第九章「竜の魂」

 さて、思いの外、王子は熱心だった。



「またあのキレの良い嫌味が聞きたくてな」



 うんざり、といった様子で冗談まで飛び出す始末。


 その間にも、彼の手元で書類文献が舞い、太古のタブレットまで引き寄せられている。



「神聖文字まで。王子が語学にご堪能とは存じ上げませんでした」



 と、見ると一つ、二つ、ひび割れた物がある。



「触るなよ、端の方から欠けてくる」



「と、言うよりか、ぽろぽろしてますが」



という間にタブレットが割れた。彼女はたまった埃を払っただけだというのに。これには彼女の方が驚いた。



「あー!」



 という、大人げない非難の声がした。



「申し訳ございません!」



 と言うと、



「ノリでくっつけておいたのに……」



 と言う哀しげなお返事。



「えっ」



「いい、いい。幼い頃の失敗だ」



「ええっ、ではこれは王子、が?」



「幼かったと言ったろう。足の上に落としたので患部が痛いと言ってごまかしたが、後でよく調べたら骨に異常が発見されてな」


 大事になってしまったのだ、と続ける。何でもなかったことのように。


 しかしそういう王子の手は止まり、眉間には珍しくも深い、シワが刻まれていた。



「もう、思い出すのもいやだから修復しておいたのだ。子供なりに気を回していたのだよ。今となっては古傷だ」



「ココロの古傷、ですか」



「あ、神聖文字は辞書があるからそれで調べてくれ」



「えーっ」



 わたくしがっ? と慌てるアレキサンドラ。ところが口をついて出てきたのは、



「ぼぼ、ボクがしらべるんですかっ?」

 

 

 と、吃音になってしまった。案外、のんびりとした風情の二人のようすだったが、実はあまり時間は残されていない。



「浪漫文字なんですねえ……絵文字は王家に関する記述、と。王家は神々の系譜から来ているのですね」



「あまり驚かないな」



「王子のように博覧強記とはゆきませんが、辞書を読むことくらいは、わたくしにもできます」



「よし! よく言った。ではここは任せていいな? 私はれいの剣を探してくる!」



「なにか手がかりでもございましたので?」



「不思議だった。なぜあのタイミングであの剣が私の前に現れたのか」



「王子もっ?」



「君もか!」



「もちろんです!」



 二人は書類はそのままにし、図書館を飛び出していった。

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天に送る風<花乙女の階段> 水木レナ @rena-rena

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