着装麻雀

大村あたる

ネコミミ、尻尾、チャイナ服

「おいてめぇ! 兄貴になんて格好を!」

「銀、よせ。最初から決まっていたことだ」

 額に大粒の汗を浮かべながらそれでも平静を保ちつつそう返す仁を見て、銀次郎は苦悶の表情を返すしかできなかった。仁だって内心焦っているはずだった。これ以上醜態をさらせば、もうこの地域での面子は保てなくなる。だがそんな状況でなお仁は銀次郎を助けるべく、ワザと秀則に振り込んだのだった。

「俺はいい。俺は全てわかってここに挑んだんだ。だけど銀、お前はそうじゃねえだろう。お前は俺についてきただけの、いわば人数合わせみたいなもんだ。そんなお前がもうこれ以上辱めを受ける必要なんてねえ」

「でも兄貴!」

「はいはい、茶番はそこまでにしてねぇ。まったく、自信満々で勝負を受けて来たから、てっきり自信ありかと思ったのに。ガッカリだよ」

 ニヤニヤと笑いながらそんな言葉を投げつけたのは、仁の対面に座っていた秀則だった。肩のフリルを左手でいじりながら、退屈そうに呟く。

「ほらほら、早くしないと観客だって飽きちゃうでしょお? あ、それともなに? もうギブアップしちゃう?」

 秀則の声に合わせるようにして、部屋の外から大きな歓声が聞こえた。部屋を二つは挟んでいるだろうに、その声は今銀次郎たちがいる部屋を揺らすほどに大きかった。

「そんなわけないだろう。続行だ」

「だよねぇ! あの悪名高き如月仁が、まさかこの程度で諦めるなんてことないよねぇ! ……さ、じゃあ早く着替えてよ。みんーなお待ちかねだよ、ねぇ、忠義?」

「……俺は麻雀ができればそれでいい、早くしろ」

 銀次郎の対面に座る忠義は静かにそう答えた。表情は開始当初の強面から一切変わっておらず、唯一変化があるとすればそのスキンヘッドに静かに装着されたネコミミだけだった。

 やがて仁はゆっくりと無言で席を立ち、その右手に猫の尻尾を掴みながら奥の扉へと進んでいった。銀次郎はそのミニスカメイドの後姿を見つめることしかできなかった。

 扉が閉まると銀次郎は扉の向こうにいる仁に聞こえない大きさで、しかし確実な怒りをこめて秀則へとへと喰いかかった。

「おかしいだろ! 俺のチャイナ服もいい、忠義のネコミミも理解できる。だがテメェはなんでクラシックメイドで、アニキはミニスカメイドなんだ!」

「なんでって、そりゃ点数が足りてなかったからだ。服の指定はあくまで点数を与えた側が、その点数によって決められた範囲で指定できる。この着装麻雀の基本中の基本だ。始まる前にも聞いてただろう?」

 銀次郎はただ悔いることしかできなかった。たしかにルールは聞いていた。だがまさかたかが2200点の差が、ここまで大きいとは思っていなかったのだ。

「しかし楽しみだねぇ、あの仁が、ミニスカメイドで、しまも猫尻尾だよ? いったいどんな顔をして扉から出てくるのかと思うと、今から笑いが止まらないよ」

 クツクツと笑いながら面白そうに目を細める秀則。思わずいつものように睨みつける銀次郎だったが、しかしその姿も今のチャイナ服姿では滑稽に映るだけだった。


 


 着装麻雀の夜は、まだ始まったばかりだった。

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着装麻雀 大村あたる @oomuraataru

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