第2話 危うい(?)生活
この世界で一番の知名度を誇るレストレール王国。
理由は至極簡単。魔王を討伐した勇者の出身国だからだ。
では、本当は魔王が生きていたら?
それを勇者が知っていたら?
勇者と魔王…2人のその後はどうなるのか?
勇者は謀反者として、魔王は許されざる存在として……窮地に立つに違いない。
それでも…勇者は窮地に立つ可能性を選んだのだ。
彼が望んだものは王都から数十キロ離れた国の郊外。
小さな町の近くにある広い草原の小さな丘の上に建つ普通な家。
その家で元魔王と暮らす日々を選んだのだ。
命綱なしで綱を渡るような…命懸けの生活を送ることを……。
そして…今日も彼らの小さな戦いが始まる…。
服装は庶民と変わらねど、金髪碧眼の美形の青年レヴィンとスミレ色の長髪に琥珀の瞳の白ワンピースに身を包んだ幼女エリス。
そんな2人は丁度、朝食を食べ終えた所だった。
レヴィンは食べ終えるなり、席を立とうとする。しかし、エリスはそこに噛み付く。
「自分が使った皿くらい下げろ‼︎」
エリスが睨みつける。しかし、彼は嘲笑するような笑みを浮かべる。
「そういうことはお前の仕事だろ?」
「知るか‼︎少しくらいは家事に貢献しろ‼︎」
エリスが怒っても幼女ゆえにそんなに怖くない。子猫が威嚇するようなものだ。レヴィンはそんなエリスの様子を面白がって、敢えて火に油を注ぐ。
「お前の今の存在意義…存在価値は家事だけだろ?このチビ助…あ、間違えた……ロリ魔王(笑)」
「わざわざ言い直す必要があるかぁぁぁぁぁっ‼︎」
あぁ…悲しきかな。伝説にも成りかけている元勇者と元魔王のこの姿…。
もう一度言っておこう。
一応この2人は、かつて最強(凶)といわれた元勇者と元魔王だ。
だが、現在は家主と居候のような関係である。
「覚えておけよ…妾が魔王として再臨した際には…必ずや貴様を……」
「おい」
「ふぎゃっ⁉︎」
レヴィンは悪魔のような微笑みを浮かべながら、エリスの頭を掴む。
悪魔はエリスの方であるのに、元勇者の方が悪魔らしい笑みを浮かべているなんて…なんたる皮肉か。
「〝妾〟じゃなくて〝私〟な?」
「はぁっ⁉︎貴様に言われることじゃ…」
「もう魔王でもないのにいつまで言ってるつもりだ。お前は今じゃただの居候。家主の言うことは聞け」
「家主だからと自分の呼び方まで命じられてたまるかっ‼︎」
エリスの反論に彼は呆れたような…冷たい視線を向ける。
「………‼︎」
口元は笑っているのに目が笑っていない。疑いようのない怒気を帯びている。
エリスは顔面蒼白の狼狽気味でレヴィンを見つめた。
「今生きているのは誰のお陰だと思っている?」
「そ…れは……」
「俺の言うことは?」
「……………………ぅ…」
有無を言わなさい迫力満点の笑み。
エリスはこの男が産まれてきた種族を間違えているに違いない…と内心、憎らしげに悪態を吐く。
「その耳は節穴なのかなぁ〜?」
「節穴なんかじゃな……」
「もう一度問うぞ?」
ギリッ……掴む手がより強くなった。
「…………俺の言うことは?」
ニコリと微笑む目の前のレヴィンにエリスは涙目になりながら、頷いた。
「レヴィンの言うことは絶対ですっ‼︎」
「分かればよろしい」
そう言って手を離してもらえたが…今だにエリスの掴まれていた頭はズキズキしていた。
