ふたりのデート(後編)
朝一番の電車で東京に向かった2人は、開園の1時間前には到着したが、閑散期とはいえ、すでに大行列となっていた。
「うわー、混んでるね」
久々に来る帰国子女の有紀にくらべると、何度も遊びに来ている紗英は答えた。
「まだ空いてるほうだよ。絶対に乗りたいものとか無いよね?」
「うん、ブラブラとデート出来ればいいかな」
そうなると、慌てて並ぶ必要もない。
紗英はカバンからヴェポライザーを取り出すと、2人で多目的トイレに入った。双子ルックの女の子が2人で入るのなら、それは化粧を2人で直すのか、それとも着替えるのか、可愛らしい行動にしか見えなかった。
「さあさあ、軽く吸っておこう」
なれた手つきでキャップを外し、雑草を詰める紗英。
「火災報知器鳴らないよね」
「鳴らないと思う。前にショッピングモールで試した時は大丈夫だったし。そのかわり、煙はゆっくり吐いてね」
ボタンを押して雑草を加熱。そのまま吸引。
深く肺に入れると、息をそのまま止めて、有紀に手渡す。渡されるとそのまま同じように吸い込み、お互いがにらめっこのような状態で息を止め続ける。
最初に吹き出したのは有紀だった。
「だめ、私やっぱり笑い上戸になっちゃう」
そんな事を言いながら、おなかを押さえて笑いをこらえている。2人がもう一度づつ吸い込むと、詰めた分の雑草は燃え尽きた。
「ふわー、外から聞こえてくるBGMがヤバいよー」
紗英の頭には、エンドレスで軽快に流れるBGMが、鮮明に入ってくる。
「頭に響くね。中に入ったらすごいことになりそう」
顔を見合わせると、2人は軽くキスをする。
そして同時に。
「「雑草の匂いがする」」
と声をハモらせると、たまらず顔を見合わせて笑い出した。
開園時間までは、列に並ばず、入園ゲート脇にある「お弁当広場」で待つことにした。ラットランドは軽食以外の食べ物は、原則持ち込み禁止のため、知らずに持ってきてしまった人が園外で食べるために、ベンチとテーブルが設置してある。ちなみに、園内にはレストラン以外、テーブルとベンチが一緒に設置されている場所は、原則として存在していない。
「音楽がすごい来る。入ってくるよー」
などと、早速いい感じの紗英に対し、有紀は持参したガイドブックを
「なるほど、そうか」などと、瞬きもせずに読みふけっている。
「有紀、ガイドブック面白い?」
「おもしろい」
「そっかー、よかったねー」
「私、今サッド・マウンテンに乗ってる」
「そっかー、よかったねー」
そんな会話をしていると、BGMが代わり、開園を告げるアナウンスが流れた。
「いこうかー」
「うん、でもその前に、もう少し吸っていこう」
有紀はいつの間にかやる気満々だった。
前売り券を提示して入園すると、音と色彩、そして着ぐるみたちが2人を出迎える。実はゲートをくぐるまでは、わざと殺風景にして、入園した瞬間に、視覚と聴覚に強烈なインパクトを与えて、現実と切り離すための演出だが、雑草でいい感じの2人には、本当に夢の国に来たとしか思えなかった。
「これは想像以上だわ」
視覚に飛び込んで来る情報量に呆然とする紗英。元々のコンセプトから、視覚や聴覚に訴えかけるように作られているだけに、そこが過敏になっている状態では、さらに増幅されて脳に伝わってくる。
対して有紀は、ゲートのはじっこで、誰にも相手をされずに1人芝居をしている、ペンギンのキャラクターに向けて走り出していた。
「かわいいい! 紗英、写真撮って!!!!!」
子供のようにはしゃぐ有紀。
あなたのほうがよっぽどかわいいよ。とため息混じりに小さくつぶやくと、スマホを取り出して撮影を始めた。有希は完全にスイッチが入っていた。
園内をブラブラとデートする。
途中で園内でしか買えない、キャラクターを形どった高いアイスなどを食べつつ、混んでいないアトラクションを探していた。
「紗英、これどうかな?」
有紀が指を指す方向にある“サイコパス・アパートメント”は、殺人鬼が住む家をモチーフにしたアトラクションだ。ゲストはライドに座り、シリアスかつコミカルな演出の殺人鬼に閉じこめられたアパートメント、すなわちマンションから逃げるという経験をするアトラクションだ。
「いいね。待ち時間も15分だし」
「じゃあ決まり」
ライドに乗り、半分も過ぎて、いよいよ殺人鬼からどうやって逃げようか? という所で、ガタンと急停止する。
「あれ、止まった」
そして館内アナウンスが流れる。
「サイコパス殺人鬼が、勢い余って電源までナイフで切ったらしい。電気が通じるまでその場でじっとして、動くのを待ってほしい」
