第一章~邂逅~

黄昏に染まりつつある空を眺めながら道のりに沿って歩いていく。

「流石に『黄昏の町』というだけあるなぁ。」

夕焼けに照らされる商店や民家が、昼間見た時とは別の顔を見せ、瓦の一枚一枚が赤茶色に映り漆喰で出来たような壁は夕焼けと同じ色を写す。

ここまで綺麗な街並みはなかなか拝めるものではない、そう思っていたがここら辺に住んでいるらしい人々はこの景色をまるで当たり前のような顔をしている。

そして、自分の背丈ほどあるブロック塀の間をくぐり抜けていくと、比較的広い道にでた。そこには自動販売機やコンビニエンスストアなどの、近代的なモノが多く目につくことに、気が付いた。

「こんな街でも一応コンビニとかはあるんだな。便利なものは勝手に入ってきちゃうもんなぁ、こんな世の中じゃあ切っても切れないのか。」

広い道沿いを歩くことにしようか、時間はあるから目的地は決めてないが、回れるだけ回ってみよう。

それにしても、歩けば歩く度に見覚えのある風景が増えていく、おかしいな、ここへ来るのは初めてのはずなのだが、、、

なんでこんな疑問が湧くんだ?

疑問を持ちながら一歩ずつ前に進む。

そしてボクはいつのまにか、ある和風邸宅の前にいた。

そこで一つ、疑問にたいしての答えが頭の中をよぎる。

そうか、そうだった、なんでこんな簡単な疑問に頭を悩ませていたんだ。今考えれば笑えてくるぐらい簡単な話じゃないか。

実際、今のボクの表情には笑みがみてとれるだろう。

そうだ。ここは『車で通った道』じゃないか。

ということは、この民家はあの少女がいた家ではないか。

夕焼けも薄暗くなり、うっすらと月が出てきている今では印象がまるで違う、それがボクを悩ませた原因でもあり、目の前にある民家をミステリアスにしている。

深い竹藪が民家の隣に佇んで、風に吹かれるたびに独特の音を奏でる。

そうした状況が今、ボクの判断と感情を狂わせいるんだろう、なぜか分からないがこの民家に入りたい、いや、入らなければいけないという使命感が心の底から湧く。

こうなってしまった以上、もう理性では止められそうにない、そっと、竹でできた小さな門に手をかけると、その門はゆっくりと開き始めた。

敷地の中に入り、曇りガラス張りの引き戸を音をたてないように慎重に開ける。

中は明かりが無いため暗く、足元さえしっかり見えなかった。

足音をたてないように上がり比較的明るい縁側の方へ向かって行く、縁側はかなり長く左側から庭へ出れ、右側は直接部屋につながっているようだ。

縁側から庭の方へ見上げると、いつのまにか満月がはっきりとみえるようになっていた。

青白い月光がボクの目にはいる、薄暗い室内を照らす唯一の光だ、まるで十五夜の時のような華麗な月に、ボクは見とれていた。

「奇麗であろう?今宵の月は」

艶めかしい、なお幼いような声が、ボクの背後で響く。

すぐさま後ろを振り返ると、そこには月光に照らされる幼い少女がこちらをみていた。

油断していた。と、思うと同時にボクは、その少女に目を奪われていることに気づく。

なんて可憐で、儚くて、それでいて何とも神秘的なんだ。

「まあお主がなんの為に私の家へ忍び込んだのか知らないが、その様子だと盗人ではなかろうな。」

見た目からでは想像の出来ないような口調で話すこの少女、ただならぬ雰囲気を感じる、魅力は感じるがここは関わらないのが吉だろう。

「、、、勝手に不法侵入をしてしまったのは許して下さい、ただあなたの言うように盗人では無いです。気付かぬうちにここら辺にたどり着いてしまったので、近くにあったこの屋敷に少しお邪魔させてもらってただけなんです、すぐにおいとまさせていただきます。」

