星屑が落ちてきた場所

ー十年前ー



木の枠がはめられた、すりガラスのドアを開けると、からんからんとベルが鳴る。

ドアをくぐるとふんわりと甘い香りが漂う店内は、木材で作られたテーブルと椅子に窓辺には大きな観葉植物が置かれている。

落ち着いた店内の雰囲気に合わせて、レトロな見た目に作られた魔法機械の蓄音器もカウンターの隅に。テーブルは二人掛けが三つと四人掛けが二つ、後はカウンターに一人用の

席が幾つかある。

使い込まれた木製のカウンターに目線をやると、すらりと背の高い男がエプロンをして立っていた。ここのマスターだ。


「こんにちは、マスター」


彼、この店の店主は20代後半といったところ。この頃から常連だったアルフリード少年は、いつもの席に座り込む。


「おう、今日は早いなアルフリード」

「まあな!……ん?」

「………」


あれ、と違和感を感じてカウンターから奥を覗くと、まんまるな藤色の目でじーっと、10も満たない子供が俺を見つめていた。マスターの黒いエプロンの裾を、しっかりと握っているその子供は、それからすぐにそっぽを向いた。

少年は思った。この様子、それからマスターの年齢的にもまちがいない。


「そいつ、隠し子?」


違うよ、と朗らかに否定しながら、子供の頭を優しく撫でたマスター。

何だ、違うのかよ。と思ったが、何故だろうか子持ちでも違和感がないのは、彼の落ち着いた空気のせいなのか。


「この子…」


数日前にこの辺の路地で倒れていたんだよ。どうやら、他の国から連れ去られてきたみたいでね。と店主が話した。


本人に聞いてみても、記憶が曖昧になっているようで、ほっとけなくなった彼が、子供を保護したようだ。

一応、警察にも話してあるので、拐った犯人を探してもらっているみたいだ。


「…それは、大変ですね」


マスター特製のダージリンティーとアップルパイを頬張っていると、子供はちらっとこっちを見ている。


「腹へったのか?」

「…それ、おいしいの?」


興味あるような表情をするので、マスターは俺に出した時と同じように子供の前に出した。


「君の分だよ、ベル」


ほかほかと湯気を立てる食べ物を前に、少し躊躇いがあるらしい。黙ったまま、手を出すか迷っているようだった。


「……まだ、警戒心が解けなくて」

「きっと、連れ去られた時に怖い思いしたんですよ」


子供のそんな行動を見ているマスターは不意にくすりと笑っていた。


「まるで、ここに来たばかりの君を思い出すよ」


そうかな?俺はこんなにおっかなびっくりしてない…はずだ。

…あれから五年、経ったのか


「…お母さんとお姉さんは元気かい?」

「母さんは、笑ってくれるようになった。姉さんも元気にやってるみたいだ」


俺…アルフリードは、十歳の頃他国から此方にやって来た。飛行艇がトラブルを起こして、この街に不時着したのだ。

家族旅行の最中の事故だった。俺の故郷は、ここからだととても遠く、帰るためにはお金がいるので、暫くこの街に留まっていた。

父親は亡くなり、残された母親を支えるために、俺と姉は傭兵業をしながら生計を立てているのだ。


「あーあ、いつになったら帰れるんだかな」

「…それは困るな」

「困るのか?」

「ああ。せっかくの上客が減ってしまうだろう?」


冗談半分でそう言い合っていると、他にお客が入って来た。そろそろお店を出よう、とマスターにお金を出して、声をかける。


「マスター、ごちそうさま。お代置いておくよ」

「ああ、ありがとう」

「……」


あんなに小さくて大人しい少女だったのに、今…ベルメリーは、一人前に店主として働いているのだから、未来っていうのは分からない。


******


「アルフ、あの女店主さん綺麗だね」

「だろ?悪いがやらないからな」


まさか誰も下さいなんて言ってないよ。そう話す少年は、アルフリードの仕事の仲間である。新しく始めた仕事のお手伝いをしてくれることになっていた彼は、学者の端くれで考古学を専攻している。

