第14話
「お、来たな。まあ座れよ」
待ち合わせは僕が一人では入ることのない雰囲気の駅前の喫茶店だった。
みずほさんはいつもの灰色のパンツスーツ。スタイルがすごいいいから見ようによっては出来るOLに見えるかもしれないけど出してる雰囲気が尖すぎるからなぁ…
そんなことを思いながらみずほさんのいる席に近づく。
だいぶ雪も融けたとはいえ、まだまだ寒い季節だ。
僕は体を震わせながらみずほさんの前の椅子に座る。
「いつも早いですね。失礼します」
みずほさんはいつも必ず待ち合わせをすると先にいる。
今回だって僕も10分前に来てるのに。
「なんでいつも先にいるんです?」
「ま、気にするな。人より早く来るのが趣味みたいなものなんだ。お前が2時間前とかにくれば私より早いことになるがな」
正直よく分からない。なんだよその趣味。
とりあえずその疑問は置いておいて僕は自分から本題に入る。に入る。憂鬱だ…
「ふーん、自分から言うとは殊勝な心がけだな。じゃあ早速本題に入るか。何で力を使った?お前には使わせないって私言ったよな?」
確かに言われた。それでも僕はあの時あの場で使わなければいけないと思った。
使わなければ僕が僕でなくなってしまう気がしたから。
それでも僕はみずほさんにそれは伝えられない。言葉を濁して逃げてしまう。
「あの時使わなければ僕も美久もやられる、そう思ったからです」
「ふーん、そういう言葉で誤魔化すのか。まあいい。それともう一つ、なんで美久をかばった?あんなことしたらお前死ぬかも知れなかったんだぞ?そんなにあいつが大事だったのか?」
…分からない。でも身近な人が僕の目の前でまた消えるのは嫌だったから。何もしないのは嫌だったから。
「もうあんなことは嫌だったから。何もしないのは嫌だったから」
この気持ちはなぜかごまかさずに言うことが出来た。
「なるほどね。お前も段々と普通に近づきつつあるのかもな」
そう言ってみずほさんはコーヒーを一口だけ口に入れる。
「この件のことはこれで終わりだ。今日のところは説教はしないでおいてやる。」
え?一瞬耳を疑った。これで終わり?
「なんだ、怒られたかったのか?お前そういう趣味あったか?」
「いえ、ちょっとびっくりしただけです。無いならそれで。」
ふう…まさかこんなもので終わるとは、と安心したのも束の間、みずほさんはこんなことを言い出した。
「で、美久とはどうなんだ?あれは完全にお前に惚れたぞ?」
は?この人は何を言い出すんだ?
「説教がないと思ったら次は何を言い出すんです?そんなことあるわけないじゃないですか」
みずほさんはこれ以上ない邪悪な笑みを浮かべながら
「やっぱりどうしようもないな、お前。普通だったら唐突に弁当作ってきてくれるようになったらそういうことだろうが。少なくとも男のほうはそう思うんだよ」
そう言われても正直よくわからない。美久が僕の事を好き?そんなことあるのか?
「まああいつはお前のこと好きなのは確定だよ。原因はかばったりしたことだろうな。よかったな、お前の格好良いところを好きになってくれたんだ」
みずほさんは邪悪な笑みを崩さない。
「自分で認めて欲しいところを人が認めてくれたんだ。美久に好かれ続けるには、これからはお前は格好良いお前で在り続けなければいけないんだ。大変だな!辛いな!その点私だったら楽だぞ。お前の駄目なところだけを認めてやる。愛してやる。お前がいくら納得がいかなくても私はそれを認めてることをお前の前で表現してやるぞ」
自分が自分で認める自分の納得して行った行動を認められるのは嬉しい。
だけどそれを認めてもらうということはその自分を維持することだ。下がることは許されない。
その点自分の駄目なところを認めてもらえるのは本当に楽だ。どこまでも落ちることが出来る。
「ま、お前も少しは普通に近づきつつあるからな。自分が傷ついてもそれでも上を見る選択肢を取る可能性も私は否めないけどな」
「だいいちみずほさんのその言葉だって美久が僕の事を好きとか言うのも全部嘘でしょう?」
僕の混乱した頭は現状を否定するしか出来なかった。
「全部本当だよ。だからお前は選ばなきゃいけない。今はそうやってそんなことあるわけない、と逃げてもいいけどそれでも選ばなければいけない時は必ず来るよ」
僕は分からなかった。本当に分からなかった。それでも僕は…
「ま、悩んで苦しむんだな。そんなお前の顔を見るのも悪くはないさ」
喫茶店を出てみずほさんと別れた後も、僕はみずほさんの言葉をずっと思い出していた。
いつかは僕も選ばなければいけないのだろうか。
これが普通になるということなら普通とはなんと辛いものなのだろう。
この普通に慣れる日がいつか来るのだろうか。
僕は歩き出す。どこに行き着くかは分からないけれど歩き出す。
今はただそれだけ。
普通な僕の普通な一年 @asetonn
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