第23話

 術比べ。


 それは自分の叡智を誇示するために。

 それは自分の研鑽を称える為に。


 私はそんなことの為に術を使うなんて嫌いだった。人に自慢できる陰陽師っていうのは術比べが強い陰陽師のことを言うんじゃないと思う。人に恥じない生き方をしている陰陽師を自慢できる陰陽師って言うんだと思う。


 私利私欲のために人を陥れるなんてこと、あっちゃいけない。だから、私は太白と共に戦う。


 太白は動き出した。御堂司の狙いが太白だって知ってるからだ。私から離れ、すぐさま闇の中に飛び込む。複数の黒い触手のようなものが太白を包み込み、そして飲み込む。けど、太白がそれでやられてしまわないと信じていた。闇の中で淡く光る太白の毛並みは、太白の存在を見せつけているようだった。


 包み込まれた太白を中心にして徐々に、そう徐々に闇は消え白く染まっていく。闇を照らす一陣の光のような光景だった。

 私はすぐさま二頭の猫をお呼び出しし、白くなった部分に咬みつかせた。氷のように固まったそれは即座に砕かれ、中から太白が出てきた。


「賢しきことを。だが、これならばどうでしょう」


 私は直感した。太白と比べたらとても細くて頼りにならない脚だけど、それでもこの脚を動かさずにはいられなかった。

 御堂司の黒い手は私めがけて伸びてきた。天より降り注ぐ黒い稲妻のように次々にコンクリートの地面を突き刺していく。私は駆け回ってそれを何とか避ける。お呼び出ししたうちの一頭の猫を自分の方に呼んで、そして私と並走させた。


 うまくできるかな。


 並走する猫の背に手を乗せ、そして一息で飛び乗る。私が乗れるほどの大きさの猫を扱えるようになるだなんて、なんて進歩だろう。少しだけ感動の余韻に浸りそうになったけれど、次々に襲い掛かる黒い雨が私を現実に立ち返らせる。


 太白はどこだろう。


 私が逃げることに夢中になっていて太白の姿を見失った。でも、多分太白は私を助けに来ることなどなかっただろう。

 案の定、太白は御堂司がいると思しき黒い人影に向かって突き進み、丸太のように太い四肢で彼につかみかかっていた。太白は私が自力で危機から逃れることができると信じていた。だからこその行動だ。


 私も太白信じてるよ。災厄と呼ばれた霊獣だとしても、人を殺してしまったことのある霊獣だとしても。


 それでも、私は太白を信じてる。


 言葉から感じられる温かみはそれを裏付ける証拠に等しい。


 私は猫に乗りながら黒い手の追撃をジグザグに躱し、徐々に御堂司との距離を詰める。太白ともう一頭の猫は、闇を退け、剥き出しにさらけ出されそうな御堂司に食い掛からんとしている。

 だが、 彼を覆う結界がそれを阻んでいた。今一歩と言うところで太白ももう一頭の猫も黒い手の追撃を受け、距離を置き、そして同じようにまたつかみかかる。


 このままでは埒があかない。それに、こんなことを続けていては私たちが疲れてしまうだけだ。私も御堂司の目の前にまでたどり着き、そして再び対峙する。


「御息女。このままではあなたがなぶり殺しに遭うだけですよ。私としても太白を極力完全な状態で保存させたいのでね。素直に負けを認めたらどうです」


 話がついていないのに、勝負がついていないのに既に勝利を信じ切り、人の話も聞かずに提案を始めるところは親子そっくりだと思った。


「おい、女。てっめえ、今余計なこと考えただろ」


 即座に御堂修吾からの声による追撃に遭う。彼は実は私のことよく知ってる人間じゃないだろうか。それにしても、もう動けないはずなのに彼もよく舌が回るなあと感心する。


 彼に言葉に対し「そんなことないよ」と言ってあげたいところだけれど、集中を切らして目の前の黒く暗い闇に手を出されては適わない。


「晴よ。わかっているとは思うが、我だけではこの畜生にも劣る腐敗物を滅することは出来ん」


 太白の中では彼の存在はすっかり卑下すべき対象として映ってるんだなあと思った。


「わかってるよ。でも、具体的に何すればいいのかな」


「奴の結界をこじ開けなければならん。だが、我が牙、我が爪だけではあの殻を破ることは不可能。晴の刃が必要だ」


「私の、刃?」


 口にしてみたけれど、やはりわからない。何か鋭利なものが私の近くにあったかな。


「そう難く考えるな。晴の刃とは今まさに連れている者のことだ」


 連れているのは猫くらいのものだけど。としたら、猫か。

 猫の刃。猫の刃。そんなものはありはしないけれど、太白が言ってるんだから存在するってことだよね。刃っていうより、あの結界を破るだけの力があればいいってことだから、それくらい強い猫をもう一頭お呼び出しすればいいってことだよね。


 でも、そんな猫、太白以外に存在するとも思えないんだけどなあ。


 けれど、その言葉は私に閃きを与えた。


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