ふたりのデート(前編)
いつもの神社の境内で、10インチのタブレットを凝視する2人。
「これ、すごくない?」
「うん、普通のアニメってレベルじゃないよね、これ」
紗英は最近入手した加熱式のペン型雑草吸引装置“ヴェポライザー”の吸い口を、無意識に舌でいやらしく舐めながら答えた。
この“ヴェポライザー”は、いわゆる電子煙草機器に分類される、葉を低温で加熱して煙を出す器具だ。見た目は少し太めのボールペンだが、中に煙草の葉などを入れることにより、セラミックヒーターで安全に発煙する最新の器具である。
安全に葉を燃やす器具として海外では普及している。主に雑草を吸う人たちの間で。
機械自体はいたって合法なので、有紀がニューヨーク時代の友人に購入を頼んで発送してもらった。
リラックスした2人が見ているのは、1940年代に海外で作られた伝説的アニメーションである「アシッドファンタジー」だ。
このアニメは世界的に有名なキャラクターである、擬人化されたネズミが、魔法使いの見習いとして、苦労を重ねつつ魔女を倒すという子供向けの名作映画である。ふんだんにセル画を使い、キャラクターの動きは人物のモーショントレースであるというから恐れ入る。ちなみに日本のアニメはこのような贅沢な作りが出来ないので、コマ数を減らして作られている。
その一方、あまりにも奇抜な演出は、制作者が何らかの薬物を使用していたのではないかという噂から「化学合成薬物で見ることが出来る幻覚を映像化したものだ」とも言われているほどに、視覚的に強烈な印象を残すアニメ映画である。
紗英と有紀は、飽きもせずにタブレットに映し出される映画を凝視していた。
「だってさー。何でモップに足が生えて歩き出すの、しかもスゴい数だし、階段を登るしこれ絶対に変だよ!」
映像を食い入るように見つめる紗英。
「確かにそうだけど、ネズミの魔法使いの方が変だって。絶対に変」
有紀も同様に映像に入り込んでいる。雑草は視覚に強い作用を与えるので、映像を見ると「入り込む」状態になることがある。これはその映像に捕らわれてしまい、視覚的に強い刺激を脳が受けている状態の事である。
「はははー。すごいすごい。有紀見てよ、こんなのあるんだ!!!!」
「紗英、少し落ち着きなよ。やっぱりこれ、作ってる時に何かキメていたんだと思うよ。そうじゃないとこんな映像出来ないし……確かにスゴいけど、すごいけど、すごいし、すごい……」
そんな会話をしながら、2人とも見入っている。お互い無意識に口を半開きにして、目を見開き完全に入り込んでいる状態だ。
「ひらめいた!!!」紗英が突然立ち上がる。
「有紀、ここに行こう! ラットランド行こうよ!」
世界的に有名なアミューズメント施設である「極東ラットランド」は、映画の主人公である世界的に有名な擬人化ネズミをモチーフとしたテーマパークである。
有紀と紗英が住む街から電車で2時間程度の場所にある。春休みや夏休みには学校の友達も日帰りで気軽に行ったり、つき合い初めの男女が真っ先に行くデートスポットとしても知られている。同性同士の遊び場としても、買い物ついでの遠出の際には、両親を口説き倒してお小遣いを手に入れて足を延ばす場所だ。特別な感じがありつつも、距離感としてはそうでもない遊び場だった。
紗英の言い分はこうだ。
「だってさ、私たちは何度も行ってると思うけど、雑草を吸って行ったことないよね。吸ってからアトラクション乗ったり、夜のパレード見たら、ぜっ――――――たいにすごいから行こうよ!」
その意見に有紀は。
「確かにそう思うけど、もし見つかったらまずいよ。そんなリスク、私はどうかと思うけど」
紗英は負けない。
「いいのいいの、大丈夫。そのためにこれがあるんじゃない」
そう言うと、先ほどから手に持っているヴェポライザーを有紀に渡した。
「確かにそうだけど。まあ大丈夫かなあ」
有紀は海外での生活が長いため、こういった器具を街中で使う人をたくさん見ていた。発煙も匂いも少ないため、注意して見ていないと使用している事に気が付かないこともある。
「大丈夫だよ。たぶん」
いたずらっぽく笑う紗英。
「別にいいけど、あんまり大胆になると良くないよ」
諭すように言う有紀に紗英は。
「なんて言いながらも、実は2人でラットランドに行くって考えるとドキドキしない?」
