【2】シナリオは(慣れれば)速く書ける


私の勝算とは「シナリオって速く書けるよね」という一点です。もしかしたら、プロットをいじって悩む不毛な時間を捻出するより、シナリオを完成させる方が手っ取り早いという事は充分あり得る。


▶シナリオの執筆ペースは「映画一本分/3日」


劇場用映画のシナリオはだいたい原稿用紙100枚前後です。シナリオスクールで学ばれた方ならご存知だとは思いますが、シナリオの書式を守ると原稿用紙1枚=1分のドラマになる。商業映画は一〇〇分前後が興行の目安となりますので、原稿用紙百枚という上限を意識しつつシナリオを削り、あるいは修正します。印刷される台本も1頁にかならず原稿用紙1枚分、百ページになるのが普通です。


そして、手慣れた脚本家なら100枚程度のシナリオを3日で書き上げてしまう。小説で100枚だと一日10枚ペースを守っても(最短で)10日かかると考えるのが普通でしょう。しかし、シナリオはそこまで詳細に描写を書き込まないため、スピーディに仕上げることが可能です。赤い彗星じゃないけど、少なくとも三倍は速い。(注:もちろん推敲に時間をかければかけただけ中身はよくなります)


ここで大事なポイントは、映画一本に仕上がるような原作小説を設計する、というイメージを持つことです。小説を書く態度としてはいささか不謹慎かもしれませんが、アニメや映画で育った世代にとってはワクワクできる目標だろうし、アマチュア作家がチャレンジすべき尺としても、映画一本分は原稿用紙千枚分以下の小説が下地になりますので、リアリティが感じられるに違いありません。(注:もちろんターゲットは映画の原作に限らず、大河ドラマでも、三〇分のアニメ作品でもOK。アニメ13本=1クールを狙うなら、20枚前後x13=700~800枚分のシナリオを考える計算になります)



▶シナリオを書いてみよう


さて、ここからは映像向けシナリオを実際に書いてみることにしましょう。大事なのは書式の約束事(フォーマット)と内容についての約束事(ルール)です。これを守らないと、小説変換時の膨張率がブレてしまいます。


<図1>「ネッ禁法時代」シナリオバージョンのサンプル(シナリオ形式で原稿用紙5枚分=実際に小説に書き起こすと原稿用紙にして約10枚分/字下げなどの体裁に意味があるので、.pdfをダウンロードする形にしました)


URL >> http://tawamure.jp/doc/shh_sample.pdf



以下、かならず20字×20行の原稿用紙(形式)で記述してください。


フォーマット1)「〇」に続いて柱(場面につける見出し)を書く。(ex. 〇**高校・講堂(朝))

フォーマット2)台詞と話者は対応づけて書く。(ex. 健一「どうしたんだよ」幸子「…なんでもない」)また、縦二〇字に収まらず改行する際は一字下げして続ける。話者が代われば字下げはリセット。

フォーマット3)ト書きは三字下げで

フォーマット4)回想などのごく短いインサート(カットバック)は、柱を変えず「***」で挟む。


ルール1)男性は苗字で、女性は名前で表記が基本(苗字で呼ばれる女性は、苗字でも可)

ルール2)場面描写は、状況が想像できる最低限にとどめる(ポエム禁止)

ルール3)心理描写はト書きにせず、〇〇(心の声)「」のようにモノローグ(ナレーション)として記述する。

ルール4)小道具およびその動きはもらさず書き込む

ルール5)柱には天候や時間帯を明記(昼/夜/夕方、雨/雪など)


おそらく五枚も書けば「ああ、こういうことか」とわかるようになります。とにかく書いてみることです。凄腕シナリオライターとまではいかなくとも、フォーマットとルールに沿って記述するだけなら1日もあれば(まったくの素人にそれは無理ですが、小説を書こうという人ならば)できるようになると思います。


たいていの人はシナリオを書き始めると、まるで小説のようにト書きを凝って書こうとします。それでは意味がありません。例文の .pdf をよく見ていただき、あっさりと済ませる訓練をしてください。重ねていいますがポエムは禁止。



▶速く書ける=捨ててもかまわない


さて、シナリオが書き上がったらいきなり小説にせず、シナリオのまま検討すべきことに取り組みましょう。むしろせっかく速く書けたのだから、全文捨てる前提で取り組む態度も必要かと思います。映像作品においても、バッサリやることで見違えるほどよくなるケースは多々あります。


吾奏は数分程度の短いコントを書かなければいけない時、例えばまず6本書いて、プロデューサーに好きな3本を選んでもらうといった作業をします。五割バッターならプロとしては立派。そして残り3本は気分よく捨てる。その覚悟こそ良作への近道だと思うのです。