だが、レヴィンは何も言わずに食べ終えた食器2人分を持ってキッチン…シンクに向かう。
「………………」
「……なんだよ、その目は…」
「……いや…」
レヴィンは首を傾げながら、シンクで食器を洗い始めた。
なんだかんだと言って、やってくれるレヴィン。
エリスは少し拗ね気味の顔でその後ろ姿を見つめた。
「あぁ…そう言えば……そろそろ、貯蓄していた食料が無くなるんだよな…」
レヴィンが食料倉庫を見ながら、言う。
エリスはその声を聞いて、彼の元に駆け寄った。
「……本当だ…」
「今日、やることも特に無いし…町まで買いに行くか」
町までかなりの距離があるため、一々買いに行くのではなく…一気に買い溜めするのがレヴィン達のやり方だった。
「買い物かぁ〜…」
エリスは久々の買い物に胸を踊らせる。
そんな彼女に釘を刺すようにレヴィンは嘲笑した。
「あ、因みに…お菓子は買わないからな?」
「子供扱いするなっ‼︎」
「どう見ても子供だろう」
「ちっ……‼︎」
レヴィンは大きく伸びをして、壁に付けられたフックに掛かったマントを手に取り被る。
エリスにはマントの隣のフックに掛かったいた子供に着せるようなケープを被せた。
なるべく容姿を隠すためだ。町でもレヴィンはレヴィー、エリスはエリーと偽名で呼び合っているくらい気を使っている。
一応はかつて勇者と魔王という身分…いつボロが出るか分からないからの処置だった。
「行くか」
「おー‼︎」
戸締りをしてから、2人は外に出て町に向かって歩き出す。
楽しそうにする彼女を見て、レヴィンは小さく嘲笑しつつ呟く。
「さっきまであんなに拗ねてたのに…現金な奴だなぁ」
その呟きにエリスはジト目で対応した。
「………なんか言ったか?」
「いや、別に?」
「上手く聞こえなかったが…馬鹿にされたのは分かったぞ」
「良かったな」
「良くないわっ‼︎」
ギャーギャー言ってもレヴィンは吹く風と言わんばかりに無視する。
町までは歩いて一時間程度。
こんなのを相手にしながら町まで行くのは面倒だなぁ…とレヴィンは思うのだった。
◇◇◇◇◇
レヴィンの家の近くにある〝オカット〟という町はとても小さな町だ。
町にある役所に酒場…ギルドは一つずつ。
一応、小さいながらも市場があるが…王都で開かれる市場に比べたら全然小さい。
「ふぉ〜‼︎」
しかし、そんな市場でもエリスは歓声を上げていて。
何回か来たことがあるにも関わらず、毎回来る度にこの謎の歓声を聞いている。
「いつもなんでそんなに驚くんだ?」
「なんでって…人間の暮らしは面白いからだろう?私はこのような場所、来たことなかったからなぁ」
「ふぅん」
数千年を生きた元魔王は、見た目同等の年齢になっているみたいだった。
レヴィンはエリスが迷子にならないように監視しながら、食料を買っていく。
昔、手に入れた魔法道具(見た目はバックパック)のお陰で荷物運びには問題が無い。
だから、取り敢えずは保存が効く期間分の食料を買ってはそこに詰め込む。
「あら…坊やじゃないか」
その時、聞こえたのは艶やかな女の声。
レヴィンが振り返るとそこには、長い燃え盛るような赤髪のナイスバディな女が立っていた。
「アイシャか……」
「どうも」
