ふたりの山頂

 いつもの場所で彼女と待ち合わせ。

 年度末の委員会活動で遅くなっている有紀を待つため、先に山頂の神社へ来た紗英は、いつもの縁台に座ると、カバンからお菓子を取り出して準備をしている最中に、周囲の違和感に気が付いた。

 目の前の茂みに、ブルーシートに包まれた、工事現場でよく見る足場などが置かれていた。不思議に思い、立ち上がって確認をしようとしたその時、不意に茂みの奥から数人の男が現れた。


 自分しかいないと思っていた山頂で、しかも男の集団が茂みから出てくるなどと、全く予想していなかった有紀は、思わず大声を出してしまった。

 だが、それは向こうも同じだったようで、まさか神社の縁台に女子校生が座っているなどとは夢にも思わず、つられて大声をあげていた。


 よく見ると男たちは、作業服にヘルメット、そして測量器具などをもっていて、どこかの工事関係者のようだった。


「びっくりしたー。おじさんたち、いきなり出てこないでよ!」


 お兄さんもいるのだが、驚かされた恨みも込め、あえて“おじさん”と呼ぶ紗英。


「いやいや、こっちも驚いたよ。山頂に人がいるなんて役所から聞いてなかったもんで。驚かせてすまんね」


 作業員らしい男達4人が口々に、申し訳ない、ごめんね、と紗英に軽く頭を下げる。


「ちょっとここで作業させてもらうから、気にしないでくれ。もうすぐ終わるから」


 と、男達は忙しそうに、測量の機材を広げはじめた。


 紗英はひと安心すると、しばらくボーッと眺めていたが、このままでは雑草どころか、有紀が来てしまうと面倒くさい事になりそうな気がしてきた。そこで、近くの作業員に声をかけた。


「あのー、なにやってるんですか?」


 すると若い男は手を止めて紗英のほうを向いた。声をかけられて心なしか嬉しそうだ。


「来月から工事があるから、今測量してんの。ここ、展望台にすっからさ」

「ここを展望台に?」

「おねえちゃん知らないのか。そういやまだ発表になってないか。役所が登山道を整備して、ここの木を伐採して、展望台を作るんだとさ。何でも観光の目玉にするとか言ってたなぁ」


 もう1人の作業員が手を止めて。


「そうだ、おねえちゃん。来週からここには入れなくなっからごめんな。登山道の入り口に柵作るから」


 紗英は突然の事に、返事が出なかった。





「なんだってさ。ここはもう使えないね」


 ちょうど作業員と入れ違いで山頂についた有紀に、簡単に説明をする紗英。思い入れのある場所だけに、落胆はかなりのものだった。

「そう言えば、確かに登山道の木が、所々で伐採されていたね。そういうことだったのか」

「今生えてる分はほっといても大丈夫だけど、この辺全部整地するみたいだから、袋に詰めて隠してある分だけは処分しないとマズイかも」


 肩を落として、ため息混じりにうつむく紗英。


「来月から工事って事は、あと2週間あるよね。まだ時間はあるからゆっくり考えましょ。元気だしてね」


 そう言うと、雑草がみっちりと詰まった、手製の水パイプを有紀は手渡す。

 紗英はブクブクと肺いっぱいに雑草の煙を吸い込むと、息を止めたまま

 有紀に返す。もちろん有紀も同じように吸い込み、お互い限界まで息を止めて、ゆっくりと煙を吐く。


「あと2週間かー。別に雑草が惜しい訳じゃなくて、この場所が変わっちゃうのが寂しいの。有紀との思いでの場所だから」


 有紀は優しく紗英を抱きしめる。


「工事が終われば、またここには来られるじゃない。神社はそのまま残すみたいだし」


 紗英の耳に優しくキスしようとすると、紗英が突然立ち上がった。


「いいこと思いついた!」


 紗英の雑草から来る唐突な思いつきは、今に始まった話ではない。デートのアイデアから、悪巧みまで色々なことを、この神社で思いついては、有紀をあきれさせる。


「残りの雑草は全部ここで燃やそう。それがいい」

「でも、そんなことしたら目立つと思うけど」

「日が落ちれば、遠くから見た山頂は真っ暗だから、多少の煙は目立たないと思うよ」


 言われてみると、神社の床下に放り込んである雑草の量が、尋常ではないのが問題だった。2人でしか吸わないので、雑草の成長に消費が追いつかず、かといって放置すると勝手に増えるので、定期的に刈り取って間引きしていたのだ。

