元SAS隊員の異世界サバイバル記

@yomei_

第1話地獄の門

イギリスはスコットランド、フォルカーク。

その郊外で、イマカワ・タクルは買ったばかりの日本車を走らせていた。

今日は天気が良く、窓を開けていると心地良い風が吹き込んでくる。

もう随分走ったはずだが、目的地はまだだろうか。


「あれか…」


少し先にポツンと建っているカフェ。

あそこが指定された場所のはずだ。


タクルは、1台だけ車が停めてある駐車場に自分も駐車し、店の中へと入った。

店内はクーラーが効いており、生き返るような気持ちになる。


店内はガラガラで、すぐに目当ての人物を見つけることが出来た。

彼は店の端の席で、コーヒーカップを手にして新聞を読んでいる。


「ダスティ!久し振りだなぁ!」


彼はすぐにその声に反応し、新聞の向こうから顔を覗かせると、その目を輝かせた。


「おお、イマカワ!会いたかったぜ!」


2人は、友情のこもった固い握手を交わした。

彼は、ダスティ・バーネット。

タクルの幼い頃からの友人であり、現在は従軍している。

そのガタイのいい体は相手に威圧感を与えるが、性格は気さくでとても接しやすい。

金髪を短く刈り上げているのは相変わらずだ。


「店主!俺の友人のイマカワに、とびっきり美味いコーヒーを頼む!」


店主が笑顔で頷き、店の奥へと消える。

タクルはダスティに勧められ席に着いた。


「いや、相変わらずだね君は。昔からちっとも変わっていない」


ダスティはその言葉に笑顔を浮かべた。


「おいおい。お前こそ変わってないぞ!服装が軍服からスーツに変わっただけじゃないか!」


それもそうだとタクルは頷き、2人は互いの肩を叩き合って笑った。

久し振りに友人と会うというのはとても良いものだ。

ずっと大学の研究室にこもっていたタクルは、純粋な喜びを覚えた。


「イマカワは今、どうしてるんだ?軍を辞めてからの話を聞かせてくれよ」


「今は大学で勉強中さ。ギリシャ神話について調べていてね。とても興味深い」


ダスティがわざとらしく顔をしかめて見せる。


「すっかり真面目になっちまったもんだな。勇敢だったあの頃のお前はどこに行った?」


「これが本来の僕さ。正直、体を動かすのは性に合わない」


「元SAS(特殊空挺部隊)隊員が言う言葉じゃねぇぜ!」


そう。

タクルもダスティと同じく、イギリス陸軍のSASに所属していた。

SASとはいわゆる特殊部隊で、その技量は世界最高レベルに達している。

駐英イラン大使館占拠事件の人質救出などは有名な話だろう。

そんな部隊にタクルが入隊出来たのは偶然なのか、はたまた奇跡なのか。

志望理由が、「ある漫画の主人公に憧れたから」だとは、誰も信じないだろう。


「もう2度とあんな所は御免だね」


軍隊は、タクルの思い描いたような場所では無かった。

とにかくきついし、苦しいし。

勉強ばかりしていたタクルには地獄と言っても過言ではなかった。


「まぁ確かにお前にはスーツが似合ってるよ。どう見ても軍人って感じじゃねぇ」


「…褒め言葉として受け取っておくよ」


それからもしばらくは、懐かしい昔話や現在の近況などを語り合った。

長い間会っていなかった彼らには、積もり積もった話が山ほどあり、話題には事欠かなかった。

だが、今回ここに集まったのは、そんな話をするためではない。

会話にひと段落つくと、ダスティがとうとう本題に入った。


「それで…例の件なんだが…」


周りに聞くような人間はいないが、ダスティは声を潜めた。

同じようにタクルも声のボリュームを下げる。


「『地獄の門』か?本当なのかあの話は」


「嘘だと思ってないから来たんだろ?」


地獄の門と聞けば、大体の人はトルクメニスタンの観光名所を思い浮かべるだろう。

普通ならそれで正しいが、今回は残念ながら不正解だ。


地獄の門。

地面にポッカリと空いた直径10メートルほどの穴を、誰がそう名付けたのかは知らない。

だが、タクル自身は見たことはないが、地獄の門と呼ぶにふさわしい代物らしい。夜中にはその穴から魔物が出てくるなんて噂もある。

現在は立ち入り禁止で、特別に編成された調査隊の手で研究が行われている。


ここで不思議に思った人もいるだろう。

ただのでかい穴に、何故そこまで執着するのか、と。

だが、地獄の門はただの穴なんかではない。

そこの周りには強力な磁場が発生しており、電子機器の類は全ていかれてしまう。

これだけでも不思議な話だ。今まで何の変哲も無かった所に、突如強力な磁界が出来たのだから。


だが、最も重要なのは次だ。

地獄の門の周りには、「今まで発見されたことのない硬度世界最高の鉱物」があったのだ。

しかも、その構造は今までの鉱物の常識を覆すものだった。

専門外なので詳しくは説明出来ないが、少なくとも全世界の研究者を驚嘆させるくらいは凄いらしい。ある研究者曰く、「この世界の物ではない」とか何とか。

そして、その鉱物はゼウサチウムと名付けられ、いち早くそれを全て回収したイギリスが研究を行った。そしてその研究の結果。「地獄の門の中に何かしらの鉱物発生源」があるのだという結果が出た。来月には、探査チームが地獄の門の中に突入を試みるらしい。電子機器が使えないというのは厳しそうだが。