アイシャと呼ばれた女性は露出度の高い服に身を包んで艶やかに微笑む。
彼女はこの町にある骨董品屋を営んでいた。
しかし…骨董品屋と言っても扱うものはただの骨董品ではない。知る人が知る魔法道具など…希少価値の高いモノが紛れ込んでいるのだから、只事ではない。
それゆえになるべく関わらないようにしているのだが…アイシャ何かとレヴィン達に関わってくる。
「坊や、今日はどうしたんだい?」
レヴィンの隣に立ちながら、アイシャは首をゆるりと傾げる。
「………食料の備蓄が無くなったからな」
「うちにも寄っていけばいいさ。安くするよ?」
「骨董品屋で何を買えって言うんだ」
「そりゃあ…色々さ」
誘うようにレヴィンの腕に手を掛けて、ニコリと微笑む。
彼女の瞳は紅く、キラキラと輝いていて……。
レヴィンはそんなアイシャに……。
「あいっかわらず…そんなことしか能がないんだなぁ?」
「……………っ…⁉︎」
容赦無い冷酷な視線を向けた。
アイシャはその言葉に後ずさる。
レヴィンは荷物を受け取ると、鼻で笑いながら口を開いた。
「生憎…俺には
「…………ふっ…相変わらず……憎らしい坊やだねぇ…」
アイシャはギリッと歯を噛み締める。
そんな時……。
「お兄ちゃぁぁぁあんっ‼︎」
「ふぐっ⁉︎」
レヴィンの身体に猛アタックする小さな子供。
レヴィンが体当たりして来た人物を見ると……まるで何も知りませんと言った風なエリスが子供みたいな笑顔を浮かべていた。
「エリーちゃん……」
アイシャは驚いたようにエリスの偽名を呼ぶ。
「あれ〜?アイシャおばちゃんだぁ〜‼︎おはよう〜」
「おばちゃんじゃないよ、お姉様とお呼び‼︎」
エリスは無垢な子供みたいにケラケラ笑う。
アイシャも毒気が抜かれたようにおばちゃんと呼ばれたことに腹を立てていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん‼︎」
「………………な…んだい…」
偽るためと言ってもこのモードのエリスに声を掛けられると背筋がぞわっとする。慣れないせいかもしれない。
「あっちにね〜お菓子屋さんがあったの‼︎珍しい異国のお菓子なんだって‼︎勝って欲しいなぁ〜」
助け舟を出してくれたらしい。
それを断る理由は無い。レヴィンはそれに乗っかるように、兄とした態度で苦笑する。
「仕方ないなぁ…買いに行こうか」
「わぁい‼︎」
「じゃあな、アイシャ」
レヴィンはそう言うと、エリスに無理矢理手を引かれて市場を歩き出す。
アイシャの姿が見えなくなった頃…エリスは嘲笑うかのようにレヴィンを見た。
「随分と参っていたなぁ?」
「………まぁな…」
「お前でもあーいう女には弱いんだな」
「あぁいう女?」
「ぼんきゅぼーんな女ってことだ」
確かに…アイシャはナイスバディな体型だと思う。
しかし…レヴィンが参っているのはそんなことではなかった。
「確かにあいつはいい身体をしてるだろうが…俺の
「それは…ただの骨董品屋の
「そうソレ。疲れるんだよ、警戒しながらの対応ってのは……疑いたくないのに疑わなきゃいけないから……」
疲れたように答えるレヴィンに、エリスは荒んだ視線を向ける。
「……悪魔より悪魔らしいお前が…警戒しながらの対応で疲れる…疑いたくない……?
