解れた意図
猫かぶり
解れた意図
「解れた意図」
-この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません-
1
意図。それは、何かをしようと考えている様子。簡単に言い換えるなら「企む」とかだろうか。計画を立てる、その行為。
その意図したことを、最も分かりやく実行している例が推理小説の犯人役ではないだろうか。計画を練り犯行を実行するなんて、まさに意図して行ったことだ。
ところで、推理小説はここがスタートラインとなる。意図された犯行が実行されてから初めて、物語の核心が動き出すのだ。
一番の醍醐味は、もちろん謎解きの部分だろう。
どうやって、犯人はその犯行を成功させたのか。そんな謎を、見つけたヒントをいくつも繋ぎあわせ、探偵役の人物がスパッと解決まで導いてくれるのだ。それも、読者を驚かせるようなトリックを、見破る形で。
答えを聞いた瞬間、心の中で絡まっていた犯人の意図がスッキリとなくなる感覚に襲われる。この爽快感は、なかなかに独特だろう。
そして、読者を満足させている裏腹に、全ての探偵役は犯人に対してこんなセリフを心に残し、劇の幕は降ろされているのだと思う。
―――君の意図は解れたよ、とね。
2
「飲み物買ってくる」
鳥川が手をひらひらさせる中、黒いカーディガンを着て俺が教室を後にしたのは昼休みのこと。目指す場所は、購買部。
流石は昼休みと言ったところか、廊下にはたくさんの人が歩いたり喋っていたり。見渡す限りの人で埋め尽くされていた。この校舎には、こんなに人が詰まっているのかと驚くばかりである。
黄門様のように「この紋所が目に入らぬか!」と言って道を開きたいが、俺、若草光樹の持つ生徒会長という肩書にそんな効果は当然のように無い。そもそも、紋所の使い方が間違っていそうだが……。
何とか廊下を抜け、一階昇降口とは反対側に設置されている購買部に辿り着きはしたが、そこでもまた、人の多さにやられる。本当、少し時間をずらしてから来ればよかったという後悔も先には立たない。
自動販売機の前には少しだけ列が出来ていた。途中から割り込むわけにもいかないので、後方に並ぶ。
その後、何人かがまた後ろに並び始めるわけで。これだけいると、名前も知らない生徒が大勢いる。俺は後ろに並ぶ人の顔などいちいち気にしなかった。だって、どうせ知らない人だろうから。
しかし、その考えが甘かった。ただ前を見て並んでいた俺は、背後からの攻撃に警戒をしていなかったのだ。だから、モロに喰らう。
膝カックン。
バランスを崩した俺は前の人にぶつかった。当然、急いで謝る。そして、攻撃してきた犯人を確認するために、勢いよく振り返った。
「おはよう、光樹」
そこにはよく見知った顔があった。
「……駒萌か」
「大丈夫?」
「とりあえず、お前は俺に謝れ。そして、もうお昼の時間だ」
「この時間ってどう挨拶したらいいか分からないよね」
後ろに居たのは紫畑駒萌(こまめ)。彼女は生徒会副会長だ。何よりも、高校生とは思えない背の小ささが特徴的だろう。灰色のカーディガンも大きさがあっていない。
「光樹は何買うの?」
「そうだな、バナナ・オレでも買おうかなと思ってる」
「へぇ……。じゃあ、私はイチゴ・オレにしよう」
何だろう? わざと違う物を選ぶのには理由があるのだろうか。
「そういえばさっき、琴ちゃんと大輔君が昇降口にいたよ」
「大輔たちが?」
そういえば、さっき教室に居なかったな。
大輔とは同じクラスで、昼はいつも一緒に行動している。俺と大輔と鳥川、基本三人でいるのだ。それがどういうわけか、今日の昼休みだけは、チャイムと同時にどこかに行ってしまった。
「あとで話しかけに行くか」
俺がそう提案すると、駒萌は「うん」と答えた。
そうこうしている間に、買う順番がやって来る。何も準備をしていなかった為、財布を慌ててポケットから取り出す。
「絶対、バナナ・オレ買ってね」
と、駒萌が念を押してきた。……一体、何があるのだろうか?
3
その後、駒萌が「パン欲しい」と言うので、それを買うのを待っていた。
「今日のお昼は焼きそばパン」
「イチゴ・オレとの相性ってどうなんだろうな」
「高校生らしい組み合わせだよね」
そう言って、購買部を後にする。
昇降口に大輔たちがいる、という話だったけれど、俺にすぐに見つけることが出来なかった。駒萌に案内され付いていくと、下駄箱で少し隠れたところにクリーム色のカーディガンを羽織った二人がいた。大輔と琴音だ。
流石にカップルというところか。やはり誰にでも見られたくはないのだろう、人目に付かないところを選んでいる。逆に、彼らも隠れている意識があるためか、俺らに気付いていない。
遠くからだと話の内容までは聞こえないが、談笑している様子はよく見える。
「意外とこういう場面、見れないよね」
「確かに。いつも一緒に居るのにな」
実は、いま観察対象の二人も生徒会のメンバーなのだ。県立戸田高校の生徒会は現在、この四人で構成されている。いつも一緒にいる、というのはそういう意味だ。
珍しいからと言って、いつまでも遠くから眺めているのも悪趣味というものである。実際、友人カップルを眺めていても面白いのは始めだけ。慣れてしまえば対して面白くないのだ。
そろそろ頃合いかな。そう思い、駒萌に顔を向けると彼女も頷いたので、声を掛けることにした。
「おーい、だい……っ!!」
呼びかけた瞬間だった。琴音がポケットから何かを取り出す。あれは、―――カッターナイフ!?
