未来へ(7)

 ゆっくりと田坂が顔を上げた。

「いい……方法?」

「うん! よっこいしょっと!」

 可愛らしい掛け声をかけると、男の子は田坂を跨いで球体の中へ入った。

「なに……する気だ?」

「これを……こうして、っと」

 スクリーンを見ながら、男の子は素早く操作していく。その手先は、子どものものとは思えないほどしなやかに操られていた。

「急がなきゃ、あと4分……と、できた!」

 万歳と言いながら男の子は両手をあげた。そして、乗り込んだ時と同じように、田坂を跨いで球体の外へ出た。

「何をしたんだ? その前に、俺をここから出してくれよ。頼む!」

 田坂の言葉に、「出ないほうがいいよ? せっかくいい方法を実践してあげたのに」と笑顔を絶やさず男の子は答えた。

「実践? なん――」

 田坂が言いかけた時、『一年前に移動いたします。準備はよろしいですか?』と、前方から声がした。

「……一年前?」

 田坂はもう全く、何がなんだか分からなくなっていた。

「そう、一年前。過去に戻れば、もしかしたら今日の出来事を変えられるかもしれないよ? それに、少なくともあと一年は生きられるってこと!」

「そ……そうか! そうだよな。そんで飴玉貰ったとき、長生きとでも言やあいいんだよ! すげぇ! お前、天才!」

 何度も礼を言おうとする田坂を宥めて、男の子は先を急がせた。

「もういいから。早く赤いボタン押さないと、時間きちゃうよ?」

「そっ、そうだな。よし、じゃ行ってくるか! ホントありがとな」

 頬には涙の痕を残したまま、瞳には濁った光を映したまま、田坂は右手を軽くあげ、別れの挨拶をした。

「……こちらこそ」

 低く呟いた男の子の声は、田坂には聞こえなかっただろう。すぐに扉を閉めて赤いボタンを押した。

 途端に銀色の球体は、滑るようにしてゆっくりと前方へと進み始める。


「田坂っ!」

 それと同時に、階下から屋上へと上がる階段から叫び声が聞こえた。

「田坂っ! まっ、待ってくれっ!」

 荒い息と叫び声。東野は、力の限り走って銀色の球体を追いかける。

「それは……そのタイムマシンは、ダメなんだ! 止まってくれーっ!」

 意に反して、東野の声に後押しされるように、銀色の球体はそのスピードを上げていく。

「待って……止まれーっ! 田坂ーっ!」

 その昔、転落事故が起こったちょうどその場所から、田坂を乗せたタイムマシンは空中へと身を投げた。

「ああ……田坂……すまん……」


 すでに小さい男の子の姿はどこにも無く、屋上にはアスファルトに膝から崩れ落ちて泣いている東野の姿、そして足元に放り投げられた分厚い冊子があるのみだった。


 銀色の球体と田坂が屋上から消えて僅か三十秒後、凄まじい爆発音と爆風がビルを揺らした。

 泣き崩れて立ち上がることのできない東野の横で、風に吹かれた冊子のページがぱらぱらと音を立ててめくれた。


 その最後から二ページ目の下側、控えめに書かれていた赤い文字が風に躍る。



『警告 現在、このタイムマシンは一日一回の時空移動が限度です。それを超えますと爆発いたします。ご注意ください』



(3.未来へ 完)


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願いゴト 淋漓堂 @linrido

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