そう嘘と敬語を交えた挨拶を口にし、踵を返し、玄関の方へ向かおうとすると、

「まあまて、別にお主を咎めようとは思わん、少し話相手になってもらおうと思っただけだ。」

そう言われ、ボクは立ち止まった。

「話相手?」

「そうだ、勝手に人の家に上がり込んでおいて責任を取らないとは言わせぬぞ?」

、、、返す言葉が無い。悪いことをしているのはこっちのほうなのだ、

「そこまで時間はとらせぬ、ま、そこに座るがいい。」

「、、、失礼します。」

指さされた先の座布団の上に腰を落とす。

部屋の中は後ろの縁側以外をふすまで囲われた和室だった。その部屋のちょうど真ん中に布団が敷いてあり、その上に少女が座っていた。少女は昼間見た時のような着物、振袖ではなく浴衣に近いものだ。

「そう敬語で話すな、お主より年下なのだぞ?」

「ああ、いや、しゃべり方が変わってるなと思ったから、、、」

「そうか、話し方が変わっているとはよく言われる。ところでお主はなぜ、この家に入った?」

「え?あ、その、、さっき言った通りに、、」

「さっきの言葉は嘘であろう?お主嘘のことは流暢に話すくせに会話となると慌てだすのだな、面白い奴じゃ。」

そう言って笑う少女、それにしてもなぜあれが嘘とばれたんだ、しかもボクの癖も指摘するし、何者なんだこの子?

「嘘をついたのは謝るよ、、」

「別によい、謝罪の言葉よりも理由を聞きたい。」

彼女は冷徹に進める。

「歩いていたらここにたどり着いたのは本当だよ。ただここは昼間通った道で、そのときにあなたを見たから気になってしまって。」

「そうかそうか、私のことが気になったからか。はっはっはっはっはっはお主は本当に面白いな。」

なんでこんなにも彼女は笑っているんだ?

気になったことがそんなに面白いのか?

ん?気になったこと?

も、もしかして、、、

「い、いや!決してあなたのことが好きって訳ってことではなくて!!!」

「ふーーん、そうなのか?顔が紅く染まっていて説得力がないぞ?」

ニヤニヤとしている彼女、とっさにボクは手で顔をおさえる。

顔が紅潮しているのに気づくが、すでにおそかった。

「まあまあ冗談はこのくらいに、さて、このままお主やあなたでは呼びにくいだろう?私は古宮ふる みや 結花唎ゆ か りだ。好きなように呼べ。」

そう言って右手を差し出す結花唎。

「ボクは七ヶ峰しち が みね 繰弥くる や、じゃあよろしく、ゆかり」

その右手に触れるボク。

「ああ、よろしく。繰弥、お前この街に来てから日が浅いじゃろう?明日でも私が案内してやろうかの。」

「あ、うん、案内してくれるのはありがたいんだけど、どうしてボクがこの街に来たばっかりだと?」

「いや、じゃって、そもそも長く住んでいる者なら私が知らないはずはないし、道に迷ったということはここら辺をよく理解していない証じゃろ?」

目を丸くし首をかしげる、まるで、こんなことも分からないのかと言わんばかりに。

「、、それもそうだね。ごめん。なんでよく考えもしないで質問したんだろう?」

「気にするでない。わからないことがあったら問う、それが一番手っ取り早いんじゃ。無意識にとる行動なんて効率を優先しているからな。」

結花唎はボクに語り聞かせるように言う、知らないことは悪いことではないと言いたいのか、語り口調はどこか優し気だった。

「へえ、そういうものなんだ。まあ、その、案内のお誘いは受けたいのは山々なんだけどね、用事が入ってるんだ。ホントにごめん。」

そう、明日は新しい学校に行かなければならない。一日中いるわけではないんだが街の案内を受けていられる時間はなさそうだ。

「そうか、それは残念だな。」

彼女の表情が暗くなるが、

「明後日なら暇だと思うよ、その時ぜひ、案内してほしいな。」

この言葉を聞き一気に明るくなる。

「ああ!私はいつも暇じゃからな、困ったことや暇な時間があればいつでも『うぇるかむ』じゃ!」

満面の笑みで言った結花唎のカタカナ語は、どこか言いにくそうだった。

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