第16話
「ま…ま…」
「ま…?」
パクパクと間抜けに口を開き、何か言うとしている彼女に、今度は裏神が?を浮かべる番だった。
「ますたぁあああああ!!!」
目にも留まらぬ速さで悲鳴をあげながら家の中へ。
フィーリアが無意識のうちに手放した差し入れは、奇跡的に裏神がキャッチした。
そして彼女は減速なしで仁の部屋に飛び込んだ。
「うおっ」
悲鳴を聞きつけてか目を覚ましたらしい、上体を起こした仁に涙ながらに彼女は飛び付いた。
勢いそのままだったため、飛んで来た拍子に彼の後ろ頭が壁に激突したが、フィーリアはそんなことにも気づいていないらしい。
「マスター、ますたー、マスター!私また…あの、私…」
飛び付いてきたというのはつまり、抱きついてきたということだ。
動揺そのままに、仁の服を握り締めた彼女はそして彼の顔を見上げ…
「私、捕まって実験されちゃうんですか!?この国の人達にモルモットとして捕まって、一生、もう…!」
それから、それから…!と加速的に嫌な妄想が溢れ出ているらしい。
その謎のワード達の登場で、彼は状況を察したらしい。
…誰か家に来たのか。んで扉を開けたと。来たのは十中八九…
「ああ…来たのは誰だ?」
「女の子…1人です。マスターの、友達って…」
裏神か…。
安心させる為、普段ならやらないであろうに…仁は彼女の髪を撫でる。
「…大丈夫だ。俺がいる限り、お前が心配してるようなことにはさせない」
能力やらの二次元的な物に対しての情報に規制は掛かってるし、仮に見られたとしても作り物だとか言い張ればいい。もしくはそういう能力だとか。兎に角今、一番不味いのは…
仮に作り物だと言ったとして、耳と尻尾を着けたメイドが家にいるということを知られたことだ。
…趣味だと思われなければ良いが。
不安でガタガタ震える彼女と、その正反対、別の不安で心の内で震える彼。
正直事情を知った者の視点から見ると、相当シュールである。
フィーリアを左手で撫でて落ち着かせている…その状況がまた、彼にとってはヤバいものだと、今になって認識した。
しかし今になって止めるわけにもいかず…冷静になった頭で彼は右手でスマホを弄りだした。
「…その…もう大丈夫なんですか?起きて」
「ああ。ずっと寝てたからな。というか、来なくていいって連絡しただろ」
玄関に放置していた裏神を迎えに行き、中に入るように促した。現在2人は机を挟み向かい合う形でソファに座っている。
「生徒会の方々に話したら、リーストさんなんかが特に行こうとして…複数で行くのは良くないと、なんとか言いくるめたんです。それで私が代表として…」
「いや、そもそも来るなと…」
反射的に言ってしまってから少し後悔した。
来てくれた相手に言う言葉ではないと思ったが、普段通りには働かないこの頭が悪い。
「それは…だって…」
言い淀んで視線を横にずらす。基本相手を真っ直ぐに見る彼女がそれをするのは決まって…
「と、友達、ですから…」
恥ずかしい、似合わないようなことを言う時だった。
やたらそれを使いたがる。もしかしたら彼女は…“友達”がどう在るものなのか、知らないのかもしれない。
或いはもしかしたら、これが彼女なりの友達の在り方なのかもしれないか。
「…そうか。…はぁ、成る程。まぁなら良かった。他の奴らだったら余計話は拗れただろうしな」
とりあえずはホッと胸を撫で下ろす。
これで会話が終わったなら良かったのだが、そうは流石にいくはずもない。
「それで、あの…先程の方は…」
フィーリアには隠れてもらっている。
化かして連れて行こうとも思ったが…ここは自分の弁論技術一つで切り抜けてみせよう。
「初めの夜に歩いてたら、メイド服を着て家の前で倒れてたんだ。なんでも…親とも連絡がつかず、ドジが酷くて捨てられて、世間知らずだから当てもなく彷徨い歩いてたらしい」
「はぁ…それで、雇うことに?」
「放っとくわけにもいかないからな。雇うというより居候みたいなもんだ。この家も綺麗だろ?前までは埃とかもそこら中にあったからな」
真に限りなく近い嘘を交えつつ、彼は自然に語ってみせた。
成る程…?と裏神は多少は納得したらしい。
「しかしあの方…中学生ぐらいですよね?」
「ああ。…正直俺もそこらへんはよく知らない」
「そんな方を貴方が家に入れるとは思えないのですが…」
疑るような視線で射抜かれる。
しかしそんなことで動じはしないし、寧ろそれはチャンスだった。
「まぁそりゃ普通は入れない。だが、お前も見ただろう?」
「…あの尻尾と耳ですか」
気付いたらしい。ぴくりと目が少し見開いた。
疑いは、正反対の方向へ確信を促す罠にもなるのだ。
「ああ。俺も見たことのない種類の能力なのかもしれない。もしかしたら…」
