1番線ホームの恋

あいはらまひろ

1番線ホームの恋【前編】


 午前7時13分。

 これが、試行錯誤の結論だった。


 どういうことかって?

 つまり、この電車に乗れないと遅刻確定だってこと。

 うちの高校、遅刻にだけはうるさいんだ。


 この13分の電車に乗るために、僕は毎朝がんばって起きた。

 でも、遅刻しないようにというのは建前で。

 本当は、ホームの向かいにいる女の子に会うためだった。


 駅は、各駅停車しか止まらない郊外の私鉄駅。

 線路を挟んで、南北それぞれにホームと改札があって、僕の使う2番線ホームは南側。向かい側の1番線ホームに、その女の子がいた。


 毎朝、目の前に同じ女の子がいるんだ。

 そりゃ気になるだろう?

 

 彼女は、いつもホームのいちばん前で、カバンを両手に電車を待っていた。

 制服は、若緑色のブレザーに白いブラウスと赤の紐タイ、チェック柄のスカート。白い靴下は小さく折られていて、革靴はいつもピカピカだ。


 髪は黒くて、肩にかかるくらいの長さ。

 あごをあげて、どこか遠くを見つめる仕草が、とてもかわいい。


 月曜から金曜までの毎朝、僕と彼女は向かい合って電車を待つ。

 その間、僕はただ一方的に、そっと彼女を観察する。

 たまに視線が交差して、あわてて目をそらすこともあったけど。

 たぶん、気づかれてはいないと思う。


 せめて同じホームだったら、挨拶くらいできたかもしれない。

 でも、僕の定期では向かいのホームに入れないのだ。

 たった数歩の距離が、とても遠い。


 文庫本を読む彼女。

 あくびをこらえる彼女。

 息を切らせて走ってくる彼女。

 マフラーに顔をうずめる彼女。


 僕の中は彼女の姿でいっぱい。

 彼女がいない朝なんて、授業もうわの空だ。

 視線に気づいて、時間をずらしたのか?

 それとも、風邪でもひいたのか?

 なんて悩んでしまって、夜も眠れない。

 でも翌朝、いつもの場所に彼女がいて、こっそり背中でガッツポーズをした。


 そんな彼女のおかげで、僕は風邪で1日休んだだけで、進級できた。

 遅刻だって1回だけだ。


 そして1年が過ぎた、ある春の日のこと。

 僕はついに決心をした。


 明日、ホームの向こう側に行こう。

 たった一言、おはようと言えたらそれでいい。

 もし無視されたら、その時はきっぱりあきらめよう。


 実はこの春から、ダイヤ改正で上り13分がなくなるのだ。遅刻しないためには7時5分の電車に乗らなくてはいけない。


 だけど、下り13分は残るから、僕はもう、駅で彼女を見ることができなくなってしまうのだ。


 まさか1本電車を遅らせて、毎朝遅刻するわけにもいかない。

 行動するなら、もう今しかない。


 そして、ダイヤ改正の前日。

 早めに駅につくと、踏み切りを渡って2番線ホームへ向かった。


 切符を買って改札を抜けると、そこから見える風景は、何もかもが違っていて新鮮だった。


 そして7時8分、もうすぐ彼女があらわれる時間になる。

 手がじっとりと汗ばんでくる。

 13分までの5分が勝負だ。


 ところが。

 いつまでたっても、彼女はやってこない。

 今日にかぎって欠席?

 目の前が真っ白になる。


 電車到着のアナウンス。

 僕は改札をふりかえったまま、動けない。


 やがて、乗客を乗せて13分の電車が走り去る。

 人気のなくなったホームに、彼女の姿は見つからなかった。


 チャンスがなくなったわけじゃないけれど。

 はたしてもう1度、ここまで自分を追いこめるだろうか。

 ふらふらと近くのベンチに座って、ため息をひとつ。


 次の電車までに向こうのホームへ戻らないと。

 僕はしぶしぶ、ベンチから立ち上がった。



 つづく

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