【3】小説変換してみたら……!



さて、書き上げたらいよいよ小説への変換を行います。これは地道な作業ですが、シナリオの段階で十分魅力的ならば、わくわくする作業になりえるでしょう。



▶まず各場面の「視点」を決めよう


小説執筆に先立ち、シナリオに存在しない作業として「視点(人物)」を決めましょう。映像作品およびマンガは「自由視点」であり、モノローグを多用すれば、いつでも好きなときにすべての人物視点および神視点を切り替えられ、出来事を描けます。つまり誰が何時、何を想ったかについて自在な描写が許される……しかし小説においては「自由視点=視点の混乱」とみなされ、御法度とされます。最低限、シーン毎に視点は統一すべきというのが、小説講座本では基本とされている。もちろん実験的な小説を志すのであれば、その限りではありません。



▶説明を描写におきかえる


シナリオ段階での台詞は、ほとんどそのまま小説に置くことが可能です。一方、シナリオのト書き部分で「香坂は有華を目で追っている」とあれば、これをこのまま地の文に変換してはいけません。まだ「説明」に過ぎないからです。というわけで、作業のメインは説明→描写の変換となります。


説明と描写はほとんど同じものに思えますが、例を示しておきます。たとえば主人公・香坂のための「職場の新人歓迎会」が居酒屋で開かれ、目の前にヒロイン・有華が座ったとします。



* * * 例A * * *



【説明】

香坂は有華を目で追っている。


【描写】

 誰もがめいめいに飲んだくれていた。ところが有華だけは、料理や酒を絶やさないように店員を呼び止めるべく立ったり座ったりを繰り返している。その気遣いから香坂は目が離せないでいた。



* * *



たとえば、こんな感じです。簡単にいえば「状況を端的に示す説明」を、「視点人物から捉えた景色(に心理描写=感想を交える)」に置き換えるということです。


例をご覧になればわかるように、説明すべき対象が動いていたり、あるいは視覚的な特徴がはっきり出ていれば、描写は活き活きとします。逆に、登場人物の所作がすべて似通った喫茶店や居酒屋は描写が死んでしまいがちなので、説明→描写置き換えのキモは、やはり場面設計と小道具の設計で決まってくる。シナリオ段階でいかに工夫するかが勝負となってきます。


また、あらかじめシナリオにモノローグが「心の声」として書かれていれば、それを地の文へ落とし込むことで、ワンパターンに陥りがちな説明が「(視点人物の)人生を疑似体験している」ような感覚の文章=小説へと生まれ変わります。


そこで、添付した .pdf の内容である「ネッ禁法時代」の新人歓迎会の「説明→描写おきかえ」の結果を簡単に例示しておきます(例B)。居酒屋をアパートに置き換えたことで、ずいぶんと小説らしくなっているはずです。



* * * 例B * * *



【説明+台詞】

○公務員宿舎・夜

古いマンションの五階。岩戸紗英、という看板。窓に夏の夜風、揺れる風鈴。


香坂(心の声)「その夜、僕は歓迎会という名目で、特命課課長・岩戸紗英のご自宅へ招かれた。といっても公務員宿舎の一角で、僕の部屋から目と鼻の先。間取りも同じ」


包丁のとととと……という音。中華鍋を豪快に振りつつ、四つのコンロを巧みに操る有華。料理がテーブルにどんどん並ぶ。


香坂(心の声)「雑用の女王は当然ながら、家事全般に強かった。台所の動きは俊敏で、正確性とスピードが高くバランスされている。パスタを茹でるにしろ、調味料を投じるにしろ、のんびり軽量などしない。感性の化身。しかも同時進行で洗い物をどんどん片付けていく。手伝うからと申し出ても、邪魔だからと断られる」


岩戸「ごめぇん。遅くなっちゃった。わ! めちゃくちゃ良い匂いっ!」



【描写】

 その夜、招かれた先はおもいがけず大物官僚のご自宅だった。特命課課長兼、電網庁管理局局次長。インターネット接続法の仕掛け人、ネット新法の立役者。次官クラスを差し置いて国会答弁を担う時の人。