今までにない種類の条件反射が起こり、二人から見えないところに隠れてしまった。釣られて駒萌も隠れる。
「琴ちゃんが取り出したの、カッター? なんで?」
なんで? と訊かれても、驚いているのは俺も一緒だ。分かるわけがない。
「とりあえず、どうなるか見守ろう」
目を合わせ頷く。覗き込むように、頭だけを影から出す俺と駒萌。まだ、あの二人がこっちに気付いている様子はない。
見てみると、大輔が両手を挙げ、琴音がお腹を触っているという状態になっていた。
「なに、あれ?」
「大輔君、降参のポーズしてるね」
「じゃあケンカか?」
「琴ちゃん、実はヤンデレ?」
「いや……、いやいや」
その可能性を無理矢理消すように俺は左右に首を振る。そうではないで欲しい。もはや願望だ。
「あ、琴ちゃんが動いた」
駒萌の声を聞き改めてあの二人の方へ向くと、琴音が大輔に近付いていた。ほぼ密着状態かもしれない。カッターは、琴音の体に隠れて見えないが、腕の位置的に腹部らへんだろうか。
「駒萌、いま一部始終見てたか」
「うん、見てたよ」
「……刺した?」
「うーん、どうだろう。でも、カッターはお腹の方に向いてたような」
嘘だろ……?
少しすると、琴音は大輔から離れ、カッターをポケットへと戻した。それと同時に、大輔は挙げていた両手を下げ、自分の腹部を確認するように触った。ここから見ている感じだと流血もなさそうだ。
「琴ちゃん、頭を撫でられて凄い嬉しそうにしてるね」
「……どういう状況なんだ」
大輔が琴音の頭を撫でた。ってことは、褒めたってことか? しかし、カッターナイフを向けられて褒めるとは一体。大輔がそんなことされて喜ぶヤツだとも思わないし。
あの二人は、何をしていたんだろう。
4
どういうわけでもないのだが、あの二人にいま近づくのには抵抗があったため、駒萌と俺は場所を移した。
駒萌はさっき買ったイチゴ・オレにストローを挿し、一口飲んでいた。
「あれ、なにしてたんだろう?」
「とりあえず、物騒なことではないよな」
うんうん、と駒萌は首を縦に振る。
「血も出てなかったしね」
「問題は琴音のカッターを何に使ったか、ということだ」
それを解くと、彼らが何をしていたのかに直結してくるはずだ。
「なにか気になったところはあったか?」
「うーん、そうだね。お腹触ってたこととか」
確かに触っていた。まるで何かを確認するように。
「なんで触ったのか……」
「刺す場所決めてたとか?」
「なんだよ、刺す場所って」
あ、と駒萌が思いついたように言う。
「マジックやってたとか!」
……なんと、まぁ。条件は揃えている解答かもしれないが。ちょっと、それは違うと思う。駒萌も本気で言っている訳ではないだろうし、この考えは横に置いておく。
そもそも、前提が間違っているのではないだろうか。
「さっきから「刺す」って言ってるけど、カッター本来の使い方を思い出せ」
「本来の使い方?」
少し考えればわかると思うのだが、駒萌はもう「刺す」という考えに縛られているようだ。首を傾げている。
「カッターってものは、本来「切る」ための道具だ。「刺す」ってのは、稀な使われ方だと思わないか?」
言われてみれば、といった感じで駒萌は手をポンッと叩く。
「じゃあ、何かを切ったんだ」
「そう考えると自然じゃないか?」
そして、切ったとなると、その対象物はかなり限られてくる。
「まず、大輔は両手を挙げていたから何もしていない。同時に、何かを渡すということもしていないはずだ」
「琴ちゃんが一人で何かしたわけだね」
「さらに言うと、あの時見えていた何かを切ったんだろう」
大輔が何も渡さなかったのと同様に、琴音もカッター以外を取り出していなかった。そうなると、この推理も正しいだろう。
「あの時、見えていたモノ、ねぇ」
そう言いながら、駒萌はお腹のあたりをグルグルと触った。なんてことない行動。でも俺は、それを見て不意に息を呑み込んだ。
駒萌がいくら小さかろうと、女子高生であることには変わりない。そして、普段は全く気にならなかったが、彼女にも一応、胸部にふくらみはあるらしい。彼女が自分で服を触り押さえることによって、珍しくそれが明確に露わになったのだ。本人は気付いていないようだが、俺はドキッとし顔を逸らしてしまう。
しかし、その行動のおかげで新しい思考が生まれてくる。
「……触る?」
目を閉じる。さっきの琴音の行動を、もう一度思い出せ。確かに触っていたのはお腹の部分だが、実際に触れていたのはお腹か?