「…それで、どうなんだ?」


「ん?」


ダスティはタクルの質問の意味がわかっているが、意地悪くとぼけた。


「僕を地獄の門まで連れて行ってくれるって話だよ!」


思わず声を荒げてしまう。


「ああー、あれな。一応許可は出た。あそこの管理にはイギリス軍も関係してるからな。でも、俺も行ってみたが全然面白くないぞ。トルクメニスタンの地獄の門の方が絶対オススメだ」


「あっちの方にはもう行ったよ!どうしても『ここの』地獄の門が見たいんだ。ゼウサチウムだってまだ少しは残ってるかもしれないし…」


正直、後半の方が本音だ。

世界最高の鉱物。

ダイアモンドを遥かに超えた硬度を持つ、超々最高級の鉱物だ。

売れば物凄い金になるだろう。


研究には金だってかかるし、貧乏学生の懐はいつもとても寒いのだ。

このチャンスを逃す手は無い。


「…お前、意外とこすいな。多分ガックリすると思うぞ?」


「それでもいいさ。連れて行ってくれ」


ダスティはため息をつくと了承した。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「…痛い」


車にぶつけコブのできた頭を抱えながら、車を降りる。

ダスティはそんなタクルを不愉快そうな目で見た。


「おいおい、いくら何でも酷いだろう」


「酷いのは…君の運転だ。忘れてたよ、SAS時代の教訓、『ダスティにはハンドルを握らせるな。命が惜しければな』」


彼の運転は酷く荒い、というか荒いにもほどがある。

恐らく、彼がこのまま車の運転を続ければ、いつかきっと死者が出る。

頭蓋骨陥没か、脳内出血か。はたまた…。


タクルは心の中で、ダスティの車には2度と乗るものかと誓った。


「さぁ、地獄の門はすぐそこだ。電子機器は外したか?ペースメーカーとかしてねぇだろうな」


「大丈夫だ」


そこから少し歩いた先に、お目当のものはあった。


地獄の門。

初めて見るが、確かに不気味だ。

夜中に魔物が出るというのも、あながち嘘ではないのではと考えるほどだ。


「これ…深さはどのくらいなんだ?」


「さぁな。底無しなんじゃないか?」


それが冗談に思えないほど、地獄の門は深かった。

というより、中は真っ暗で数十センチ先も見えない。

だから、どのくらいの深さなのかは見た目ではわからない。


「光で照らしたいんだけど…」


「ああ、無理無理。光は吸収されちまうんだ」


「えっ?なんだそれ。まるでブラックホールじゃないか」


ますます不可解だ。


再び地獄の門に視線を戻す。

その中からは、今にも手がニュッと伸びてきそうである。


「なんか…あれだな…意外と地味だな」


「だから言っただろ。ただの穴ポコに期待するのが間違ってるぜ…おっ!ゼウサチウムみっけ!」


タクルは穴の側から腰をあげると、後ろを振り向いた。


「本当か!?」


「嘘だよ。もう取り尽くされちまってるっての」


タクルがため息をついた時、穴の中から奇妙な音が聞こえた。


「ん?」


風が通り抜けるような、ヒューヒューという音。

それは、なんだかとても悲しげであった。


「ダスティ!こっちに来…うわっ!!」


突如、物凄い勢いで、周囲の空気が地獄の門に吸い込まれ始めた。

思わず体勢を崩しそうになり、必死に持ちこたえる。


「なんだ!?」


何とか踏ん張るが、じりじりと地獄の門へ引きずられていく。

周囲の草花も例外では無い。

あたかも巨大な掃除機のように、地獄の門は周りのものを吸い込んでいた。

まるでダイ○ンだ。


「イマカワッ!!」


「来るな、ダスティ!!」


ダスティは少し離れた場所にいるが、同じように必死に足を踏ん張っている。

こちらに近づくのはあまりにも危険だ。


「イマカワ!ゆっくりだ!ゆっくりこっちへ来い!」


言われた通り、少しずつ足を動かす。

気を抜くと今にも地獄の門へ引き込まれてしまいそうだ。


「くそっ!何なんだ一体!」


こんな話は聞いていない。今起こっている現象は一体何なのだろうか。

あそこに引きずり込まれたら、ただで済むとは思えない。


あそこに入ったら一巻の終わりなのではないか。


そんな恐怖がタクルを襲う。


「うっ!」


吸い込む力がさらに強まり、足を取られる。

咄嗟に指を地面に食い込ませるが、ズルズルと引きずられていく。


「イマカワーッ!!」


ダスティが叫ぶが、彼にはどうすることも出来ない。

とうとう踏ん張っていたタクルの指が地面を離れた。


「うわああぁぁぁっっっ!!!」


体が宙を舞い、悲鳴が虚しく響く。

タクルはついに、地獄の門へ引きずり込まれた。

闇に包まれ、あっという間に視界が利かなくなる。


僕はどうなるんだ。

死ぬのか?


視界と同じように、意識もだんだんと闇に侵食されていく。

思考力は麻痺し、体の自由は利かなくなった。


「…あ」


そしてついに意識も途切れる。


タクルは、深い深い地獄へと落ちていってしまった。

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