1番線ホームの恋【後編】


 下り、7時13分。

 これが試行錯誤の末、私のたどりついた結論。

 この電車に乗れば、ちょうどいい時間に高校へ着く。


 なにしろ朝は、1分がすごく貴重。

 顔を洗って髪をとかして、朝食だって食べていきたい。他にも、やることがいっぱい。ちょっと油断してると、すぐに時間が過ぎてしまう。


 けれど、そんな朝にもすっかり慣れて。

 私は毎朝、7時13分の電車に乗ることができるようになった。


 私の住んでいる家は、商店街を抜けて少し歩いたところ。閑静な住宅街って言えば聞こえはいいけど、夜はちょっと静かで怖い。


 最寄駅は、線路を挟んで南北にホームと改札がある小さな駅。

 その北側にある1番線ホームの改札を通って、定位置へ。

 そう、2番線ホームにいるあの人の正面に立つ。


 私は、とても視野が広い。

 そっぽを向いているようで、視界の端にその人を見ることができるのだ。

 だから、つい観察してしまう。


 顔はやや童顔だけど、好みの範囲。

 背は、周囲の大人よりも少し高いくらい。

 染めてない黒髪は、さっぱりと短くて好印象。

 たまに寝癖がついていたりして、それは減点。


 制服は、今どき珍しい学ラン。

 詰襟は開いているけど、だらしなく着ていないのは好感がもてる。

 精一杯の個性なのか、革靴はちょっといい感じ。

 

 彼に気づいたのは、入学してまもない頃だ。

 私立の制服を着た小学生の男の子が、向かいのホームで派手に転んで泣き出し、彼がその子の頭をなでながら、必死になにか話しているのを見かけた。


 これって、一目ぼれなのかな。

 たったそれだけなのに、なぜかそれから目が離せなくなった。 


 1週間のうち5日も向かい合って立っているのだ。

 それだけで、なんとなく親近感も湧いてしまう。


 気のせいかもしれないけど、たまに視線が交わる時もある。

 まるで見られているような気がして、それからは毎朝、鏡の前でスカートや靴下をなおしてみたり、髪型もあれこれ変えてみたりと、ちょっぴり自意識過剰にもなった。


 たった1回だけ、彼がいない朝があった。

 もしかして、私に気がついて時間をずらしたのかも、なんて思って、一日中落ち込んだ。でも翌朝は、何事もなかったように彼がいて、顔が緩みそうになるのを必死でこらえた。


 私が風邪で休んだ時には、とにかく早く治そうって頑張った。

 次の日、だいぶ無理して駅へ行って、1時間目で早退したこともあった。

 ちなみに、遅刻はたったの1回だけ。


 これが、同じホームだったらな。

 何度、そう思ったことだろう。

 せめて、挨拶くらいできたらいいのに、って思った。


 だけど、向かいのホームに行くには、改札を出て踏み切りを渡って、切符も買わなくちゃいけない。

 ホームとホームの間は、ほんの数歩の距離なのに、とても遠く感じた。


 そして驚くことに、そんな朝がなんと1年も続いた。

 しかし、ある春の日のこと。

 私は、一大決心をした。


 明日、ホームの向こう側に行こう。

 そして、さりげなく隣に立って、おはようって言おう。


 どんな顔するかな。

 もしかしたら、変な奴とか思われるかもしれない。

 嫌われたら、それでもいいや。

 その時は、泣いてスッキリしよう。


 というのも、春からのダイヤ改正で、私はもう彼を見ることができなくなってしまうのだ。彼にあわせて、私も一本早い電車に乗るという方法もあるけど、それはなんだか怪しすぎて気が引ける。


 次の日、私は早めに駅につくと、踏み切りを渡って反対側の改札へ向かった。

 いつもしないことをするって思うだけで、ドキドキしてくる。


 切符を買って改札を通る。

 見える看板もずいぶん違うなぁと思いながら、彼を待つ。


 そして、7時8分。

 露骨に改札で待ち構えているのも変なので、ホームで電車を待つふりをしながら、ちらちらと改札を振り返る。


 だけど、いつまでたっても彼はこない。

 とうとう13分の電車が走りさって、私はその場に立ち尽くした。

 

 遅刻かもしれない。

 もうちょっと待ってみようかな。

 そして、私はふと向かいのホームを見る。


「なんで……?」

 思わず、声が出た。


 自分の目を疑う。

 だって向かいのホームのベンチに、いたんだから。


 視線に気づいたのか、彼は顔をあげて私を見る。

 はじめて視線が、はっきりとお互いをとらえた。


 私はすぐに気づいてしまった。

 どうして彼が、向こうのホームにいるのかって。


 私たちはぽかーんと見つめあって、それからほとんど同時に笑った。

 向かいのホームで笑ってる彼の笑顔に、胸がドキンと高鳴った。


 そして、私たちははじめて朝の挨拶を交わした。

 もちろん、2人して学校に大遅刻してしまったんだけど、ね。


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1番線ホームの恋 あいはらまひろ @mahiro_aihara

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