第4話フラグは折れるもの

 という事で、あっという間に放課後。

 いや、俺クラスでマジで空気なんで、席順で何か読んだり答えたりしない限り何事も無かったように授業が終わるからすげえ早い。


 放課後の教室の窓から昇降口を覗き込んで、人が空いてきたのを確認してから俺は、桜沢さんのいる保健室に向かった。


「失礼しまっす」


 ドアをコンコンと叩いてから保健室に入ってみると、珍しく佳奈先生が机に座って書きものをいていた。

 白衣に短いスカート、そして縦セーターの組み合わせに大人の魅力が醸し出されて、俺の心は宙に浮いたようにフワフワしていた。


「あら、尾田君。どうしたの?具合が悪いの?」


 赤縁の眼鏡が佳奈先生の瞳の美しさをさらに強調して、学生の俺にはちょっと眩しすぎて溶けてしまうのではと思うぐらいだった。


「あ、いえ!委員会の仕事で桜沢さんを呼びに来ました。居ますかね?」


「桜沢さんならベランダに居るよ。尾田君、桜沢さんとお話できるんだ?すごいね」


「えっ、話ぐらいならそりゃ一応。でも、会話が成立してるかは怪しいレベルですよ俺」


 今までの桜沢さんとの会話がスムーズだったのかと言えば、むしろギクシャクしていた方だろう。

 あれぐらいの話であれば、佳奈先生でも普通にできるんじゃないだろうか。


「うんうん。それでもすごいよ尾田君は。あのね……桜沢さんと、これからも仲良くしてあげてね」


 いつもニコニコ笑顔の佳奈先生が真剣な顔をしてそう言うので、俺は反射的に「はい」と返事してしまった。

 桜沢さんって、クラスのみんなに馴染めないから保健室登校してるのだと思っていたんだけど、それより何か深い訳でもあるのだろうか。


「佳奈先生、あのさ……桜沢さんって、クラスのみんなと馴染めない以外に何か問題でもあるんですか?」


「尾田君、クラスのみんなと馴染めないのがまず問題でしょ。他の事もあるかもしれないけど、まずはそこから。尾田君はクラスの一員なんだよ、桜沢さんと仲良くするって事は、桜沢さんが教室に戻れるかもしれないチャンスなの」


 えっ、そんな重要な事を俺に任せるとか、佳奈先生は期待かけすぎなのでは?

 というか俺、クラスの中で空気みたいな存在なんですけど、俺一人の力でみんなの空気が変わるとか想像できないし。

 そこはどっちかと言うと、先生たちの頑張る所なんでは?

 と聞き返そうとは思ったけど、佳奈先生の期待に応えない訳にもなかなかいかず、美人の頼みは断れないっていうのは、こういう感じなんだなと改めて納得した。


「はい、頑張ります。何を頑張っていいのか正直分かんないけど。とりあえず桜沢さん呼んできますね」


 俺がベランダの戸を開けようとすると、既に桜沢さんは保健室に入ってきていて、ベランダの戸の前で待っていた。


「げえっ、桜沢さん!?いつからそこに!」


「……尾田君の声がしたから」


 確かにあれだけ大声出していれば、ベランダに居たって気づくはずである。

 何処から佳奈先生との話を聞いていたのか分からないけど、桜沢さんが聞いていたというのはとても間が悪いし気まずい。

 どこから聞いてたの?

 とも聞きづらい訳で。俺はとりあえず、この話題には触れないで委員会のお仕事の話に切り替える事にした。


「あっ、そうなんだ?待たせちゃってごめんね、環境緑化委員の仕事を案内するよ」


「……うん」


 佳奈先生に軽く挨拶を済ませて保健室を出ると、俺は桜沢さんを昇降口の前まで案内した。


「環境緑化委員会の仕事はさ、校庭に出ないとダメなんだよね」


「……そう」


 俺が下駄箱で上履きから靴に履き替えると、桜沢さんも上履きを脱いで靴に履き替える……のだが、下駄箱のスノコに座って靴を履くので、ちょっと目のやり場に困った。

 見てません、神に誓って見てません!

 靴に履き替えて桜沢さんが立つのを確認してから、俺は調べなければいけない例の箱の元へと向かった。

 校庭の隅っこには、白い小さな木の箱が置いてありその入り口にはカギが掛かっている。

 俺は環境緑化委員会の、なんか記録する帳簿に付いてる鍵でその扉を開けると、中には歯車のいっぱい付いた変な計測器はかるやつが置いてあった。


「この箱が百葉箱っていうんだけど、その中にある温度と湿度をこの帳簿に書くんだよ。これが環境緑化委員会の当番の仕事なんだ」


 俺が自分で分かる範囲の説明を桜沢さんにすると、桜沢さんは首を傾げてしばらく箱を見ていたかと思うと、今度は百葉箱の中を覗き込んだ。

 変な歯車の計測器はかるやつの興味も失せたのか、百葉箱を覗くのをやめて俺の方を見詰めてきた。


「……これって、何の意味があるの?」


「えっ?温度と湿度を測って……何かの役に立ってるんじゃない?知らんけど」


「……そうなんだ」


「あっ、でもこの一番下の針は何を指してるのか覚えてないな。記録する所も無いしいいか……すごく高くなってるし、壊れてんのかな?」


「……そうなんだ」


 俺のちょー適当な説明に、桜沢さんは納得してくれたようである。

 実は環境緑化委員会の仕事はこれで終わりなのだけど、こんな下らない事に桜沢さんを毎日つき合わせるのは流石に気が引ける気がした。

 だって、保健室登校してる子が校庭をフラフラしてるのを、クラスで部活やってる奴に見つかったら何か言ってきそうだし。


「桜沢さん、明日からは俺一人で測るからいいよ」


「……どうして?私も委員会の当番でしょ」


 意外に責任感の強い桜沢さんだった。

 おかしいな、空気を読んだつもりだったのに、桜沢さんの頭の中はさっぱり分からない。陽ざしの下とか肌に悪かったりしないんだろうか。

 白子症アルビノなのに。


「うん、そうだけどさ……俺と一緒に居ても面白くないでしょ」


 自虐的な言葉をつい口にしてしまって、これ桜沢さんに肯定されたら肯定されたで、自分が凹んでしまう案件なのではと後悔した。


「そんな事無いよ……私、尾田君に興味あるし」


「え、今なんて?」


「んっ?……尾田君に興味があるよ」


 えっ、それって好きって事ですか?いや、違うのか?

 というか今までの流れで、俺が桜沢さんに好かれるような要素が何処にあったの?

 落ち着け落ち着け、日本男児はこんな事でうろたえたりはしない!

 俺はなるべく平静を装いながら、桜沢さんに聞いてみる事にした。


「あのさ、桜沢さんは……俺のどこに興味があるのかな?」


 何も答えずに、桜沢さんの赤い瞳が俺の事をじーっと覗き込んだ。

 えっ、ナニコレ!?

 もしかしてこれは、目を瞑るやつですか?

 心臓がバクバクしている俺の目の前まで、桜沢さんの顔が近づいてくる。

 目を閉じるタイミングっていつだっけ?鼻とかぶつかるんじゃねこれ?

 とかいろいろ考えているうちに、桜沢さんは近くで囁いた。


「尾田君の空気みたいなところ……すごく、羨ましい」


「えっ、それ褒めてないよね!?むしろ上げて落してる感じ!?うわああああ、桜沢さん!桜沢さんまでかよ、うわああああああ!」


 俺はあまりの脱力感に膝から崩れ落ちた。

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