有紀は少しうつむいて考えたが、微笑みを浮かべつつ顔を上げる。
「うん、本当は楽しみかも」
そして2人は親と交渉をして、交通費と入場券の代金、滞在中のお小遣いをもらった。しかし紗英は“一ヶ月間の洗濯お手伝いとお風呂掃除を毎日”という条件が付いて涙ぐましい努力をしたが、有紀は親が裕福かつ、本人が優等生なので無条件でOKが出た。格差社会だと嘆く紗英を、有紀は優しく慰めたが、本人はあまり納得していない様子だった。
「極東ラットランド」は連日大勢の観光客でにぎわう、アジア有数の観光スポットだ。徹底した非日常演出が特徴で、従業員は“キャスト”、お客を“ゲスト”と呼んで、テーマパークという“ステージ”に“ゲスト”を招いて楽しませるコンセプトは、日本中のアミューズメント業界が真似をしたが、同じように再現出来ている場所は他にない。
いつも混んでいるのだが、2人が選んだ2月の上旬は、比較的空いている閑散期だ。正月休みも終わり、春休みには遠く、中華圏の旧正月直前でもあるので狙い目である。
紗英と有紀はこの日のために、近くのショッピングモールで、同じ服を買い揃えた。双子ルックと呼ばれる、同性同士がちょっと特別な外出をする際に流行っているファッションで、化粧も髪型も出来るだけ合わせる、いわゆる「仲良しアピール」ファッションである。
デート当日、神社に上がる登山道の入り口で待ち合わせた2人。
「ちょっとスカート短すぎないかな、こんなの恥ずかしいかも」
少し赤面しながら、有紀は購入したときと同じ事をまた言い始めた。
「今さらなに言ってるの。 都会に行くんだから、向こうに合わせないと田舎者だってバレちゃうから、短いくらいがちょうどいいの!」
紗英は腰に手を当てながら、お説教する先生のように諭す。
実際は、都会のファッションとは、頭からつま先まで何かが少しズレているので、都会にとけ込むことは出来ないのだが、そこは背伸びしたいという乙女心だった。
早朝な事もあり、周りには誰もいないのをいいことに、紗英はいたずらを思いついた。
「ちょっと、登山道登ってみて」
「こう?」
入り口の数メートルだけは石段が整備された登山道を、有紀が何段か登ってゆく。
すると紗英はしゃがみ込んで、有希のスカートをのぞき込んだ。そのまま追いかけるように階段を登ると。
「今日はいい下着をつけてますなー。黒なんて勝負下着ですかな?」
ニヤニヤとセクハラ中年のように、わざといやらしい口調を演技しながら、息がかかる距離で紗英は耳元でささやく。
「紗英のばか、へんたい!!!」
顔を真っ赤にしながら階段を駆け下りる有希を、紗英は待ってと追いかける。
「ごめんごめん、でもしゃがまないとスカートの中見えないから短くないよ。確認だよ」
「もう知らない……」
ぷいと背を向けると、力なく有紀は家の方角に歩き出した。
これはまずい、真面目な有紀はこういう冗談が苦手だ。本気で傷をつけてしまったのかもしれない。せっかくのデートが台無しになる。謝らなければと紗英は焦った。
あわてて追いかけて、有紀の正面に回り込む。
「本当に冗談だから、ごめん」
真剣な口調で、真面目に謝る。
有紀はうつむいたまま微動だにしない。
「ごめんなさい!」
紗英は頭を下げる。これで許してもらえなかったらどうしよう。そんな不安が頭をよぎる。まだ雑草を吸っていなくてよかった。もし吸っていたら、確実に悪い方法に作用して、重く落ち込んだ気持ちになったまま戻れない。
すると有紀は紗英に一歩近づく。
「紗英の為に新品をおろして着けてきたのにー!!」
そう言うと笑いながら紗英のわき腹を、思い切りくすぐりはじめる。うわ、やめて、と逃げるのだが、有紀は執拗に追いかけてくすぐり続ける。
しばらくの間、なすがままだった紗英だが、本当に限界が来たので、たまらずギブアップした。
「ごめん、もうゆるして……」
「紗英、朝からエロすぎ。そういうのは向こうに着いてから、思う存分やろう。さあ行くよ!」
キリッと言い切る有紀は、紗英の手を取ると歩き出した。
紗英は泊まりじゃないから新品の下着にしなかった事を後悔しつつ、駅への道を急いだ。
つづく
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