未来へ(6)

「お前……どうしてここに……? いや、そんなことより、課長は? 東野課長を見なかったか?」

 田坂は、その男の子を押しのけて球体から出ようとしたが、椅子から立ち上がれなかった。まるで腰が抜けたかのように、足腰に力が入らない。

「課長? ここには誰も居ないよ。それより、願いゴトは叶った?」

「誰も居ないって……そんな……事務所に戻ったのか?」

 田坂はポケットから携帯電話を取り出して、東野へ電話をかけようとした。しかし今度は、どうしても手に力が入らず、携帯電話が手から滑り落ちてしまう。

「……くそっ! おいっ! ちょっと呼んできてくれ! 三階に下りて東野課長を呼んできてくれ!」

 田坂が早口で頼むと、男の子は「……ねえ、人の話聞いてる? もうおにいちゃんには時間が無いんだから、ちゃんと聞いてよ」と、わざとゆっくりとした口調で言った。

「……なんだって? 時間がないって? どういうことだ! お前なんか知ってるのか?」

「だから、さっき言ったじゃない。願いゴトは叶ったか……って」

「願い事? 何言ってんだ?」

「覚えてないの?」

 聞かれても、田坂には何のことだか分からない。ごちゃごちゃに絡まっている頭の中身を解こうとすると「思い出すまで待てないから言うけど」と、制された。

「願いゴトが叶うキャンディー、公園であげたでしょ? あの時、タイムマシンで未来に行きたいって言ったじゃない」

「キャンディー……? たしかに……でも、そんなこと俺……」

「言ったよ。過去に戻って見てくる?」

 小さい男の子は、クスクスと笑った。

「過去……って、お前……これ……どうなってんだ?」

「だから、願いゴト叶えてあげたの。タイムマシンで未来に行くって。それなのに、おにいちゃん……早く行かないからどんどん未来時間減っちゃってるよ? どうする?」

 男の子は無邪気な声で聞き、可愛らしく首を傾げた。

「どうするって……そんな……願い事が叶うとかって有り得ないだろ! なんなんだ、そんな飴玉でって……俺、13分? 何なんだよっ!」

「何って、分かんない人だね。キャンディーの説明して、ここまで理解できないの、おにいちゃんが初めてだよ?」

 田坂の背中に悪寒が走った。理屈ではない、感覚で身の危険を感じ取っていた。

「ほんと……なのか……願いが叶う飴……それなら……おいっ! その飴、もう一つよこせっ! 早く!」

「もう一つ? なんで?」

 不思議そうな顔をして男の子が聞く。

「決まってるだろ! 死なないようにするんだよ! 俺、死ぬんだろ? もうすぐ死ぬんだろ? あと……何分だ!? 早く……早くっ!」

 田坂の目からは涙が溢れ出していた。

「あの飴、今持ってないんだー。取りに帰ったら一時間くらいかかるかなー?」

「なん……そんな……」

 全身の力が抜けた田坂は、がっくりとうな垂れた。

 その様子を見て、男の子はにっこりと微笑み、田坂の耳元で囁いた。

「一つだけ、いい方法があるんだけど。おにいちゃん、なんで気付かないの?」

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