第3話環境緑化委員会

 ある日の事。担当の社会の授業が終わった後、休憩時間に先生ティーチャー渡辺が俺に話しかけてきた。


「尾田C。お前、今週から環境緑化委員の当番の仕事が回って来ているぞ。桜沢と一緒にやっておけ」

「あー、はい。あれっ?でも委員決める時のHRで、相方誰も居なくて俺一人でやることになってたんじゃ?」


 自分で言っていても虚しくなるが「二人でパートナーを組んで」という決め方に対しては、いつも取り残される宿命にある。

 桜沢さんは転校生だし、教室にはまったく顔を出していないので、今回の委員会の任命は先生ティーチャー渡辺が独断で決めたものだろう。

 でも、このチョイスは余り物の押し付けみたいで、感じ悪くない?


「名前が空いてたから入れておいた。桜沢には尾田Cから伝えておけ。頼んだぞ」

「桜沢さんに直接言って無いのかよ!?言っておけよ、ビックリするだろそんなの!」

「桜沢に伝えに行こうと探したんだが、居なかった。ということで、任せた」


 先生ティーチャー渡辺は、俺の肩をポンと叩くと教室を出ていってしまった。


「……本当に探したのか怪しいな。まぁ、桜沢さんなら、保健室にいるかも知れないし。なんか、また顔合わせるの気が引けるんだけど」


 あれだけの塩対応されると、あからさまに敬遠されてる気がして、自分から進んで会いに行きたいとは思えなかった。

 とはいえ、当番の仕事を伝えずに一人でやってしまうのも、桜沢さんを自分が遠ざけているようで申し訳無い。

 桜沢さんみたいな子に、一緒に当番の仕事をやろうと伝えて「嫌だ」って言われるのは精神的にきついのだけど、避けても通れない道なので覚悟を決める事にした。


 タイミングが良ければ、保健室に佳奈先生も居るかも知れない。

 癒しのオーラ全開の佳奈先生の前では、クールな桜沢さんも、もしかしたら快く……まぁ、仕方なく当番の仕事を一緒にしてくれる可能性はありそうだった。

 俺は、お昼休みの時間を利用して保健室に向かった。


「失礼しまーす。佳奈先生、いますか?」


 保健室の戸を開けて入ってみたが、誰かがいる気配はなく、ベッドの方も静かだった。

 桜沢さんは、もしかしたらベランダの方に居るのかも知れない。

 ガラス戸から外を覗いてみると、桜沢さんが日陰の方で丸くなって抱き抱えた黒猫と一緒に昼寝してた。

 ……何なんだこの光景は。

 起こしていいものなのか、しばらくは様子をみていたものの、一向に起きる気配はない。

 俺の貴重な……そんな貴重でも無いけど、お昼休みが桜沢さんを見つめているだけで終わってしまう。

 あっ、でも心地よさそうだし口元微笑んでるようにも見えるし、起こすと幸せを壊してるみたいでなんか嫌だぞ。

 ベランダのガラス戸からそっと離れようとすると、保健室の床がミシリと鳴った。

 その音に反応したのか、桜沢さんが目を覚ましてしまった。


「あっ、やべ」


 目覚めたばかりの、気だるそうな桜沢さんが身を起こして、こっちをじーっと見ている。


「ごめん、昼寝の邪魔しちゃって。あのさ、放課後なんだけど、委員会の仕事に付き合ってくれないかな?桜沢さん、俺と一緒の環境緑化委員会になってるんだって。先生ティーチャー渡辺が言ってた」


 桜沢さんは、黒猫を離してお前は何を言っているんだって顔をしている。

 あっ、はい。そうですね。

 俺も逆の立場だったら同じ反応するわ、これは仕方ないわ。


「いや、別に俺一人でもできる仕事だし、桜沢さんは付き合わなくてもいいよ、全部やっとくからさ」


 嫌って言われる前に、自分の心の逃げ道を作っておく。

 これだからヘタレなんだよな、俺。


「うん、分かった。やる……何をすればいいの?」


 予想と違う反応が返ってきて、俺の目は多分、ゴルフボールみたいに丸くなってる。


「え!?やるの?俺と一緒とか嫌じゃない?無理しなくていいよ、マジで」

「……別に。嫌じゃないし」


 あっ、ツンデレみたいな台詞を頂いてしまった。

 なんだか美味しい、ご馳走さまです。


「そう?それなら良かった。桜沢さんは放課後も保健室にいるかな?俺がまたその時に呼びに来るから、待ってて」

「……うん。分かった」


 あれっ、桜沢さんって実はとても素直な人なの?

 保健室で待機してるのは、教室の空気に馴染めないからだって、クラスの噂話で聞いてはいたけど。


「あっ、じゃあよろしく!昼寝邪魔してゴメンね!また、放課後!」


 と手を振って帰ろうとした時、桜沢さんがじーっとこっちを見詰めてくるので、思わず立ち止まった。


「尾田君……いつから保健室にいたの?」

「えっ?お昼休みが終わってから来たから、それぐらいの時間からだけど?」

「……そう。分かった」


 あっ、この会話が続かない感じの空気は、なんかつらい。

 その後、桜沢さんは特に話しかけて来なかったので、俺は教室に戻って放課後まで真面目に授業を受けるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る