 岩戸紗英のご尊宅である。

 といっても香坂の家から目と鼻の先――大物といえど彼女は公務員宿舎の住民であった。名札には「岩戸紗英」とだけあって、おそらく一人暮らし。当人は留守で、鍵は有華が預かっていた。

 どうやら台所も有華の守備範囲。冷蔵庫の空き具合さえ、頭に入っているようだった。

 紫色の風鈴が揺れる間隙を突いて、包丁がまな板を小突く。中華鍋ががしゃがしゃと騒ぎ、蒸し鍋とすれ違いつつ、四つあるコンロの上を暴れ回る。

 香坂はソファに腰掛けたまま、料理がテーブルを埋めていく様を驚きの目で見守った。雑用の女王は当然ながら、家事全般に強かった。台所での動きは俊敏で、正確性とスピードが高くバランスされている。パスタを茹でるにしろ、調味料を投じるにしろ、のんびり計量などしない。感性の化身。しかも同時進行で洗い物をどんどん片付けていく。手伝うからと申し出ても、狭くて邪魔だからと断られる。

 そのうち一人、また一人と客人が顔を揃えていった。

「ごめぇん。遅くなっちゃった。わ! めちゃくちゃ良い匂いっ」



* * *


というわけで 


①場面設計が描写を活き活きさせる 

②モノローグ=心理描写を地の文に落とし込むことで、読んだ印象に変化がつく。


の二点が、例AとBの違いからおわかりいただけたかと思います。


あえて説明は省きましたが、この説明→描写おきかえで最も重要なポイントが「語り部の選択(視点の設計)」です。描写の深さ・内容・言葉使いを決めるのは視点人物が何者かに強く依存する。例A・Bは香坂君が視点人物の「三人称一元視点」で描かれています。繰り返しになりますが、視点設計の手順については、このドキュメントで語るにはやや荷が重いため、割愛させていただきます。


※「シナリオ例の .pdf の内容をまるごと小説として読んでみたい」という方は、拙作「ネッ禁法時代」の第1話(四)をお読みください。


https://kakuyomu.jp/works/4852201425154872036/episodes/4852201425154991742




▶シナリオの台詞を小説の台詞に置き換える


岩戸「ごめぇん。遅くなっちゃった。わ! めちゃくちゃ良い匂いっ」

垂水「先、やってるよー」

ナナ「岩戸さぁん、こっちこっち」


シナリオでは人物名+台詞がセットで表現されるため、誰が何を言ったか、読者が迷子になることはありません。しかし小説では(特に大勢が登場する場面では)的確に人物を描写しつつ書き下す必要があります。


 * * * 例C * * *


「ごめぇん。遅くなっちゃった。わ! めちゃくちゃ良い匂いっ」岩戸が言った。

 垂水が最初に答える。「先、やってるよー」

「岩戸さぁん、こっちこっち」

 ナナが岩戸の到着にはしゃいだ。


 * * * 


「」の直前・直後に当該人物の描写を置けば、一応、人物と台詞の対応はついたことになります。しかし「言った」「答えた」ばかりでは芸がないし、人物名が増えてくると、ちんぷんかんぷんに感じられてしまう。


たとえば、こんな風に人物描写を交え、名前は思い切って省くというスタイルもあります。



 * * * 例D * * *



「ごめぇん。遅くなっちゃった。わ! めちゃくちゃ良い匂いっ」

 家主の岩戸が到着した頃、すでに七人がテーブルを囲んでいた。

「先、やってるよー」垂水局次長は香坂の隣ですでにビールをあおっている。お酌するのは長髪の眼鏡アラフォーとショートボブの肉感的なアラサー。

「岩戸さぁん、こっちこっち!」


 * * *



ちょっと活き活きしてきましたね。「遅くなっちゃった」という発言に「到着した頃」という地の文を組み合わせることで、「」の中身が岩戸なる人物の台詞だということを理解させる、といった技法を使ってみました。