ヒントが繋がっていく。思考は急速に回り出し、答えへと導いてくれる。
5
目をゆっくりと開き、俺は指をパチンッと鳴らした。
「何かわかったの?」
俺が指を鳴らしたことで駒萌は問う。そして、俺は答える。
「あぁ、わかったよ」
改めて、整理した情報を駒萌に提示する。
「まず、琴音は何かを切ったんだ。それを解くことによって、あの二人が何をしていたのかが見えてくる」
駒萌は黙って、俺の話を促す。
「では、何を切ったのか。ヒントは三つだ」
「三つ?」
「あぁ、まずは一つ目。あの時見えていたモノを切っていた、ということ」
これは、先に言っていた。駒萌も理解している部分だろう。
「二つ目。琴音が大輔のお腹を触っていたこと」
「それは、どんな意味があるの?」
「実は、琴音はお腹を触っていたわけじゃない。もっと、見えるものを触っていたんだ」
「見えるもの……」
また駒萌は自分お腹を触る。気にしないふりをしながら、俺はチラッとそれを覗いてしまう。
それから少し触り続け、彼女は一つの答えに辿り着く。
「あ、カーディガン!」
「正解。カーディガンを触っていたんだ」
そう、お腹ではなく、服を触っていた。切る対象物の、状況を確認する為に。
ここまでで十分に答えへと辿り着けるが、最後にダメ押しをする。
「三つ目。最後に大輔が琴音の頭を撫でた意味、だ」
「え、そこにも何か隠されてるの?」
「あれは琴音がカッターを仕舞った後の出来事だ。つまり、目的が完遂した後ってことだな。そんな状況で頭を撫でるって言ったら、褒めるときなんじゃないか」
つまり、琴音が行った行動によって、大輔に利益がもたらされた。だから褒めた。
「以上のことから、琴音が切ったモノは大分絞られてくるだろう」
駒萌は俺の与えたヒントを踏まえて、再び考え始める。
「まぁ、服から切りたくなるものだよ」
これを聞いて、閃いたようだ。駒萌の顔が明るくなる。
「あっ、糸! 服からのびた糸だ!!」
俺は指をパチンッと鳴らし、
「ビンゴ、正解だ!」
と、言った。
服からのびた糸。つまり、―――解れた糸。琴音がカッターで切ったものは、たぶんこれだろう。
答えに辿り着き、一息ついた。手に持っていたバナナ・オレにストローを通し、口の中に含む。
「じゃあさ、」
駒萌が俺を見る。まだ、引っかかっているところが有りそうな顔つきだ。
「なんで大輔君は両手を挙げていたの?」
そのことか。この推理をしている過程でその答えもついでに出ていた。隠す必要もないので説明する。
「あれはたぶん、琴音に身を委ねるポーズだったんだろうな。一応、刃物を使っているわけだから、邪魔しないという意志表示だろう」
「なるほど」
駒萌の顔から疑問の色がなくなる。これですべて納得、といったところだろう。
俺と駒萌の中で勝手に絡まっていた琴音たちの意図は、元の真実へと解れた。
6
「そういえば、やっと開けたね」
教室のある階まで階段を登ったところで、 駒萌が突然そんなことを言いだしたから何のことかわからなかった。しかし、彼女の指は真っ直ぐ俺の手元に向いていた。そこにあるのは、バナナ・オレ。
俺が首を傾げると、駒萌は手招きをしたのでそれを差し出した。
するとどうだろう、驚くことに駒萌は顔を近づけ、俺の手から直接ジュースを飲み始めたのだ。俺の体温は一気に上昇する。
「ふふん、こっちも飲みたかったんだ。ありがと」
じゃあ、放課後ね。と言って、駒萌は自分のクラスに戻っていく。
「……くそっ、なんなんだよ」
心拍数を挙げられた俺は、一人とり残される。
きっと彼女に意図なんて何もないのだろうけど、それでも俺からすれば気になることこの上ない。
駒萌の残した意図は、俺の心に絡まったまま解れない。
***
:あとがき
はじめましてorお久しぶりの猫かぶりです。
最後まで読んでくれた方、心からありがとうございます。
まだの方は、ちょっと覗いてやってみてください。喜びます。
刃物が出てきた割には、ほのぼのとしていたと思いますがどうでしょう。本当は緊張感を出したかったんですけどね、ムリでした。書き方教えて貰いたいです。
流れに落差が出せるように頑張ります。
カクヨムの使い方はよくわかっていないので、いろいろ弄ってみたいと思います。短編小説用の裏ワザやらなんやらありましたら、教えて貰いたいです。他力本願の精神です。
今回はこの辺で、ありがとうございましたと言わせてもらいます。
……ではでは、機会がありましたら、またどこかで。
解れた意図 猫かぶり @Rockindex
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