第3話 魔女の訪問と偽りの魔王
『神々の鉄槌』と出会ってから早くも数日。
いつも通りに戻ったレヴィン達の生活は、今日ものんびりと続く。
「ふぁ〜……」
レヴィンが朝日が日を差す前…夜明け前に起き上がる。
勇者を辞めても日課であることは中々止められない。
「う〜……」
「……………」
隣の唸り声を聞いて、レヴィンは右隣を見る。
そこには……魔王アヴィス•エリスとして本来の姿に戻ったエリスがいた。
グラマラスボディを包むレヴィンの寝間着。
魔王を倒した…というか本来の姿を封印したのはレヴィンだ。ゆえに寝ている時はどうにもその封印が緩みやすいらしく…稀に魔王の身体になってしまう。
「《魔の力よ…眠れ》」
レヴィンがそう言ってエリスの額に触れると、眩い光が放たれてエリスの姿が幼女に戻った。
それを確認すると起こさないようにして、寝室から抜け出した。
外に出て、周りの景色を見つめる。
何もない草原。高いところにあるから、麓にある
自分の住む小さな木造の家はこれと言った特徴はなくて…玄関の扉近くに大きな木が一本とこじんまりとした井戸が一つ、あるだけだった。
次に空を見上げて……藍色に染まった空が徐々に明るくなり始めているのを確認すると、レヴィンはその手に持っていた木刀を空に向けた。
「今日を迎えられたことに感謝します、天の神よ」
いつもの癖である感謝の言葉を述べると、レヴィンはゆっくりと木刀を構えた。
「ふっ…‼︎」
そして、小さな掛け声と共に素振りを開始する。
勇者時代からの日課…剣の素振り。
元気な時も、疲れている時も、悩んでいる時も…片時も忘れたことがなかった。
無心になりつつも、意識を集中させて剣を振り続ける。
「………はっ…‼︎」
どれ程、そうしていたのか。
気づくと朝日は昇っていて…かなりの時間が過ぎていた。
「………ふぅ…」
額に流れる汗を拭いつつ、上の服を脱いだ。
レヴィンの身体にはとても大きな斬り傷が一つ。他に中小様々な怪我が痛々しく残っていた。
脱いだ服で手拭い代わりに身体を拭きつつ、井戸から水を汲んで顔を洗う。
ここまでがいつものレヴィンの日課だった。
「朝っぱらから元気だなぁ」
唐突に…いや、毎日聞く眠そうな声。
声の方に振り返ると、そこには目を擦りながら扉を開けたエリスがいた。
「どうした?子供はまだ寝てていいんだけど?」
「子供扱いするな…お前の方が子供だろうが……」
「いや……身体的には俺の方が…」
「精神年齢の話をしているんだが?馬鹿者」
寝起きなのかエリスの反応もかなり鈍かった。
彼女はのろのろとレヴィンに近づくと…手に持っていた手拭いを差し出して、レヴィンの手にあった脱がれた上着を無理矢理奪った。
「ちゃんと手拭いを使え」
「……………」
そうとだけ言ってエリスは家の中に戻る。
レヴィンはその後ろ姿を見て…困ったように苦笑する。
「なんだかんだと言って…そーいうとこは優しいんだよなぁ」
レヴィンが素振りを終えた頃…毎日のようにエリスは手拭いを持って外に出て来る。そうして、上着を奪って洗濯カゴに入れてくれるのだ。
文句を言いつつも家事はちゃんとこなしてくれる。
来ることが分かっているから、いつも手拭いを持って行こうとしない。
レヴィンが苦笑していたその時ー。
「……………ん…?」
オカットの方に目を向ける。
そこに感じたのは大きな魔力の波長。
(………アイツか…)
その魔力の反応をレヴィンは知っていた。
しかし、今の暮らしが脅かされるのは面倒だ。
「《惑わしの力よ…我らが姿を隠したまえ》」
レヴィンはそう言って、この家を囲う結界を張る。魔力探知を無効化する結界だ。
