第2話尾田のあふれる街

 平凡な中学生だった俺がある日突然すごい能力に目覚めて学校の人気者になってふとした事で出会った神秘的な少女とはじまる恋の物語みたいなもんは現実には一ミリも存在しなかった。

 あ、なんかこれ小説のタイトルっぽくない?全然読んでて楽しそうに思わないけど。

 昨日のサッカーの顔面シュートの腫れはすっかり引いたものの、桜沢に真っ向から無視スルーされた傷心の俺は朝のHRホームルームを机に突っ伏しながら適当に聞き流していた。

 担任の先生ティーチャー渡辺は眼鏡のおっさんの社会の先生。よくくだらない駄洒落を授業中に織り混ぜては、教室に静まり返る空間を作り出す事に長けたベテランの教師だ。


「相沢ー」

「はい」

「伊藤ー」

「はい」

 

 俺の傷心などお構いなしに、淡々と出席をとる先生ティーチャー渡辺。

 まぁ、おっさんの先生に心中察してどうした?元気ないぞ?とか声掛けられても気が晴れる訳でもないので別にいいんだけど。

 担当の先生が保健の佳奈先生だったらなー


「どうしたの?尾田くん、今日はちょっと元気無さそうに見えるよ?大丈夫?」


 とか言って慰めてくれたりするんだろうなー


「尾田A」

「はい」


 それで、顔を近づけて額に手を当ててくれたりして。


「……熱はないみたい。良かった、風邪では無くて」


 なーんて、微笑んでくれたりするんだろうなー


「尾田B」

「はい」

「先生ね、尾田くんの事が心配なの。だって最近なんだかずっと元気がないから……」

「えっ、先生。そこまで俺の事を?」


「尾田C」


「当たり前だよ、先生は一日中ずっと尾田くんの事ばっかり考えてるんだからね」

「佳奈先生……っ!」


「尾田C」


「あっ、でもごめんなさい。俺、好きな人っていうか、気になってる奴がいて」

「えっ、まさか、尾田くん!?」


「尾田C」

「尾田C」


「起きろ尾田ぁ!」

「ぐわぁぁぁ!!」

 

 先生ティーチャー渡辺の出席簿の角アタックを受けた俺は、机の上でゴロゴロとのたうち回った。


「朝から弛んでるぞ、まったく。次、加藤ー」

「はい」

 

出席簿の角はなんか鉄の補強が付いているので丸まっていても痛いのである。

 普通叩くとしても平たい方だろ。この先生ティーチャー渡辺、例えかわいい生徒であろうと容赦はしない恐ろしい教師である。


 HRも終り、次の授業がはじまる前に尾田Aが俺の机にやって来た。


「朝から寝ぼけてんなー、モブ。そんなんだからモブって言われんだぞ」

 

尾田Aこと英雄ひでおは成績がトップクラスで、ルックスもなかなか良く眼鏡の似合うインテリ野郎である。


「モブでも呼ばれたら返事しろよな。キモい笑い浮かべて寝てんなよ」

 

尾田Bことたけしも会話に参戦して朝から周りが尾田まみれである。

 尾田Bの武はスポーツ万能で、サッカー部のキャプテンをしているやや肌の黒い尾田だ。

 こいつも尾田Aに負けず劣らずルックスが良く、武は別名、英雄はとクラスの奴らは呼んでいる。

 俺以外の尾田の性能スペックが高すぎて、平凡な俺がクラスのみんなに呼ばれるあだ名は自然にとなっていた。

 いや、何が自然なんだよ。ナチュラルにモブ扱いにしてんじゃねーよ。って俺の抵抗も虚しくすっかりモブとして定着してしまった俺のイメージはこの二人の尾田によって確たるものとなってしまった。

 挙げ句の果てには先生ティーチャー渡辺まで


「出席で名前をいちいち呼ぶのが面倒だから、お前ら尾田ABCな」

 

と適当に呼び始めるもんだから、尾田Cというゲームとかで仲間を呼ぶ雑魚敵にすごく居そうなポジションを獲得してしまったのである。

 密かにイジメじゃね?これ?


「うるせー!知らねー!大体、モブとかフツーに呼んでんじゃねーよ!俺にだって名前ぐらいあんだよ!尾田……」

「はいはいモブモブ」

「まぁ、落ち着け。授業そろそろ始まるぞ」

 

尾田Aと尾田Bがわりと悪気もなく宥めるもんですから、俺の怒りは行き場もなくさ迷ってるうちに霧散した。

 

 あいつらスペック高い癖に至って平凡な俺に話し掛けてはくるんだから、そんな悪いやつらでも無いんだな。名前呼ばないだけで。

 だがしかし、このままクラスでモブ扱いされたまま学校生活を終えてしまう可能性を考えると、何かやらねばという使命感に駆られるのであった。

 具体的に何か決まってないけど、なんかこうそのうちバーンとすごいことやって、クラスのみんなに注目されてモブ扱いではなく名前を呼んでもらいたい。

 俺の壮大な漠然とした計画は、達成された割には普通に名前を呼んでもらえるというだけの細やかなものだった。








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