あの“世界”とも関係するのかもしれない。
…そう言おうとして、しかしやはり止めた。
…裏神には少しでも手掛かりを与えてはいけない。スタート地点、その次の点、そこまで与えればゴールに辿り着けるだけの、並外れた脳を持っているからだ。
「なにかしら使えるかもしれないしな」
「はぁ…ですがあの、ますたー?というのは…」
「そう呼びたいと言われたんだから仕方ないだろ」
自分が呼ばせたわけではない、強く主張するわけでもなく、溜息をつきながらやれやれと言った様子でそう訴えた。
「先程の怯えようは…?」
「あの耳と尻尾、いつもは上手くカモフラージュしてるんだよ。他の人に見つかったら何されるかわからない〜って。それを忘れてたから、見られて、お前が調べようとするんじゃないかと怖がったんだろ」
夢見がちな年頃だしな、なんてあてずっぽうなことをぼそりと言うと…
「まぁ、同じ理由で皆さん能力を隠してるわけですからね」
…顔には出さず、心の中でのみ大きく溜息を吐いた。
どうやら納得させることができたらしい。
これが他の奴らだったら、ここまで上手くはいかなかったかもしれない。
十柏だったなら終わっていた。
「ですが、能力なんてものがそもそも何故あるか、どういう原理で使えるのか、それすら解っていませんから…世界中の誰であろうと、調べようが無いとは思いますが」
「とりあえず、他言無用で頼む」
「はい、解りました」
一区切りがつき…そして会話は止まった。
…そもそも女性と話した経験など皆無で、それも子供となると完全壊滅だ。
対して裏神も、男の家に上がったことなど無いのだろう、今になって居た堪れないようにキョロキョロと部屋を見回し出した。
…その空気に耐えかねたかのように、仁の腹の虫が鳴った。
「あまり長居しても悪いですし、もう失礼しますね」
聞こえたのか否か解らないが、裏神はその音には触れずにソファから立ち上がり、そのまま玄関へ。
彼もそれを見送りについて行く。
「では、お大事に」
靴を履き、一度振り返り頭を下げる。扉を開き外へ、閉めようとして…一度こちらを見た彼女と目が合った。
なんとなく…右手を挙げると、裏神も右手を挙げ返し…それを左右に少し振り、扉を閉めた。
…サンキュー。そう礼を言おうともしたのだが…彼の頭は既に調子を取り戻していた。
弱った体に身を任せて、裏神にそれを言えたなら良かったのだが…その言葉が自分には似合っていないということを思い出してしまっていた。
彼は腹の虫に従い、少し早めの夕食を取ることにした。
「ふぅ…ご馳走様」
「はいっ!沢山食べられましたねっ」
「ああ…もう平気らしい」
昼食を食わなかったこともあって、かなり腹は減っていた。
食欲も戻ってきていて、明日からはまた、普通に学校に行くことになるのだろう。
さて…と、裏神が持ってきたプリンを二つ、冷蔵庫から取り出し、スプーンと共に机の上に置いた。
「フィーリア、プリン、食うだろ?」
「え?ですがそれは…」
「片方はお前のだと思う。同居人がいる事は勘付かれていたようだから」
何故二つあるのか…恐らく彼女は、あの弁当を作った誰かがいることを予想していたのだろう。
恐ろしい子供である。
…自分用?いや多分それは…うん、多分、きっと無いと思う。
「2個も食う気にはなれないし…嫌いなら良いんだが」
「いえっ、甘い物は大好きですっ!」
洗い物を直ぐに終えると彼女は向かいのソファにつき、スプーンとプリンの容器を手に取った。
それに合わせて仁もプリンを取る。
主人が取ってから取るのが普通な気もするが、彼女はそれが良いのだ。
(いや、毒味的な意味では使用人が先に食べるべきなのか?)
「ん〜っ、美味しいですっ!」
口に入れ、目を輝かせたフィーリアは、落ちそうになる頬を押さえ、ゆっくりと味わってそれを食べていた。
……。
「…マスター?」
その様子を見ている今が、堪らなく…なんというんだろう、嬉しかった。
先程涙ながらに飛びつかれた時はどうなることかと思ったが…今彼女がこうしていてくれているのが、落ち着く。
…偶には何か、喜ばせられるような物を買ってこよう。
心配はいらないだろうが、それが当たり前にならない、食べ物なら太らない、癖になりすぎない範囲で。
だから…フィーリアが絶望に染められる日が来ませんように。
いや…俺が、来させはしない。絶対に。
例え誰を…殺すことになったとしても。
それは兎も角として、仁もプリンを一口。
「…あ、うまいなこれ」
2人してそのプリンに頬を緩ませた。
結論の仮定のif 北口 @kitaguti
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