カウンターで珈琲を注文しながら、何となく女店主と初めて会った時を思い出して、思わず笑いそうになってしまった。


「まさかあんたが、お友だちを連れてくるなんてね」

「連れてきたら悪いか?」


運ばれてきた珈琲を見ながらアルフリードは、隣でエスプレッソを啜る友人を見た。

どうやら、喜んでいるようだった。


「店主さん、おいしいです」

「あら、ありがとう」


今日は彼らの他にも、数人の常連客が来ていた。

なんだ、今日は繁盛してるじゃないか。せっかくこいつを紹介してやろうかと思っていたのに、こちらとしては少々肩すかしである。


「なんだ、坊が友だち連れてくるなんて、珍しいな」

「誰が坊だよ、もうガキじゃないぜ」


なにいってんだ。俺達から見たらお前はまだ子供だ。なんつって常連のじいさん達に軽く言われてしまった。

ガキの頃から通っていたせいか、じいさん達は俺とベルメリーのことがいまだに子供のような感覚なんだろう。20代半ばになってから何となく理解出来るようになったが、気持ちは複雑だ。


「…そういや、お前さんに話があるんだ」

「え?じいさん珍しいな」


男同士の話だから、とじいさんは俺達をカウンターから離れた席に案内した。こういうときの話は、たいてい説教かベルメリーに聞かれたくない類いの話のどちらかだ。


「…お前が、傭兵やめたのは知っとるのだがの」

「アル坊、あそこの窓の外を見てみろ」

「……?」


窓の外?じいさん達に促されて目を向けると、まだ若い…俺と代わらない年頃の男が、手の平程の機械を持ち立っていた。

その視線の先には、ベルが映っている。


「…なにあいつ?」

「嬢ちゃんのファンらしくてな、ここ数日、ああしてずーっといるんだ」


マジなのか。

本人は気にしてないが、ベルは整った顔をしている。普通に黙っていれば美人で、話すと気立てのいい娘。

そのせいか、たまにこう行き過ぎた連中も出てくる。先代店主がいた時もこんなことがあったが、確か先代店主が怖くて相手が諦めたって聞いていた。……あの人、娘の事になると怖いからな。


「じっちゃんが見つけてさ、近所と相談して様子見ることになってさ」

「何かあったら遅いから、俺達もここ数日見張り代わりに、交代で店に来てるんだけどよ」


ああ、だから今日はやたらお客が多いのか。…ってわけじゃないが、つい不謹慎な事を思ってしまうのを許してほしい。


「あの方、カメラ持っていますよね。ベルメリーさん撮られてないでしょうか…」


聞いてた友が心底心配そうに呟くけれど、じいさん達は強く笑った。


「それはのう、儂の幻術で全て真っ黒にしてやったわい」

「魔法使いのじいさん、容赦ないな」

「嬢ちゃんは、孫みたいな年だからのう」


じいさん達は、じいさん達なりに店主を大事に思っているんだよな。全くこのお店の関係者は人が良すぎる。

俺は、それで?と続きを促す。じいさんは、それから俺に口を開くと開口一番難しい事を言ってのけた。


「お前に、カメラ小僧を捕まえてほしいんだ」

「そこまでするのか?」

「儂らは、所詮一般人だからのう。そう言う荒事はお前さんが適任じゃろう?」

「まさか兄ちゃん、腕が鈍ったなんて言わないよね?」


じいさんの孫のマルクがそう言うものだから、俺はふうとため息をひとつ吐き出した。


「わかったよ、俺も先代には世話になってるからな」

「じいちゃん、兄ちゃん素直じゃないねえ」


悪かったな。こんなこと言うのもあれだが、ベルはしっかりしている割に危なっかしい奴なのだから。


「腕がなるな」

「一応相手が一般人だから、殺すなよ?」


殺さずに……か。こいつは、久しぶりにこちらの腕がなると言うものだ。


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琥珀色の喫茶店 相生 碧 @crystalspring

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