不意の事態でも、観客には世界観を絶対に崩さない。ラットランドが徹底したイメージを持つのは、こういった細かい気配りである。
このアトラクションは、とりわけ止まりやすいと噂されている。その理由は、題材が殺人鬼ということで、犠牲者の呪いだとか、そんなよくある話である。実際の所、ちょっとしたトラブルでも安全を再優先に停止するだけである。
真っ暗な中で、縁が高めに作られているライドは、等間隔に並んでいるが、他の客からライドの中は見えないように工夫されている。
「ねえ、今だれも見てないよね」
そう言うと有紀は紗英の胸に手を伸ばす。
「え、ここで?」
声を無視して、紗英の胸を優しく撫でる。
そのまま有紀は紗英に多い被さり、唇をふさぐ。
優しいディープキス。その優しさに反比例するように、有紀は手を大胆に動かし、ついには服の中に入ってきた。
紗英は唇を離して、何とか言葉を出す。
「だめだよ、カメラもあるし、見られてるよ」
「じゃあ、見せようよ」
再び唇をふさぐ有紀。そのまま直接、紗英の胸に触る。小さな胸を優しく撫でながら、口で紗英を激しく犯す。
暗がりの中、周りから見えないライドシートの中で、大胆になっていく。
「なんだか興奮するね」
有紀はそうつぶやくと、あいている手を紗英の股間に伸ばす。
紗英も負けてはいられない。有紀の背に手を回すと、ブラのホックを服の上から外し、豊満な胸に手を伸ばしてゆく。
やわらかい肌を撫でながら、その丘の頂点にある突起に手を伸ばし、人差し指と中指で挟んで転がすと、だんだんと起立してくる。
いい感じだと紗英は手応えを感じる。有紀はここが弱い。実際に息が荒くなり、股間に伸ばした手の動きが鈍くなる。ここで責め立てないと有紀のペースになると思い、紗英は勢いのままに有紀を狭いシートで押し倒した。
倒れた有紀の両腕を抑えて、紗英は顔を近づけて一言。
「ねえ、こんな事したら大変だよ。戻れなくなっちゃうよ」
有紀は勝ち気に笑う。
「戻るところなんてもうないよ」
そのまま紗英は有紀に多い被さると、激しい、舌と唾液が絡み合うキスをしながら、お揃いで買ったミニスカートに手を入れる。
「有紀、新品のショーツが台無し」
「だって、紗英とデートだから、私もがんばって、あの、たくさん考えて、かわいい下着を……」
「こんなんじゃ、優等生失格だね」
有紀の敏感な部分に指先が触れる。
背を仰け反らせるのを無視して、紗英はさらに責め立てる。優しく、ゆっくり、その部分をもてあそぶ。
指の動きに合わせて、切ない声が漏れるが、紗英は手をゆるめない。
「こうしたかったんでしょ、私はわかっていたよ。何で最初に言わないの?」
「だって、すごく恥ずかしい。そんなこと言えない」
そこでアナウンスが流れた。
「待たせてしまい申しわけない。最近のサイコパスは限度を知らん。電気がまた流れたから安心してくれたまえ。動き出す際には衝撃があるので、しっかりつかまってくれよ」
ふと我に返る2人。
ガタンと動き出すライドの中でお互いに顔を見合わせる。
「変態!」と有紀。
「でも良かったでしょ」勝ち誇る紗英。
乱れた着衣が直る頃には、マンションから出る時になっていた。
「はぁー、紗英があんなに大胆になるとは思わなかったよ」
名物のペッパーポップコーンと、スポンサー企業が独占的に販売しているお茶を買って、ベンチで落ち着く2人。
「それはこっちのセリフだよ。最初に触ってきたのは有紀じゃん!」
「そうだっけ?」
しれっと、有紀はポップコーンを口に運び、ペットボトルのお茶を上品に飲む。
「ほんとう、いいところで動いたから助かったねー」
ポップコーンをほおばりながら、負けずに答える。
「あのまま動かなかったら、どうなってたのかなー」
もぐもぐと食べ続ける。
「あのままだと、おかしくなってた。動いて良かった」
有紀は赤面しながらうつむき、動きが止まった。
「紗英はずるいよ、あんな状況であんな事。だめになっちゃうよ……」
もじもじと足をすりあわせながら、目を合わせずにポップコーンを口に運ぶ。ぱくぱく、ぱくぱくと、その動きは止まらない。
紗英は思わず口にでる。
「かわいい……」
テーマパークの魔法に捕らわれた有紀は普段こんな事を言わない。いつも冷静で、時にはリードする。有紀はこのテーマパークの魔法に捕らわれている。これは雑草の効果だけではない。
優しく有紀の肩を抱く紗英。
「いいじゃん。楽しいよね。楽しいならいいんだよ」
「そうだね。最高に幸せ」
その後、幾つかのアトラクションに乗り、疲れては休みを繰り返していると、冬の空は早くも暗くなってきた。
そのタイミングで、何かお揃いのグッズを買おうという事になり、お土産店でネズミの耳がついた定番グッズを購入した。
