詩国ワンダーベースボール
@macchamitumame
第1話 埋蔵金だよ! 全員集合!
「次はカーブ」
夏雨が騒がしい夜のバッティングセンター。ねじり鉢巻きの若い男は百円球を木箱に投入し、立派な体格でバットを構えた。元高校球児だけあってなかなか様になっている。しかし。三十秒後に彼のバットは飛び魚のごとく勢いよく空を切った。大きな瞳の若い青年はくやしさ半分感心半分で、バットを下し。数メートル先の、デフォルメされた野球選手の絵が描かれた巨大な箱に話しかけた。
「あー、やっぱすずきの球は逸品だ! 手も足も出ねえ!」
「たいじは疲れてるんだよ。こないだの漁では遭難しちゃったし……」
「あん時はいろいろありがとな。魚がほんととれねーから、遠くに出てみたけど……鱒深さんの言う通りだったぜ……。このままじゃ、鯛三を週一しか絵の教室に通わせてやれねえ……」
野球球選手が描かれた、ベニヤ板のやすっちい壁の向こうから。雨合羽を着た市川すずきは二宮鯛慈を労り、鯛慈はそれに少し暗い声で答えた。それを聞いて、ベニヤ板の裏側のすずきは、励ますように言った。
「……みんなもだけどたいじも頑張ってるのにな。どう言ったらいいかわからないけど……六球タダにするから。どうぞ!」
「マジで! ただでさえ今日はすずきん家に泊めてもらってるのにわりいな! ありがと!」
「今日はどっちみち雨で客は来なかったし、気にしないで。……行くよ」
「おう!」
すずきは振りかぶり。いつもよりそっとボールを投げる。それをビュンビュン鯛慈はかっとばす。雨を切り裂く白球は弧を描き。『ホームラン』と書かれた場所を貫く勢いで体当たりする。
「ナイス!」
「手加減したろ」
苦笑いする鯛慈に、すずきはのんびり答えた。
「思いっきり何かに当たりたいときってあるだろ」
「あたりすぎな奴もいるけどな……」
二人の脳裏に。鉄パイプを持って大暴れした一人の男の姿が浮かぶ。
「あいつどうしてんだろな……」
「なんでも奄美大島でハブ取りとハブ酒作りの仕事をしているらしいよォ」
「せい! お前アーティストになるって言ってたじゃねえか!」
金色の星型スパンコールのパーカーを来た、小柄な青年・四谷鯖は、かわいいアニメ声で答えた。
「夢に破れて帰ってきたヨ」
「ま、まだ3年だろ! もっとがんばれよ! 米と野菜と干物くらいなら今年も送ってやっから! せめてお前には夢をかなえて欲しかったのに……なんてこった!」
「石の上にも3年、ということは。3年経って駄目なら駄目ってことじゃないカナ。コミマに自主製作のDVDは出し続けるけどサ……」
鯖がクネクネしながら、甘く甲高い声を発した時。続きの言葉を覆い隠すように雨風は激しくなった。屋根の下に入ってもザザザザと高速で絶え間なく侵入し続ける透明な冷たい粒に目を細めつつ、鯛慈はスマホを弄り。青ざめた。
「………鯛三やかつお達とは連絡がついたけど……うーみんが危ない…」
「だめだ! 今行ったら危ない!」
「そうだヨ。海底に引きずりこまれるヨ!」
「うーみんが! うーみんが!」
ベニヤ板の裏から駆けつけてきたすずきと鯖は慌てて鯛慈を羽交い絞めにするが。鯛慈は釣り上げられた魚のようにバタバタ暴れる。
「うーみんが……うーみんがあああああああ! あいつ体は大きいし無口だけど寂しがりやなんだ!」
「海爺さん達は台風があっても絶対に海に近寄るなって言ってただろ! もう船は倉庫に入れたんだから、あとは祈るしか……」
「船じゃねえええ! うーみんだ……鉄の男うーみーん…あああああああ!」
すずきと鯖を吹っ飛ばし。わりぃ、とつぶやいた鯛慈は濡れたアスファルトを一目散に走りだす。それを鯖は真っ青な顔で、少し遅れたすずきは涼しい顔で追った。
「たいじ! 危ないヨ! 」
「大丈夫。非番のいおりが来るから。それにしてもなんで野球部の時はこれくらい走れなかったのかな」
「な、なにいってるノ! 逆に困るョ!」
どうか弟さん達のためにも危険なことはやめて! ……そう鯖が祈った三十秒後。どさっと何かが倒れる音がした。水滴と風をかき分けて走ってきた二人の視界に、立派な体格の大男と、倒れた鯛慈が飛び込む。
「た、たいじ! 大丈夫じゃナイ! いおり何やったノ?」
「安心しろ。鳩尾を一発殴っただけだ。また集団行動を乱して他人に迷惑をかけるとは。たいじが軍隊に居たら毎日軍法会議だぞ! いや、全滅だッ! おい鯛慈! 何とか言ったらどうだ! 弁明は聞いてやる!」
「今は無理だよ。それよりいおり、風邪ひいちゃうからうちに運んでくれる? みおくんも、みやちゃんも雨の中突っ立ってるのはなんだし」
