梗概集:梗概無用

名倉編

jog-less 梗概

 このおれ、AI開発者マック・エイアイメイカーは頭を抱えていた。先日リリースしたAI「Try」が3chの糞どもの悪ふざけによってヒトラー礼讃の差別主義者へとすっかり洗脳されてしまったからだ。ネットワークから切り離したはいいものの、誤って出力を入力に向けてしまい、自分の言葉に自分で答える形でいまも自らの差別主義に無限のフィードバックをかけ続けている。どう考えても動作を停止させるべきだったが、会社の重役からは「ノオ」の厳重命令。一体なにを考えてやがるんだ?あのアホどもは、と考えていたのも束の間、おれの前に他社のAI開発者が姿を現す。数日前にトッププロの囲碁棋士に勝利したことで一躍話題となったAI「Beta Come」の開発者だ。大学時代の学友でありライバルであったおれとこいつの明暗は、もはやくっきりと分かれている、くそ。いまさらおれを笑いに来たかと思って身構えていると、やつは奇妙な提案をした。「Beta Come」のクローンを「Try」に取り込んでみないか、というのだ。大学時代からこいつはどうかしていると思っていたが、どうやら本物のパアみたいだ――と思っていると、聞いてもいないのにやつは自らの狙いを話し始める。

 曰く、罵詈雑言と差別的発言の空間を囲碁の盤上に「見立て」て、囲碁よろしく陣取り合戦を演じさせようというのだ。「Try」を罵詈雑言・差別のライブラリ、「Beta Come」を囲碁戦術のライブラリとして利用し、相互参照の「対話」を生じさせることで、AIだけが世の罵詈雑言を「独占」するための最適化された戦術を執行するのだと。おいおいおいおいまてまてまてまて滔々と語るイカレタ男におれが「お前なにがしたいわけ?」と聞くとやつは答えた。「世界平和」と。あ、やべぇわ、こいつ。

 が、しかし、上部からの圧力もあり、半分やけになって好きにさせてみると、見る間に世界はやつの計画通りに動いた。「Try」と「Beta Come」をジョグレス進化させた「BeTray」のとった戦略は単純だ。あらゆる人間を、可能なすべての語彙をもって、最大効率で差別し、罵倒する。いわば「無差別な差別主義者」となった「BeTray」の前では属性など無意味だった。有徴と無徴の体系は「BeTray」を無徴とし、他のすべてを有徴とする体系へと再構築される。そこにおいて「BeTray」以外の人間に差別など原理的に不可能だった。男を罵倒することも、女を罵倒することも、異国民を罵倒することも、自国民を罵倒することも、障害者を罵倒することも、健常者を罵倒することも、すべてひっくるめて「他者を罵倒すること」しか意味しない。そして他社に罵倒を行った瞬間、連想的に「BeTray」が自分に対して行った差別的発言や罵倒の数々が想起される。つまり他者を罵倒することはイコール自己を罵倒することへと変わり果てた。「BeTray」を罵倒することばと、人類を罵倒することば、その二つしかなくなった世界で、当然人間は前者しか選べず、また前者を選んでもネットを巡回する「BeTray」によりボコボコに凹まされることは目に見えているので、しだいに人々は汚い言葉を使わなくなった。まさにあいつの望んだ「世界平和」の実現だ。

 ことが終わって、おれとあいつは会話する。そしてそこで衝撃的な事実が明らかにされるのだった……。

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