専門家のあいつに取って、この程度の妨害は多少でしかないだろう。
「やらないよりは…マシだろうしな」
結界の強度を確認し終えて、レヴィンが中に入ろうとした瞬間ー…。
「………………ちっ…見つかった…」
「見つけましたわ、勇者様‼︎」
ぐにゃりと頭上の空間が歪む。
そこから現れたのは黒衣の服装に身を包んだ茶髪に赤茶色の瞳を持つ1人の少女だった。
勇者一行の1人…かつてのレヴィンの仲間。
《絶対の魔女》レストーレ。
僅かな魔力反応でこの場所まで転移して来たらしい。
「久し振りだね…レト」
「………貴方様にその愛称を呼ばれる日が再び来たこと…光栄に思います…」
レストーレは地面に降り立つと、レヴィンの目の前で頭を下げる。
「わたしが貴方様を探していたのには理由があります」
「……………」
「実は………」
「朝ご飯食べないの〜?」
家の扉が開いて、あの子供みたいな無垢な振りをしたエリスが声を掛けてくる。
転移魔法なんて大掛かりなモノを使ったから、エリスにもレストーレが来たことが分かったらしい。
「食べるよ」
レヴィンが返事をすると、レストーレは慌てて謝罪をした。
「朝食前でしたか…失礼いたしました…勇者様……」
「大丈夫だよ、レト。でも…もう俺は勇者ではないからね。普通に呼んでくれて構わないよ」
ニコリと微笑むレヴィンに、彼女は頬を赤くする。
それを見たエリスはうわーっ…と凄まじい顔をしていた。
「……えっと…そちらの子は…」
まだ赤い頬を隠そうとせず、レストーレはそう聞く。レヴィンは「あぁ」と答えると、エリスの紹介をした。
「エリーのことかな?この子は妹だよ」
「妹さんですか?」
「うん、妹のエリーって言うの‼︎よろしくね〜‼︎」
《絶対の魔女》と称されるレストーレ前にどれだけ誤魔化せるか……エリスが魔王とバレたら即終了だ。
レヴィンとエリス…2人の背中に冷たいものが走る。
「初めまして、わたしはレストーレ。貴女のお兄様の仲間です」
「そうなんだぁ〜。レストーレお姉さんもご飯食べる〜?」
「大丈夫ですよ」
「なら紅茶を淹れるね〜‼︎」
エリスはテケテケと中に戻って行く。
レヴィンはホッとしたが…レストーレは不審げな顔をしていた。
「勇者様」
「………ん?」
「………もしや…妹さんは…」
バレたのだろうか…レヴィンは儚い笑みを浮かべる。
悪魔が放つ魔力と人間が放つ魔力はかなりの違いがある。
魔力系に強いレストーレだ。バレてしまっても仕方ない。
「……〝魔瘴〟に侵されて…?」
レヴィンの妹というのを加味して、間違った判断をしたらしい。
「……あぁ…そうなんだ…でも、あの子は知らないから…レトも言わないでくれるかな?」
「……あんな…小さい子が……‼︎」
〝魔瘴〟とは…人間が悪魔の放つ瘴気に侵されて、自身の魔力の悪魔寄り化。また、人間自体を悪魔にしかねない病気のようなものだ。力ある者は耐性があるが…魔力がない一般市民などはこの〝魔瘴〟に罹りやすい。
人と悪魔が争ってきた原因でもある。
勿論、エリスは完全に悪魔なので…魔瘴ではないのだが……。
「……魔王が倒されても…世界は平和にはならないのですね……」
「……………」
その言い方に何か違和感を感じて、眉を潜める。
そして…それがレヴィン達の生活を脅かすものになるのことを……彼らはまだ知らなかった……。
リビングで向かい合うように席に着きながら…レヴィンは怪訝な顔をした。
レストーレはレヴィンが前置きなどを嫌う
「魔王が……この国の王都に向かっていると聞きました」
「…………なんだって…?」
さり気なくお茶を淹れてきたエリスを見るが、エリスは分からないという風に頭を振った。