恥ずかしいと照れていた紗英だったが、あれこれと楽しそうに選ぶ有紀を見ているうちにあきらめた。
「なんか変じゃない?」
多目的トイレで紗英はしきりにカチューシャをいじっている。
「ぜんぜん変じゃないよ。似合ってる」
後ろで有紀はヴェポライザーの吸い口を舐めながら、着けては外している紗英が面白くて、一生懸命笑いをこらえる。
「これで雑草終わりだよね」
「うん、それで最後。あんまり持ってきてないから」
そうは言っても3グラムはあったよねと思いつつ、有紀は残りを肺の奥まで吸い込むと、あーでもないこーでもないとせわしない紗英の肩を叩いた。
「なに? 有紀……」
言い終わらないうちに有紀は自分の唇で紗英の唇をふさいで、マウストゥマウスの要領で紗英の肺に、自分の煙をゆっくりと流し込む。
唇を離すと、トロンとした目の紗英に有紀は。
「はんぶんこだよ。パレード始まるから行こう!」
と優しく声をかけた。
外はすっかり暗くなり、照明も落とされているので手元も見にくい。パレードルートの周りは、何時間も前から場所取りをしている人で埋め尽くされているので、2人は少し離れた場所で待つことにした。
「夜は寒いなぁ」
風がだんだん強くなってきて、手袋にマフラーでも、おしゃれの為に薄着で来たので、紗英は手足をパタパタとさせて、少しでも体を温めようと必死である。
「そんなことだろうと思って、これ持ってきたよ」
有紀はカバンからフリースのブランケットを出した。
「こうやってね」
片方を紗英の肩に、もう片方は有紀の肩に乗せて、2人は出来るだけ密着した。
「暖かくなった?」
「すごく暖かい。有紀、準備いいね」
さらに肩を寄せ合う2人。ブランケットの中で、しっかりと手を握りあい、パレードの開始を待つ時間は、幸せそのものだった。
すると園内の照明が一段と暗くなり、周囲からは歓声があがった。
リズミカルな電子音のマーチが流れ出すと、パレードルートの向こうが明るくなると、LEDの電飾が施された、キャラクターやアニメのワンシーンを形どったの山車«だし»が通過してゆく。
「うわわわ、これは大変だ!!!」
紗英は目を見開いて山車に魅入っていた。
最新の技術で、音楽と寸分違わずにシンクロしてLEDが点滅する。山車に乗るキャラクターの着ぐるみの動作、セリフも一切のズレがない。
「昔見たのとぜんぜん違う。今はこんなに綺麗なんだ……」
有紀も呆然と眺めている。開園して30年の間に、技術は常に更新され、最新の物を取り入れるのが、このテーマパークの特徴だ。
「ダンサーもすごい、服が光ってる。本物の妖精みたいだよ」
山車と山車の間には、大勢のダンサーが、光り輝く衣装をまとって行進していく。
パレードに完全に魅入っている二人は、会話はともかく、ボキャブラリーも乏しい。脳の機能が映像と音楽を処理することに集中しているためだ。約15分のパレードが終わり、照明が明るくなっても、二人は呆然とその場に佇んでいた。
紗英が口を開く。
「すごかった。おしっこ漏れそうだった」
「ちょっと紗英、本気で言ってるの?」
「半分冗談だけど、半分本当。光と音にびっくりしたよ……」
もう、と頬を赤らめつつ有紀が言葉を出そうとした時、園内アナウンスが流れた。
「本日の“ラットファンタジー・ファイヤーイリュージョン”は強風のため、中止となりました」
このあと続けて行われるはずだった、花火が中止になったという案内が流れると、花火を待っていた人たちが、一斉にアトラクションへ走り出した。それを横目に、紗英は切り出した。
「帰ろっか。門限ギリギリだし」
うー寒い、とブランケットを畳む。
「帰りたくないよ……」
優等生の有紀から、意外な言葉が出た。
すねた姿もかわいいが、本当に門限がギリギリなので、花火が中止になったのが、逆に好都合だった。
「わがまま言わないでね」
有紀はなかなか魔法がとけない。その魔法を解くために、有紀に優しくキスをする。
まさか人前でキスされるとは思っていなかった有紀は、顔を真っ赤にしながら抗議した。
「もう、こんな場所でだめじゃない。はずかしいよ……」
「魔法は解けましたか、お姫様?」
そう言うと有紀の手を取り、紗英は王子様のようにエスコートすると、出口へと足を向けた。
精一杯、格好をつけた紗英だが、ネズミ耳のカチューシャを外すことをすっかり忘れて、我慢できなくなった有紀が大笑いしながら指摘したのが、地元駅に着く直前であった。
魔法が解けなかったのは、実は紗英だったようだ。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます