第3話 「カクヨム」運営者の憂鬱

叩いても叩いても湧いてくる。モグラ叩きのように。チンアナゴのように──いやいや、そんな可愛いものではない。彼らは手を替え品を替え、名前も性別さえも替えて何度でも蘇る。



「カクヨム」は小説を投稿できるサイトだ。もちろん、その手のサイトは昔からあったし、個人ブログで小説を書いている人も沢山いる。それらブログにリンクを貼ったまとめサイトも数多くある。そういう意味では決して新しいサービスではない。それどころか、大手としては参入が遅いくらいだ。

だから、先行するサイトをあらかじめ観察し、良いところも悪いところも研究し尽くした──筈だった。


往々にして、ネット上では「物言わぬ多数派サイレント・マジョリティ」より「声高な少数派ノイジー・マイノリティ」に支配されやすい。真面目にやるよりそっちの方が手っ取り早いし、何よりも直ぐに〝注目〟されるからだ。彼らは少数派ではあるが、場を支配してしまうため、放っておくと「物言わぬ多数派サイレント・マジョリティ」が静かに立ち去ってしまう。

放置すれば最終的に「声高な少数派ノイジー・マイノリティ」だけが残る。だが、彼らはみずから生産するということをほとんどしない。何かを生産している──何かを生み出している人達がまわりに沢山いてこそ「声高な少数派ノイジー・マイノリティ」は生存できる。よって、「物言わぬ多数派サイレント・マジョリティ」が居なくなれば「声高な少数派ノイジー・マイノリティ」もやがて消え去ってしまう。

森があれば山火事が起こるが、禿山になった後では山火事も起きない。そうやって、幾つものコミュニティが荒れ果てた挙句、消えて無くなった。同じ轍を踏んではならない。


「生産性もなく荒らすだけの「声高な少数派ノイジー・マイノリティ」なら、見つけた瞬間に良いじゃ無いか?」──と思われるかも知れない。

ところが、最初から声高ノイジーな人は決して多くないのだ。また、彼らは凡庸ぼんようであるが故に生産性がないわけではない。最初からだけだ。奇をてらって悦に入る。悪ふざけが大好き。そういう種族である。だから、本筋とは外れているものの、ネタとしては意外と面白いものもある。ただ、彼らの習性としてそれを放置しておくと、どんどんとエスカレートする。他から苦情がくることもある。だからいずれは──運営として──注意しなければならないのだが、その段階で突如として声高ノイジーになるのだ。引っこ抜かれたマンドレイクみたいに。


仮に、「声高な少数派ノイジー・マイノリティ」を見つけた瞬間に問答無用で抹消してしまった場合、思わぬところから横槍が入ることがある。他ならぬ「物言わぬ多数派サイレント・マジョリティ」からだ。彼らが〝物言わぬ〟のは、我慢強いからではない。

──いやまあ、そういう人達もいるだろう。安易に〝多数派〟と一括りにしてはいけないのかも知れないが、〝物言わぬ〟人達の中には「現状に満足している」人達も多いのだ。

「お客様の意見を取り入れて、より良く……」とか言って、お客様の声──端的に言えば苦情を吸い上げ、システム等を改良した途端、それまでの〝物言わぬ〟多数の人達から総スカンを食らってしまうという可能性すらある。


──気に入らない人は声を上げる。

──気に入っている人は声を上げない。


そういうことだ。


「何とかしろ!」と苦情を言う人はいても「そのままでいい!」と言いにくる人はいない。寄せられた苦情を〝多数の声〟と勘違いすると、目測をあやまる。もちろん、本当に多数の声の場合もあるので、そこは慎重に見定め、対処しなければならない。


これとは別に、運営が勝手に登録者を抹消するというを嫌悪する人もいる。抹消された当事者は当然だが、直接は関係の無い人達でも、そのを嫌う人は多い。

運営者はボタンひとつで登録者を抹消できる力を持つため、言うなれば神に近い存在といえる。だが、力を行使するにはそれ相応の理由が必要だ。相手が規定に反する悪事を働いたとしても、あらかじめ警告し、所定の手順を踏んでから抹消するのでなければならない。

だからといって、時間をかけ過ぎるとことになる。声高ノイジーな人達は全体からみれば少ないとはいえ、一人や二人ではない。悪貨は良貨を駆逐する。ノンビリしていると、「物言わぬ多数派サイレント・マジョリティ」が静かに──しかし確実に逃げていく。この塩梅が難しい。


我々は熟慮の末、一通の「お知らせ」を出した。


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運営からのお願い


いつも「カクヨム」をご利用いただき、誠にありがとうございます。


当サービスにおきまして、他のユーザーのペンネームや作品名、作品内容を勝手に模倣したり揶揄したりする迷惑行為に対し、多数の通報をいただいています。


当運営事務局は、こうした他のユーザーに迷惑をかける行為、いたずらに他のユーザーの不快感をあおる行為等に対しましては、本ブログ並びに個別のメールにて、その改善を求めるお願いをさせていただきます。

