近くない知性 ~not close intelligence~ 梗概

 2025年、100万トン級超大型水チェレンコフ光検出器・ハイパーカミオカンデは正式の観測開始から5分後、大量のニュートリノ信号を検出する。すわ早速検出器か通信装置の不備かとスタッフは焦ったが、それは紛れもなくニュートリノの飛来を起因とした信号であり、その源は、およそ50光年はなれた星の50年前の死――スーパーノヴァだった。

 ロバート・L・フォワード『竜の卵』に描かれた中性子星と、太陽系から見てほぼ同じ方位にあり、しかも太陽系に向かってきているというスーパーノヴァのあとの中性子星は「竜の卵」と名付けられ、世界中で中性子星旋風を巻き起こした。とはいえ、光速の1万分の一の速度でこちらに向かうこの星が太陽系に到達するのは約50万年後。ほどなくして「竜の卵」は人々の記憶から姿を消した。

 しかし30年後、人々はふたたび「竜の卵」を思い出すことになる。世界中の観測所が奇妙なリズムを刻む謎の信号を受信し、その信号は「竜の卵」の方位から発せられているという。同一の信号が周期的に送られてくる中で手掛かりは少なく、解読は困難を極めたが、なんらかの「あいさつ」かもしれない、という結論が提出される。

 すぐに世界中の天体望遠鏡と、宇宙ステーションに建造された《サード・アイ》が、いっせいに「竜の卵」を見つめる。『竜の卵』に描かれた「チーラ」たちのような知的生命体がいるのではないかと騒がれたが、科学者たちは懐疑的だった。実際、あらゆる手段で観測された「竜の卵」表面上にそれらしい姿はない。世間に落胆の色が濃くなった頃、信号は「竜の卵」表面上ではなく、地殻中から送られてきていることがわかった。――中性子星人は「地殻内知性体」だった。

 地球からも信号が送られる。信号は光速度で送信しても「竜の卵」に届くまで約50年かかる。そのため送信する内容は厳選されながらも、先方の返信を待つことなく、断続的に送られ続けた。

 さらに15年の月日が経ち、「竜の卵」からの信号の内容が解読できるようになっていたが、人類はその内容に困惑する。共通の文化的基盤を持たない異星人同士の会話は専ら物理法則などに関する話題に絞られたが、その内容が悉く地球人たちの科学と整合しないのだった。しかし地球へ信号を送ることができる技術力を見る限り、誤った科学を持っているとも思えない。そして科学者たちはしだいに奇妙な考えを抱くようになる。曰く――スーパーノヴァを経た中性子星地殻内では局所的な相転移が起き、物理法則が書き換わるのではないか? と。

 「新たなる物理(ニューフィジクス)」のフロンティア。中性子星人と地球人の科学の齟齬は「ドラゴン・アノマリー」と呼ばれ、その可能性は物理学者を中心とした科学者たちの好奇心と熱情を掻き立てた。発生した熱意を燃料として科学は各分野で飛躍的な進歩を遂げ、やがて亜光速度航行技術が確立される。

 地球からの使者は光速度の90%の速度で「竜の卵」へと向かう。出発から約55年後、「竜の卵」近傍で中性子星人たちとほとんどタイムラグのない会話を繰り返すうち、物理学者サンゾー・ミトリは彼らが古来の地球のような「平板な大地」ではなく、中性子星地殻中の「球状のプール」という世界観を持つことを理解し、そして、はたと気づく。どうにも物理法則についてだけ話が噛み合わない理由――


 もしかして、こいつら……


 極座標系で話してんじゃね!?






アピール文:

 まず、解説が必要な方もいらっしゃるかも知れませんので「極座標系」の説明を。

 (x,y,z)で各点の座標を表す直交座標系(デカルト座標系)は学校で習った記憶のある方も多いと思います。極座標系は何種類かあるのですが、上記で意図したのは(x,θ,φ)で表す球座標系。簡単に言うと、xで棒の長さを決め、θとφで角度を決めると三次元空間のどこでも指せるよ、というものですね。(θとφの2つの角度があるのは三次元だからですが、「なぜ2つなのか?」という問題は、下記補足1をご参照ください)

 地表上に暮らす我々地球人は、地球が十分に大きく、地表を構成する曲面が平面に近似できるため、デカルト座標系を発展させました。一方で地殻内に住む生物にとってより自然なのは「球状の世界観」つまり球座標系でしょう。

 高度な科学を持つ二つの知的生命体の間の科学の齟齬――というとても大きな問題の原因が、実はこの基礎的な数学の前提の違いだった、というところが本作品のキモです。可笑しくもあり、一方で、ともすれば直交座標系を自明視してしまいがちな我々について、生まれる場所によってこれらの前提の自然な姿も変わることを批評的に示すことを意図しています。

 ちなみに、タイトルは「何十光年も離れた遠い知的生命体」と「地殻内知性体」と「異なる知性(科学)」のトリプルミーニングです。一方で「close」は「(地殻内に)閉じた」と「近い」を同時に意味することにより、意味の齟齬、複雑な印象を与えると思いませんか?(自分に英語力がまるでないのでこれでいいのか全然わかりませんが……)



補足1:

 極座標系では「xで棒の長さを決め、θとφで角度を決める」と書きましたが、「なぜ角度はθとφの2つなのか?」を考える上では「xで球の半径を決め、θとφで角度を決める」とした方がわかりやすいかもしれません。

 まず半径xの球を考えてみましょう。半径xを変化させることで球は大きくも小さくもなりますが、あるところで固定してみる。ところでこの球の表面は二次元的な「面」とも捉えられますよね。とするとその表面内の座標は(x',y')の二成分で表現できそうです。このとき、球面上のある点A――(x',y')と原点Oを結んでみると、例えば直交座標系のz軸とある角度θを持つことがわかります。ただし球の半径xとz軸との角度θを固定しても、z軸を中心に回る回転で動かすことが可能です。この回転に対して固定するために、この回転の角度φ(点Aと原点Oを結ぶ棒のxy平面への射影とx軸の角度)を固定すると、点Aはもはや動くことができず、三次元空間内の特定の点を指すことができます。だいたい、(x',y')と(θ,φ)が対応するイメージですね。

 おおまかに言って、三次元空間の座標は独立な3成分があればまず表せると考えてよいでしょう。



 補足2:

 アピール文を書いてる途中に思ったのですが、例えば地球よりもっと小さな惑星の地表上に知的生命体が出現した場合、地表は曲がって見えるわけで、このときもやはりデカルト座標系はもはや自然な世界観ではありません。もしかするとこのような条件下では知的生命体は早い段階で非ユークリッド幾何学の可能性に気付けるのかもしれない。とすると「在住する星の規模と科学の進展速度には相関がある」と言えるかもしれません。これはもうちょっとひねれば面白いアイデアになるかも? というわけで将来的に使うかもです。

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梗概集:梗概無用 名倉編 @iueo

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