▶シナリオの段階で調整すべきこと


完成したシナリオを熟読すると、四種類の「悪い点」が明かになるはずです。シナリオのまま、しばらく作品を調整します(現実の映画制作において、プロデューサーと監督・脚本家が行っている作業を下地にしています)。


①同じ立地を舞台にした会話が多い


映像作品で飽きさせないためには、たとえば学校であっても同じ教室ばかりを描いてはいけませんし、一つの教室でも朝昼夜や天候といったエッセンスを加えることで違って見せる必要があります。また、人物をなるべく移動させることも大事。こういった「視覚的変化の注入」は映像演出の初歩の初歩ですが、映像ではなく小説であったとしても「舞台装置が心理描写を代弁する」という点に留意することで、作品に深みが与えられる筈です。舞台の定義は④にも通じる大事な要素です。


たとえばシナリオのサンプルにあるような「宴会」の場面を考えます。通常、都会のビジネスパーソンが新入社員の歓迎会を開くとなれば、そこらの居酒屋を予約するだろうと相場が決まっている。しかし、全員が席に座ってしまうと動きが止まる。全員が同じ立場になるため、キャラの差異が(動きで)描き出せない。だからあえて公務員宿舎(アパート)にして、しかも出前をとらず、ヒロイン・有華が料理をすべて準備するという場面設計を行う。するとそのおかげで、主人公・香坂君は自分の歓迎会でいろんなメンバーと会話をかわしつつ、「忙しそうに立ち回る有華を目で追う」といった動きが加わる。説明的な行動をさせつつ、彼のほのかな恋心が描写できる……というわけです。



②会話が凡庸


地の文の描写に自信がある作家にとって、シナリオは「自作がつまらなく感じられる」はずで、それはある意味、特効薬かもしれません。会話のヒドさに集中して、改善できるところは手を尽くしましょう。たとえばキャラのボケとツッコミの立場を変えてみるとか、あるいは賢い探偵とバカな助手の設定を入れ替える。そういったトライ&エラーをするうちに、会話のブラッシュアップができる筈です。これを地の文を書き込んだ状態からやろうとすると、大幅な書き換えが必要になる。シナリオ段階だからこそ、イージーに試せます。


③登場人物の役割りがカブっている


映像作品では、違うキャラクターでありながら役割りが似通っている人物をなるべく削り、少ない人数で映画を回すことを考えます。たとえばヒロインと主人公の母親がどちらも聖母的な発言をするキャラだった場合、どちらかがいらないと判断するわけです。小説においてもキャラを削るとテンポアップがのぞめる筈。


特にエンタメ系小説家はおおむね設定に忠実な描写を好む。たとえば二カ国が戦争をするという設定で、敵味方の双方に傾向の似通った軍師キャラが登場するとしましょう。それぞれに説明が必要で枚数は必要な癖に、しかし印象的な台詞が二手に分かれてしまい、それぞれのキャラクターが弱まるばかり。思い切って片方を削るか、まったく違う傾向の人物に仕立てるべきです。衣裳の傾向などを変えるという工夫もあり得るでしょう。



④説明を台詞に頼りすぎ


地の文を書き込めないということは、説明的な描写はできないということ。映像作品においては「説明は悪」とされ、徹底的に説明的描写を削りますので、当然といえば当然です。設定に手の込んだファンタジー作品などは、シナリオになった途端、意味がわからなくなる可能性もあります。


じゃあ説明は台詞で行うべきか? 半分はイエスですが、半分はノーです。視聴者にシナリオでさまざまな事情(設定や背景)を納得させるには、小道具(マクガフィン)を活かすのが最善の手。たとえば


A:銀行強盗に遭遇し、床に伏せさせられた女が怯えている。近くで同じく伏せていた男が、こっそり耳打ちしてきた。「俺は刑事だ」


B:スパイの男が携帯電話を見た途端、動揺する。

「まさか……俺を裏切り者だと……?」


いずれも典型的な説明台詞ですね。映像作品においては、おいおいこのAとBはどうしようもねーな、ということになるはず。さて、具体的にはいろいろとアイデアがあり得ます。


Aの改善例:銀行強盗にあったとき、床に伏せていた客の男が、怯えている女に背広を広げて見せると、男の脇に拳銃があった=男が刑事であるという事情を示唆


Bの改善例:スパイの男が携帯電話を見た後、路地裏に出て、携帯をバラバラに壊し、ゴミ箱に捨てる=自分の古巣である当局に居場所を探知されることを嫌った、という事情を示唆


……などの「説明を肩代わりする行動」「説明を肩代わりする小道具」をたくさん使い、状況を視覚的に理解させるのです。こういった道具の使い方はシャレードと呼ばれ、多くのシナリオライターがシャレードの技に凌ぎを削ります。「説明っぽい説明を避けたい」という意識を強く持ち、だからこそ映画の風情が高まるのです。これは小説家としても積極的に取り組むべき作業だと思います。

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