 末端価格にすると、間違いなく大きなニュースになる量があるので、存在そのものを消す必要がある。家に持ち帰ったり、他に隠すのは確実に見つかるので論外だ。そう考えて、有紀は決めた。


「わかった。今週の土曜日のお昼集合。全部処分して、日付が変わる前に帰りましょうね」

「やった! そんな有紀の事が大好きよー」


 本当に大丈夫なのだろうかと心配になったが、おどける紗英の笑顔を見ると、まあいいかと思ってしまう有紀だった。



 土曜日の12時きっちりに集合した二人。お互い私服で、紗英はパーカーにミニスカートというラフな装い。対して有紀は、フリルのついたAラインの甘ロリワンピースという、お互いの性格がよくでている服装だった。


「有紀、かわいすぎるから、そのブランド禁止」

「紗英も、妙に似合うから禁止」


 誉めているのかよくわからない会話をしながら、そのまま登山道を登ってゆく。すでに工事が始まっているようで、歩きにくい場所には、荷揚げ用に鉄の足場が置かれていたり、木が伐採されていてかなり歩きやすくなっていた。


「本当に工事するんだね……」

 紗英は驚きと寂しさが混ざった感情でつぶやいた。

 あまり感傷的になっても仕方がないので、有紀は明るく返す。

「そうね、観光の目玉になるのかはわからないけど、いい事じゃない?」

「うーん、そんなもんか」

「そんなものよ」

 実は有紀も少し寂しいのだが、それを見せると紗英が落ち込むと思い、強がって見せていた。


 山頂に上がると、そこはすでに工事用資材の山だった。

 以前の量とは比べものにならないほど、所狭しと置かれている。大きな工事が行われることは素人でも一目瞭然だ。

 慌てて紗英は神社の床下を覗くと、雑草が入った袋は手付かずのまま、そこに置かれていた。


「よかった。見つかってるかと思った」


 そう言いながら、雑草が一杯に詰まっている、45リットルのゴミ袋を引っ張り出した。その数は3袋もあり、愛好家なら泣いて喜ぶが、いざ処分するとなると非常に困る量だった。


「燃やすのは日が暮れてからにして」


 紗英は縁側に座ると、大きめのリュックサックからいつものようにお菓子を取り出して並べ始める。有紀も隣にちょこんと座ると、ハンドバッグからタブレット端末と充電用のバッテリーを取り出す。


 お互い顔を見合わせて、軽く頷くと、紗英は水パイプを取り出した。





 タブレットのSDカードにダウンロードしておいた映画を3本も見終わる頃には、二人とも雑草を嫌というほど吸って、持ってきたお菓子も食べ尽くし、多幸感に包まれながら、西日が射す黄昏の縁側で、仲良く手をつないで寝そべっていた。


「も、もう笑いすぎて腹筋が割れてる」

「ここで映画を見るのも最後だから、コメディにしたの。私の厳選ハリウッドコメディ3本立てはいかがでしたか?」

「下手な筋トレよりも効果あるよ。これ毎日やったら夏のプール授業、自慢の腹筋を披露するためにビキニで受ける事間違いない」


 想像したのか、有紀はたまらず吹き出す。


「それいいね、プール開きはお揃いのビキニで出ようよ。先生びっくりするよ。『水着が自由と言っても限度があるぞ!』って」

「あいつ、頭堅いから腰抜かすかも」


 腰を抜かした姿を相応したのか、有紀は笑いが止まらなくなる。こうなるとしばらくは笑い続けているので、紗英は立ち上がり、雑草が詰まったゴミ袋を逆さまにして中身を取り出し、一カ所に集め始めた。立ち上る独特の香り。

 いざ集めてみると、その膨大な量を目の前に少し興奮してきた。ネット動画で見た、麻薬組織から押収した雑草を焼却処分するニュース映像を思い出しながら考え込んでしまった。


“あの動画はとんでもない量だったなー、この何十倍もあったなー”