ユーザーの皆様に当サービスを快適にご利用いただくために、何卒ご協力のほどお願い申し上げます。


なお改善いただけない場合、また類似の行為が繰り返された場合等には、当サービスのご利用を停止させていただくこともございますので、あらかじめご了承ください。


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迷惑行為には、模倣や揶揄の他に、下ネタ系のいわゆる〝公序良俗に反する〟ものも含まれるのであるが、こちらはこのような曖昧な警告するまでもなく、読めば分かる代物だ。予告無しで抹消したとしても、「ああ。あの作品は仕方あるまい」と分かってくれる。仮に抹消に納得しない人がいたとしても、『なぜ抹消されたのか?』は分かるはずだ。

模倣や揶揄が問題なのは、その作品が模倣や揶揄であるということが、からで、商用小説の盗用パクリと同様の問題である。作品自身に問題があるわけではなく、作品の制作過程に問題があるのだ。

仮に、これら模倣作品を予告無しで抹消したなら、事情を知らない多くの「物言わぬ多数派サイレント・マジョリティ」が運営の姿勢に不信感を持ち、静かに立ち去ってしまう可能性も否定できない。だから、我々は手順を踏み、「お知らせ」という名の〝警告文〟を出すことになった。


むろん、この程度の〝警告文〟で模倣犯──その中でも特に悪質な人達が黙って引き下がるとは思えなかったし、事実、ほとんど改善はされなかった。ただ、これはあくまでも手続きである。彼らを適法に〝引っこ抜く〟ためのセレモニーに過ぎない。

問題は引っこ抜いたである。マンドレイクは引っこ抜いた後に騒ぎ出す。


案の定──というか懲りずにというか、さらに警告した上で改善されなかった場合にのみ彼らを抹消しても、彼らは何度も何度でも蘇ってきた。ただ、全く同じペンネームという人は少ない。彼らは手を替え品を替え、名前も性別さえも替えて何度でも蘇る。

今は、メールのアカウントですら無料で自由に手に入る時代だ。完全に匿名で──正確には匿名のようにだけなのだが──再登録することができる。だから、出入り禁止を何度喰らおうと、何度でも戻ってこられる。


さて──、ここでちょっとした疑問が脳裏に浮かんだ人がいるのではないかと思う。「名前も性別も変えて登録し直してきた人を、どうやって同一人物と〝特定〟するのか?」


なるほど。もっともな疑問だ。その点は我々も充分に考えた。そして、ひとつの結論に達した。「カクヨム」は小説投稿サイトである。書かれているのは大量の文章だ。ならば、、相手を特定すればいい。

漫画家の画風や作曲家の曲調が作者ごとに違うように、小説家の書く文章も個人個人で違う。文体から作者が知れることも往々にしてあるだろう。これら書き手の特徴クセを定量的に調べ上げればいい。


計量文献学Stylometry──学術的にはそう呼ばれる分野だ。


もともとこの学問体系は、書かれた文章の真贋判定を行うために発展したものだ。「シェークスピアの戯曲は誰が書いたのか?」「源氏物語の『宇治十帖』は贋作ではないのか?」そういう真贋論争は枚挙にいとまがない。そこで、品詞の出現率、使われる単語の偏り、漢字とかなの比率、句読点の密度や位置などを多変量解析を駆使して調べ上げる。過去には、グリコ森永事件の脅迫文の解析にも使われたと聞く。

もちろん贋作は、原作者の文体を模倣して書かれているから、一見すると同一人物が書いたものと見間違えてしまう。だが、例えそうだとしても、書き手自らの特徴クセを完全に消し去ることはできない。模倣は模倣でしかなく、真作にはなりえない。


模倣犯とは、要するに〝〟である。〝なりすまし〟が一番嫌うのは、完璧になりすましていると自負しているにも関わらず「あなた、◯◯さんでしょ」としてしまうことだ。

最初、計量文献学Stylometryによる「あなた、◯◯さんでしょ」という指摘がどこまで正しいのか? 我々運営側も半信半疑だった面がある。「99%有意」とコンピュータがはじき出していても、実際に書かれた小説を見ると、アカウント抹消前の作品とは似ても似つかぬものだったりするわけだ。そして、名前も性別さえも違うわけである。

本当にこの指摘を作者に送っていいものか?

本当に同一人物が書いた作品なのか?

もしも人違いで、訴訟を起こされたらどうするのか?


