、必死に。必死に即座に書いた。
ただ、書くだけじゃ多分だめだ。チョークで書いたときは何も反応しなかった。血で書いているにしても私の今の実力じゃ呼び出すことは出来ない。
思いを言葉に乗せよう。それが私の力になる。「太白」を守るため、「太白」の力になるため。そして、私自身を守るため、私を囲う周りのみんなを守るため。
「来給え、来給え。御身、この世ならざる物の怪なれども、我が身守護する為顕現せよ。その名、猫又の名を持つ異形の物の怪よ。我が血を贄とし、ここに存在を示せ」
赤い文字が怪しく光る。そして、赤い煙をゆらゆらと立ちめかせ、私の前に赤い雲を作る。雲の中から黒い影がうっすらと見えて、そして中から長い二本の尾が私の方に向けられた。
白い毛並みに赤い縞模様が混じる。グレーの眼は高貴さを思わせて、極め付けは長い二本のしっぽに太白よりも太く大きな躯。トラのようで、ライオンのようでそのどちらでもない存在。
これが「猫又」なのだろうか。確かにすごい存在なのは今までに呼び出したどの猫よりも恐ろしい姿をしていることからも想像できる。けれど、なんだか、私の想像した通りの姿で大した感動がない。
「晴、猫又とはこの世ならざる者。従って晴の想像した通りになるのは理に適っている」
無感動でいる私に太白が言葉を付けた。なるほど、確かにこの世に存在しない者なら、私が考えた通りになるのはある意味当然のことかもしれない。
無感動でいる私に対して、闇の中にいる御堂司はそうではなかったらしい。
「なんだ、その力は。この世ならざる者だと。歴代、歴戦の陰陽師の中でも崇高と謳われる者でなければ呼び出すことができない者を、こんな小娘が呼び出した、だと」
私が「猫又」を呼び出せたことが納得いかないらしい。しかし、彼が動揺している今がチャンスなのではないか。私はそう思い、太白に強い視線を向けた。
太白も同じように強い視線で私を見ていた。
今しかない。私は「猫又」を闇の中に飛び込ませた。雄々しく、荒々しく飛び込む様はどんなトラよりもライオンよりも激しく、そして唸るような鳴き声はコンクリートの壁を揺らすほどだった。
太白のように黒い手を白く染めるような不思議な力は使わず、ただ力を示すかの如く引きちぎり、引き裂いた。すぐさま結界の殻になる部分に咬みつき、そして大きな音が鳴る。ガラスが割れるような大きな音だった。
「ああ、あああああ、ああああああ」
猫又が中身の肉体に届いたらしかった。闇の中から苦悶の表情を浮かべている御堂司の姿が露わになった。
「貴様程度に、貴様程度に私が負けるはず等ない、負けていいわけがない!」
黒い手が私めがけて降りかかる。私は跳ぶようにしてそれを何とか躱したけれど、体勢を崩し転がった。黒い手から視界から外した私は即座に起き上がり周囲を確認する。既に次の手がこちらに向かってきていた。
無理だ。
避けられない。
そう思っていた私は、何かにぶつかり突き飛ばされた。何が起こったのか自分でもよくわからなかった。けど、ただ一つわかったことは黒い手は私に突き刺さることはなかったということだ。
私は黒い手が突き刺さる方を見た。そこにいたのは太白だった。
「太白!」
太白が私を守ってくれた。そして、太白はその黒い手を完全に浄化している。けれど、その躯には黒い手が突き刺さっていた。
「問題ない。晴、止めを刺せ」
その言葉は私に動きを与えた。
「その名、猫又の名を持つ異形の者よ。我、怨敵うち滅ぼさんと欲す。さもあるならば、異形の身である汝に力を与えん」
頭で理解していなくても私の身体が何をすればいいか教えてくれるような感覚だった。知らないうちに何をしていいか正解が見えるような気がする。とても不思議な感覚だった。
私が与えた言葉に呼応するように「猫又」の力は増大し、その鋭い爪で闇を切り裂いていく。そして、闇は切り刻まれ、御堂司の姿だけがそこに残る。
御堂司は現状を理解できないでいるのか、「あり得ない、あり得るはずがない」とブツブツとつぶやいて、膝をついていた。話しかけられる状況でもなく、別段話したいと思っていたわけでもなかったから、とりあえずスルーすることにした。
「太白、大丈夫?」
私は振り返り、傷を負った太白に目をやった。急所は外れているようで深い傷を負っている様子もなく、私の視線に気づいてこちらの方にやってきた。
「晴、我は大丈夫だ。それよりその男を捕らえろ。何をしでかすかわからん」
「いや、それは俺がやる」
光ちゃんに肩を借りながら、御堂修吾がこちらにやってきた。二人とも無事でいたことが何よりだった。でも正直なところ、御堂修吾はもう少し痛い目をみてもよかったんじゃないかと思う。
「おい、くそ女。てめえが人のこと馬鹿にしたような態度とってるとすぐに顔にでんだよ。てめえなあ、俺のくそジジイ倒したからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
御堂修吾にはどうやら人の心を読む力があるみたいだ。
彼は何か唱えたかと思うと、指先から白い光の糸を作り出した。それは見る見るうちに長くなり、そして御堂司の方へと向かい、輪っかになって彼を縛り付けた。
「晴、色々話たいことがあるの。でも先にこれだけは言わせて。ごめんなさい」
光ちゃんは御堂修吾を支えながら私をまっすぐとみて、謝った。光ちゃんが何に対して謝っているのか、私は何となくだけどわかったような気がした。その眼には涙が溜まっていた。
「大丈夫。光ちゃんも無事だし、私も何ともない。何も問題ないよ」
こういうときに誰かを励ますのって苦手なんだけど、私は精一杯の笑顔を光ちゃんに向けた。彼女から零れる涙が気持ちを楽にさせることができた証拠だとしたら、私にとっては嬉しいことだな。
私が嬉しそうにしていると、太白も何故だか笑っているように見えた。いつものしかめっ面からは想像もできないほど。猫が笑顔でいるだなんてあまりにも信じられない話かもしれないけれど、私には太白が笑って見えた。
そして、私に何か語りかけたような気がしたんだけれど「え、何、太白。聞こえないよ」って聞き返しても「いや、問題ない」とはぐらかされた。
確かに何か言ったような気がしたんだけれど、でも、いつかまた聞けばいいやと思ってその時は深く追及したりしなかった。
私の平穏はこれでようやく訪れる。
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