 などと興奮もそこそこに、思考の海に溺れてしまい、棒立ちで雑草の山を眺めながら、延々と答えのでない脳内問答をしていた。すると。


「まーた考えこんでる!」


 有紀が笑いから復活して、後ろから紗英に抱きついた。

 へへへーと甘えた笑みを浮かべながら、なまめかしく紗英の体をなで回す。


 あたりを見回すと、日も暮れて辺りは真っ暗になっていた。

 しがみついて離れない有紀を引きずるようにして雑草の山に近づくと、ライターで火を着ける。乾燥しきった雑草の種火は、あっという間に燃え広がり、キャンプファイヤーのように二人を照らし出した。


 そして周囲は怪しくも優しい煙に包まれる。


 紗英は振り返ると、しがみつく有紀に優しくキスをしながら、縁側に押し倒す。そのまま太股に手を伸ばし、優しく指先で撫でるとその手をワンピースの中を通して胸まで上げると、スカートも一緒にまくれ上がった。


「ワンピースって、エロいよね」

「エロいって思う人がエロいんです」


 言い返す有紀を紗英は唇でふさぐ。この生意気な小娘を懲らしめなきゃ。


「これ、紫の煙だね」

 紗英は有紀を優しく愛撫しながらつぶやく。

「ジミヘンも、この光景見たのかな」

 息も絶え絶えに、声を絞り出す有紀。

「見ないとあんな音楽作れないよ」


 そこでふと、紗英は以前見た海外のニュースで、マフィアの麻薬を燃やす現場レポートのオチを思い出した。

 現場で実況していたレポーターは、風向きが悪く煙を吸ってしまい、笑いが止まらくなってレポートどころではなくなり、スタジオも大笑いしながら中継が終わるんだった。

 これはマズイと気が付いたときには遅く、周囲に立ち込めた雑草の煙を吸い込んだ有紀は、紗英の愛撫そっちのけで、楽しそうに笑い続けるだけの可愛らしい女の子になってしまっていた。紗英は服から手を抜くと、有希を優しく見守るしかなかった。





 あれから数日後、始業式の帰り道。


「あれよくバレなかったよね」

「翌日雨が降ったから、灰とか全部流れたみたい。近くの家には煙が届いてたみたいだけど、その夜はいつもよりもご飯が美味しくて、テレビも面白かったらしいよ」


 紗英のつまらない冗談に有紀は吹き出した。


「それつまんないよ!」


 そういいつつも有紀の笑いは止まらない。

 よく笑う有紀の手を引きながら、紗英はキョロキョロと地面を見て落ち着きが無い。


「紗英、どうしたの?」

「うーん、そろそろなんだけどなぁ……」


 相変わらず落ち着き無く、周囲を見る紗英。


「あった!」


 そう叫ぶと、紗英は歩道沿いの植え込みに駆け寄り、しゃがみこんで一点を指さす。


「有紀、見てよ!」

「なになに、どうしたの?」


 そこには、小さいがはっきりとした、特徴のある葉が芽生えた「雑草」が生えていた。

 紗英は有紀に内緒で、山頂の工事が始まると知ってすぐに、町中に雑草の種を蒔いて歩いていた。種はいくらでもある。それを全部、歩道の植え込みから河川敷、学校の校庭や畑など、土がある場所には全部蒔いていたのだった。


「うわ、本当にどこでも育つんだね」

「だから言ったじゃない。でもね、これは雑草だけど雑草じゃないの」

「じゃあこれはなに?」

 有紀は小首を傾げる。


「わたしたちの子供。街中に蒔いたから、どれかは大きくなると思うよ」

「紗英、そのセリフ真顔で言わないで。ぜんぜん似合わないから」


 しばらく顔を見合わせていたが、有紀が吹き出すと紗英もつられて笑い出した。


「別に雑草なんか無くても有希がいるからいい。でも、しばらくは街中に生える雑草で大騒ぎになるから、それを眺めて楽しもう」

「紗英は本当にろくな事思いつかないよね」


 二人は植え込みのそばから立ち上がり、しっかりと手をつなぐと、これまでと違う毎日へ踏み出していった。



 おわり

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百合と雑草 しんいち @i27256

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