──結論から言うと、そのような心配はすべて杞憂だった。


実際に〝警告文〟を送ると、相手は一様に驚くようだった。「」というのはいささか曖昧な表現だが、「わぁ、どうして分かったんですか!」という単純な返信は来なかったし、〝警告文〟に対する苦情や問い合わせも皆無だったから本当のところは分からない。〝警告文〟を送った途端に退会するか、そこまでしなくとも、一旦出した作品をすぐに取り下げてしまうのである。

性懲りも無く、二、三度、別アカウントで登録し直した人もいた。それも結局は、繰り返し送った〝警告文〟には反応せず、二、三度の退会を繰り返して、再びやってくることはなかった。


こうして、計量文献学Stylometryによる模倣犯──要するに、〝なりすまし〟の駆逐は、我々の完全勝利で幕を閉じた──と言いたいところなのではあるが、1名、たった1名だけ、を演じ続ける人がいた。

「なりすましが完璧なら、それがなりすましかどうか分からないじゃ無いか?」──と思われるかもしれない。だが、彼は他の模倣犯とはまるっきり逆で、名前は固定のままで、発表した作品すべてが、違う作者の完璧なる模倣なのである。


ある意味、これは〝なりすまし〟ではない。ある人物に〝なりすます〟ためには、その人物になりきる必要がある。よって作風は固定されなければならない。改めて別人に〝なりすます〟には、メールのアカウントを取り直し、別人格として登録し直す必要がある。つまり、1アカウントにつき1人格として登録しなければならない。

──もっとも、これを行なった段階で、利用規約第6条第4項の「複数のアカウントを所持することはできません」に違反していることになるのだが……。


計量文献学Stylometryによる解析は、原作者の作風を真似て書かれた模倣犯の文章を調べ、「あんたは別人だろ」と指摘するのが目的だ。逆に、別々のアカウントで別々の人物のフリをしている人を見つけ出し「あんたら同一人物だろ」と指摘するものだと言ってもいい。こういうが、彼らには一番効く。

名前が固定──つまり、登録アカウントは固定のままで、複数の作者の模倣をするというのは、モノマネ芸人が様々な歌手の真似をするようなものだ。繰り返しになるが、これは〝なりすまし〟ではない。それではなりすませない。


彼の存在は、誰かが「模倣だ」と指摘して見つかったものではない。計量文献学Stylometryによる会員の同定作業の段階で見つかった異端者アノマリーである。

このシステムは、「同一人物と見せかけて実は他人」あるいは逆に「他人同士と見せかけて実は同一人物」を洗い出すために作り出したシステムであるから、彼のようなを見つけ出すためのものではなかった。

──いや、計量文献学Stylometryによる解析は、彼が仮に多重人格者であったとしても、その同一性を暴き出すはずだった。だから、システムが導き出したのは、


──彼が書いた個々の作品は全て別人の書いたもの


という結論だった。


個々の作品が全て別人が書いたもので、かつ、それが一つのアカウントから発信されていたとすれば、利用規約第6条第3項の「会員は登録したメールアドレスおよびパスワードを第三者に利用させ、または共有、譲渡、貸与、名義変更、売買等をしてはならない」に違反しており、それはそれで警告を発することができる。


我々運営の中でも、彼に警告を発すべきか否かは意見が分かれた。模倣とは言え、文章を丸ごと盗用しているわけではなかった。盗用元──と思われる──作品とはそれなりに異なった作品なのである。さらに、模倣されたという〝被害届〟も出ていない。利用規約第6条第3項の「共用するな」に反すると言っても、それは文章からの推測でしか無い。

──99%有意だから、科学的にはほぼ断定しても良いレベルではあるのだが。


だから、まずは「問い合わせ」を行った。「アカウントを共用されていませんか?」という問い合わせである。

特別なことをしているわけではない。他の模倣者が別アカウントで何食わぬ顔して蘇ってきた時に出すのも最初は「問い合わせ」から始まる。「あなたは◯◯様ではありませんか?」と始める。9割はここで立ち去る。そうで無い場合は、利用規約第4条第3項の「当社の判断によって、(中略)会員登録の取り消しを行い、以降一切の本サービス利用をお断りすることがあります」を持ち出す。これで万事解決だ。

さて、今回はどうなるだろうか?



返答は早かった。──というか、返答があるとは思っていなかったというのが率直なところである。

返答してきたのは、彼のだった。──いや、本人でもある。ついでに言うと、の性別は男性で、確かに「彼」なのだが、書いていたのは「彼」でも「彼女」でもなかった。


書き手は人工知能AIだったのである。


結局、彼のアカウントは取り消されることはなく、現在に至っている。このような事態は想定外だったため、現在の規約では違反とならなかったからだ。

今も「彼」のの手により人工知能AIはたびたび改良され、既に模倣と呼ばれるような域を脱してオリジナルを書き続けている。興味が湧いたなら「彼」を探してみてほしい。下手な人間の作者より面白いから──。

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ロゲルペグニージ 悪紫苑 @AXION_CAVOK

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