「理由は?」
「詳しくは知りませんが…多分、勇者出身の国だからかと」
聞いているだけだと…それは一大事なことだが…。
「魔王は俺が倒したよ」
「………そのはずなのです…」
倒した…というか
「じゃあ…その魔王は一体何者なんだ?」
「………恐らく…魔王を継いだモノかと思われます」
「魔王を継いだモノ?」
それに反応したのはエリスだった。
レストーレはその反応を怖がっていると判断したのか…「大丈夫ですよ」と安心させるように微笑んだ。
「そのために…わたしはここに来たのですから」
レストーレはレヴィンを真っ直ぐに見て、頭を下げる。
「勇者レヴィン様」
「……………」
「貴方様の力を…今一度、お貸し頂けませんか?」
レヴィンは困ったように顔を振る。
レストーレはガタッと立ち上がった。
「何故ですかっ⁉︎貴方は一度、世界を救ったじゃありませんかっ‼︎」
その言葉に…レヴィンは苦しそうに顔を歪めた。
「もう戦えないんだよ」
「「……………え?」」
レストーレだけでなく…エリスも目を見開く。
レヴィンは自身の身体を押さえながら苦笑した。
「もう身体にガタが来てるんだ」
「…………限界…ってことですか…?」
「そう。本気の力を使ったら…五分と保たないだろうね。いや…下手をしたら死ぬかもしれない」
「……ちょっと待って……」
エリスが困惑した顔でレヴィンを見つめる。
「それは…わ……魔王と……戦った所為…?」
彼女は自分と戦った所為でそうなったのかと聞きたいのだろう。
レヴィンは「違うよ」と答えた。
「元々…限界は近かったんだ。魔王戦がギリギリ保っただけ。だから…勝っても負けても、魔王戦で最後のつもりだったんだよ」
「………………そんな…」
「だからレト。ごめん……俺は力を貸すことが出来ないんだ。新たな勇者の資格を持つ者を見つけてくれ。そうすれば…俺は勇者の力を受け継がせることが出来るから」
レストーレは苦しそうに頷くと、「失礼します…」と呟いて右手を上げた。
その瞬間、その手の先がぐにゃりと歪みその先に姿を消した。
残されたレヴィンとエリスは、顔を見合わせた。
「…………レヴィン…」
「なんだよ」
レストーレがいなくなったからだろう。レヴィンはいつもの喋り方に戻っていた。
「………さっきの話…本当なのか?」
「話って?」
「身体のことだ」
「あぁ……嘘ついても仕方ないだろ」
レヴィンは苦笑しながら、頬杖をつく。
「日常生活を送るには問題がない。それに…今はお前の力を封印してるからな。勇者の力の殆どはそちらに使われているから身体に負担も少ない。でも…もうあんな派手な戦い方は出来ないだろう」
「……………」
「俺が出来ることは後継者に勇者としての力を受け継がせることぐらいだ」
そう言ったレヴィンは悲しそうで。
エリスは顔をわずかに歪めた。
「そう言えば……チビ魔王」
「おい。誰がチビ魔王だ」
「お前、他のヤツに魔王継承したのか?」
「そんな訳ないだろ」
エリスは自分の胸を叩いて、胸を張る。
「
「〝私〟な」
「うぐっ⁉︎」
レヴィンはエリスの頭を掴みつつ、思案顔になる。
悪魔の方は瀕死にならない限り…魔王継承は出来ないらしい。
勇者の方は適格者がいれば簡単に継承が可能なのだが…その適格者を見つけるまでが大変だ。
となると…渦中の魔王は正式には魔王ではないという訳だ。
「面倒事な予感だなぁ…」
「いい加減離せぇぇえっ……‼︎」
レヴィンはエリスの頭を離さないまま……面倒そうに溜息を漏らすのだった……。
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