エリスの散々な物言いに、レヴィンは冷たい微笑を浮かべた。
「…………後で覚えておけよ…?」
「ひぃっ⁉︎」
「ただで楽になれると思うな」
エリスは立ち止まってガクガクと震えている。
そんな彼女を抱き上げてレヴィンは歩き出した。
(…………まぁ…嘘だけど)
本音を言えば、あの場で助け舟を出してくれたことはかなり助かった。
だから…実際はどうこうするつもりはない。
けれど…それで調子に乗らせるのもよろしくないから、脅すだけ脅しておくことにした。
見た目は幼女だが、実際は数千年を生きた魔王である。脅すことに関しての問題はない……はず。
「おいおいおい、退けよっ‼︎」
そんなことを思っていた時、目の前にいる人波が横に押し退けられていく。
何事かと思って立ち止まって見ていると…人の間を通って数人の男女が歩み進んでいた。
その男女達の装備は大きな斧や剣…杖など……見るからに冒険者の装いだった。
(…………パーティーか…)
レヴィンはそれのパーティーに冷たい視線を向ける。
この世界には様々な職業についた冒険者という者がおり…その冒険者達はギルドという管理団体に所属する。
ギルドに寄せられた人々からの
それが冒険者。
そんな冒険者達が数人集まり、共に行動する団体をパーティーと呼んだ。
勿論…かつてのレヴィンもその冒険者の1人であり、勇者という職業につき、パーティーを組んで魔王を倒したのだ。
冒険者はその力ゆえに高飛車になる者達もいるのだが…目の前のこいつらも例に外れなかったらしい。
「おいおい……ガキがオレらの進路を塞ぐのかよぉ⁉︎」
立ち止まっていたレヴィンとエリスの目の前にそのパーティーがやって来る。
重装備の男女1人ずつ、剣を携えた男が1人、魔導師らしい女が1人……合計4人のパーティーだ。
「…………ガキ…ねぇ…」
つまらなそうに呟くレヴィンが纏う空気は極寒。
それに気づかない程度には、そいつらは弱かった。
「子供のお守りしながらどこに行くんでちゅかぁ〜?」
「……………子供…だと……?」
重装備の女の喧嘩腰の言葉にエリスも不穏な空気を纏い始める。
「オレらはここら辺で活躍してるパーティー…『神々の鉄槌』だぞ⁉︎」
「……………」
「あんたらのクエストをクリアしてやってんだ……あたいらの前に立つなんて失礼じゃないのかいっ⁉︎」
ペラペラと喋るのは前に立つ重装備の男女で。後ろに立つ剣士らしき男は関係ないと言った様子で…魔導師らしき女はあたふたとしていた。
それだけでこいつらのチームワークが知れてしまった。
「生憎…そんなガタガタなパーティーにクエストを頼んだ記憶は無くてな」
「はぁっ⁉︎」
「大概は自分の手で出来るものだからなぁ、私達は」
レヴィンとエリスは同じような怒気を帯びた笑みを浮かべる。
こういう調子に乗る者は…2人に取ってかなり嫌いなタイプだった。
「冒険者でもないあんたが何を……」
「ドン」
「「⁉︎」」
気づくとレヴィンはエリスを抱えたまま、そのパーティーの背後に回っていた。
「……もし今ここで俺が範囲型攻撃魔法を発動してたらあんたらはタダじゃすまなかったな?」
「…………いつの間に…」
剣士の男が驚愕と言った様子で初めて呟く。
レヴィンはそれに笑って答えた。
「お前らは今の移動が分からない程度には弱いということだ」
「なっ……」
「粋がるのは今の移動が分かるぐらいになってからにしろ」
ドスの効いた声でそう言えば、その4人は無言のまま固まる。
それを尻目に、レヴィンは帰路につく。
「お前があいつらみたいな
エリスはレヴィンの腕に抱き抱えられたまま、微笑む。
「………何が言いたい…?」
「カッコ良かったぞ?」
そう言って笑うエリスはとても綺麗で。
「………………幼女に言われてもなぁ」
「煩いわっ‼︎お前がこの姿にしたんだろうと何回言えば分かるっ‼︎」
ついつい照れ隠しでそう茶化してしまうレヴィンであった……。
◇◇◇◇◇
ギルド内の酒場にて…『神々の鉄槌』のメンバーは夕飯を食べながら、今日出会ったレヴィンとエリスのことを話す。
「なんなんだよ…あのガキっ……‼︎」
重装備の男…ガスパールが叫ぶ。
それに賛同するように重装備の女…グロリアも頷いた。
「冒険者でもない癖に生意気なんだよっ……」
「だが、あの足運びは只者ではないだろう」
剣士ムラサメがそう呟くと、魔導師アマンティアも恐る恐る頷いた。
「……一瞬だったけど…あの女の子からも強い魔力を感じたし……」
ガスパールはギリッと悔しそうに歯を噛むと、ボソリと呟いた。
「次に会ったら……タダじゃおかないからなっ……‼︎」
2人の生活に…少しずつ影が掛かり始めていた……。
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