ごつい兄とは対照的な、かわいらしい中学生くらいの少年少女は鈴木の言葉にうなずき。雨合羽のフードを抑えて駆け足しながら言った。
「兄ちゃん、おれめっちゃさむい!」
「私も寒い! たいじ兄ちゃんも風邪ひいちゃうよ!」
「……そうだな。すまん」
反射テープが腕に貼られたウインドブレーカーの男・五島鮪織は、倒れた鯛慈を呆れたように見つめると。鯛慈を米俵のように担いで逞しい肩に乗せた。
<・)☆☆彡 <・)☆☆彡
数日後。島の大会議室ではこれからについて話し合いが行われていた。
「もう漁業は難しいです。採算が取れない。海温上昇のせいなのか、魚がこっちを通らなくなってしまったし、国から補助金が出ると言っても、借金してまた船を買うのは……神主さんの仰る通り台風も少し増えてしまったし……」
「……コレクターが多くて漁業の収入の大半を占めていたシルバードラゴンフィッシュもゴールドスターフィッシュも今年から漁獲禁止になったからな……それならその二つのグッズのスパンコール刺繍のグッズとかセーターを編んでる方がまだマシかもしれん……」
シルバードラゴンフィッシュは銀色に輝く龍の落とし子で、ゴールドスターフィッシュは金色の星型のうろこを持つ魚である。この美しい生き物たちは個体数が減ったことにより法律で捕獲禁止となり、他の魚もガクっと漁獲量が減ってしまった。このように漁業では採算がとりにくい事態になったため、漁師が網を編む技術を生かした製品を販売する会社が島に設立されたのだが。製品の完成度もブランド力も偉大なる先人の会社には及ばず、採算をとるにはまだ厳しかった。
「あの会社さんも、漁師をうけいれてくれると言ってくださったが、限度があるしな。お言葉に甘えて、ゴールドスターフィッシュのウォッチングクルーズとか、そういう観光方面にも参加させていただくしかないか……」
「シージャック対策なら、漁師はガタイの良さが逆にいいとおっしゃってくれたしな……それにしても神主さんの言う通りになったなぁ」
厳つい男達はマイクを弱弱しく握り、立派な肩をすぼめて俯いた。それを見た袴姿の茶髪の青年は立ち上がり、頭を搔きながら暗い曇り空のような顔で会釈した。
「当たってほしくはなかったんですが……本当になんと申したらいいのか……もっと強く止めていれば…」
「いや、神主さんのおかげで準備をしてから出発したから、全員助かったんだ! 本当に感謝している!」
「あ、頭を上げて下さい!」
マイクを握った男達も茶髪の青年に気が付いて頭を下げ。茶髪の青年はそんな彼らの頭を慌てて上げさせた。隣のジャージ姿の清楚な美青年は、眉を悲し気に傾けた兄を労わるように見つめ。そっと肩を叩く。そんな少し暗い部屋の中、飽田島市市長は苦し気にマイクを掴んだ。
「前知事が作ったドームは売り手が付かない以上、解体するとして……もう飽田島城やフィッシュウォッチングクルーズとかの観光を中心でやっていくしかないですかね。それと合わせて編み製品や島の特産物のたんかんや島バナナ等の通信販売もなんとか軌道にのせて……これ以上国の補助金にお世話になるのは申し訳ないですし」
飽田島は詩国から七百キロ程離れており、日本の海域維持に必要な島ということで補助金は出ているのだが。日本が不景気になったのもあり、島民の間では申し訳ないから独り立ちできるようになりたい、という空気になっていた。数年前に移住してきた飽田島市長はまた、苦し気に眉を寄せて考え込む。そこへ、スーツ姿の老人が入ってきた。
「飽田さん! 本日はありがとうございます!」
「遅くなって申し訳ありません」
頭を丁寧に下げた落ち着いた雰囲気の男……飽田氏は、この島の真ん中にある飽田島城の城主・飽田善右衛門の子孫であり。数百年前から飽田氏に代々伝わる槍や甲冑や陣羽織、その他様々な美しい美術品を収蔵した小さな博物館の館長でもある。
「今まで黙っておりましたが。我が家に伝わる古文書を頼りに我が家の庭を掘った結果、埋蔵金が出てきました。これを島のために活用していただきたい」
驚きの声で包まれる島の体育館。市長は慌ててマイクを握った。
「そ、それはありがたいのですが……その、よいのですか? こういったら失礼ですが老後の蓄えとか」
「それはご心配には及びません。ただし。この埋蔵金の半分は、用途を指定させていただきたい」
「と、申しますと」
「野球チームを作っていただきたいのです。この島に眠る、選手達のためにも」
詩国ワンダーベースボール @macchamitumame
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