また、くれぐれも「全ての登場人物に名前を振らなくてよい」という点に留意してください。人物名が増えれば増えるほど、読者としては「こいつも覚えておかなくちゃいけないのか」と負担増に感じられる。時には誰が誰だか説明をつけず、「捜査員の一人が言った」「女達が騒ぎ立てる」などで済ませるという技を使いこなすことで、より主要な人物を浮き上がらせることが可能になります。


また、人物描写なしでも「言葉使い(特徴的な語尾など)だけで誰の発言かわからせる」といった技法もよく使われます。いろいろ試してみてください。





▶台詞を地の文に置き換えるのもアリ


すべての台詞を小説に移植するのではなく、一部を地の文にまわすといった工夫もまた、小説に「らしさ」をプラスしてくれます。



* * * 例E * * *



【シナリオにおける台詞&ト書き】


○東京駅・高速バス乗り場(早朝)


 香坂、お土産の袋を沢山抱え、

 スーツケースをひきずる。電話で会話中。


香坂「え、事故!? どんな……? うっわー。ヤバイなそれ。何? 平気平気。あのなお母さん、バスが事故ったいうても、あらゆるバスがひっくり返るわけとちゃうやろ。高校生がたくさん死んだ? ……母上、僕は大学まで出て、今年から立派な社会人です。ええ、生きておりますとも」


 香坂、駅の構内でテレビを見かける。『修学旅行バス事故で五十六人死亡』


香坂「僕かて、知らないニュースぐらいありますよ。このケータイ使ってネットは、立場上まずいから、買い換えなあかんねん……うん。今日中に買い換えるつもり」



【小説における「台詞&地の文」組み合わせ例】


 この日は歴代最長記録を更新する勢いがあった。通話開始時刻は、香坂が高速バスを降りた朝六時十五分。

「事故? ……あのな、お母さん。どっかで夜行バスが事故ったからいうて、夜中の三時に電話してもそら出ぇへんよ。寝てるって。死んでへんわ。アホな。修学旅行のバス? 高校生? ……母上、僕は大学まで出た立派な社会人ですよ。イエス、立派に生きておりますとも」

 母親は夜通し起きていたらしく、電話口であれやこれやとバス事故の事情を並べたて、息子の感度の悪さを非難する。

 香坂はやむなく応戦した。「無理いわんといて。僕かて知らんニュースぐらいあるよ」

 ついでに手持ちの携帯電話では、通話は許されるがネット接続が許されないという事情を話した。ネット新法。都条例。機種変更の義務。世間は悪法と批難するけれど自分は監督する立場に着く。だから衿を正す必要がある。人前でニュースサイトを閲覧するのは憚られる、云々。

「……そう。ケータイ今日中に買い換えるつもり」

 スーツケースを転がしつつJR新宿駅前を歩くうちに、報道番組を映し出す大きなディスプレイが香坂の目に留まった。



* * *



ちょっと微妙ですが、どこが「台詞→地の文に変えられたか」が、おわかりいただけたでしょうか?




▶ちょうど倍になった不思議


さて、ここからは作家によって事情が異なってくると思われますが、シナリオから小説に置き換える作業を行った際、おおむね枚数は増えるはずです。私の場合は「ネッ禁法時代」を書き上げてみた経験から、ほぼ2倍に膨らむことがわかりました。


この計算式を自分なりに体得しておけば、小説公募に投じるアイデアをどれにすべきか、シナリオ段階で自作を比較することが可能になります。シナリオで200枚と250枚の二作品を温めているなら、500枚を上限とする公募に投じることがイメージしやすくなる。書き上げることも大事ですが、シナリオで幾つか良案を温め続け、必要なアイデアは付け足していくといった作戦をとることも可能でしょう。


繰り返しになりますが、計算式を確実にするためにはシナリオにおける四百字詰め原稿用紙のフォーマット、および記述ルールを厳格に守る必要があります。世間に通用するものですから、身につけて損はないでしょう。詳しくは「新井一・シナリオの基礎技術」などを参考にしてください。この本はプロのシナリオライターなら全員が全員持っていると言い切れるぐらいの定番商品、バイブルです。

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