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序章
静かな町を1台のミニバンが音を立てて行く。
この町には狭い路地が多く、慣れていない者はいちいち通るのにもなかなかの苦労を要するようだ。隣に座って運転している父の額に汗が滲んでいる。
「父さん、大丈夫?」
そんな事を口にしてみる。こんな心臓に悪い運転をされては引っ越し先につく前に貧血を起こしそうだ。
「ああ、大丈夫だよ。すまんな、思ってたより時間かかっちゃてる。こりゃあ到着するのは3時過ぎちゃうかもな。」
そう言って車の時計をチラ見する、現在2時50分、カーナビを見るにはここから3kmと離れていないが今のような状況が続くとするなら3時は軽く超すだろう。
軽くため息をして窓ガラスの外を眺める。
この町にはかなり古い建造物が並んでいる、どれもこれも僕のいた町にさえ無いような古民家がほとんどだ。
さらに驚くことに、このような古民家は今でも使われているというのだ、居住している人もいれば改装して流行りの古民家カフェのようにしているものもちらほらと見つかる。
見ていて飽きないというか、平凡の中に非凡があるというか、とにかくこの町はそういう魅力があり最近はちょっとした観光地として県内外から人が集まるらしい。
そんなことを考えながら景色をながめていると、
「ん?」
景色の中にささいな違和感。
「何だ、どうした?」
「んー、いや、ちょっと気になることがあって」
「どうした、言ってみ」
そう父は問いかけてくるが、ほんとに大したことないんだけどな、、、
「いや、ホントにちょっとしたことなんだけど」
そう言ってボクは、父に質問する。
「今って5月だよね?」
「ああ、そうだよ、それがどうかしたか?」
少しづつ疑問という靄は消えていく。
「もう一つ聞くよ、今日平日だよね?」
「そうだな、何か変わったことでもあったか?」
このとき、疑問は確信に変わった。
「さっき変わった女の子がいてさ、結構大きな和風の家の縁側に座ってたのよ、しかも着物を着ててさ、おかしいなと思って」
「それのどこがおかしいんだ?」
、、、やっぱり父にはあまり興味の無い話題だったらしい。
「その女の子さ、小学校高学年くらいの見た目だったんだよ、今日平日なら学校に行ってるんじゃないかと思ってさ」
「休みだったんじゃないか?学校」
そうじゃないんだよ父さん、、、
「いや、5月の平日ってことは基本的には学校があるはずなんだよね、仮に休みだったらもっと遊んでいる子がいてもおかしくないと思うけど」
「ならその子が学校を休んでいたんじゃないのか?風邪とかひいてたかもしれないだろ?」
「風邪ひいてたら縁側になんか出ないでしょ、しかも着物なんてわざわざ着ないよ」
「それもそうだな、でもこんな街のことだ、普段着っていう人も少なくないだろ。」
そう言って父親は話を区切る。
「さあ、着いたぞ。」
そう言われ見上げた先には真新しいマンションがそびえ立っていた。
「、、意外と新しいマンションだね。」
「そうだな、まだ完成して一年足らずらしいぞ。」
「、、、お父さんの安月給でよく借りれたね、そんな高そうなマンション。」
皮肉を込めて、こう言ってみた。
「まあな。前々から貯めておいたんだ。生活の場所くらい贅沢してもいいだろ?」
「、、、、まあね。」
「『前々』から」って、、、ということは母さんとの離婚を前もって計画していたのか?まあ、仲が悪かったのは最近だけのことではないし、離婚の計画を数年前からたてていても不思議ではないな。
そんなことを考えながらマンションの入り口にはいっていく。
マンションは前述したように真新しく、ホテルのような高級感が溢れ、清潔を徹底しているのが目に見えるようなものだ。
しかし、流石にこんな高そうなマンションを借りれるほどの蓄えを持っているようには見えなかったな。
マンションの中はホテルのフロントのような形になっている。
その中には大きなソファが幾つかあり、それぞれの隣にこれまた大きな柱がたたずんでいる。
ソファは不規則に置いてあり、それに伴って柱も立っているから柱の実用性は無く、飾りのために立っていることがわかるな。
また、柱が古代ギリシャを彷彿とさせる形状をしており、それとなくパルテノン神殿を思わせるようなデザインのフロントだ。
入り口から向かって右側にエレベーターが二台あり、それぞれに装飾が施されている。
エレベーターの前へ向かう父親に問う。
「父さん、部屋って何階?」
「6階だよ、」
そういいながらボタンを押す。
離婚のことを意識してから、父さんに話づらくなってしまった、あちらは気づいてないだろうが考えていたこっちが精神的にキテる。
ちょうどよく1階に居たのかすぐに甲高い音を上げた。
エレベーターの中はシンプルなデザインで、フロントとのギャップを感じる。
乗ってから6階に着くまで時間はかからなかった、無駄に長く乗っていなかったのは幸いだ。
エレベーターのドアが開くと、またもやホテルのように二股に廊下が分かれている、ただ、1つホテルやマンションと違うのは、1フロアに部屋が2つしかないことと、ドアにインターホンが付いていないこと。
これらのことに関しては事前に父親から聞いていた。
なんでもこのマンションは、元々は1フロアを1世帯で住むものらしく、そのため部屋は1フロアに1つだったらしい。が、あまりにも高額であり、それに伴って居住者が集まらなかったため1つの部屋を2つに分け、価格削減のためインターホンを設置せずに再度、居住者を募集したという話だ。
インターホンもつけない所、ここのオーナーもかなり切羽詰まった状況なのが丸分かりで面白い。
鍵はちゃんと付いているのでセキュリティー面での心配はないが、フロアの性質上、隣の部屋の人とは深く関わることになるから気さくな人でないとここでの生活は相当厳しいだろう。(因みにボクはそこまで温情ある人間ではないが父の方は逆に、人と関わりたがる性格なのでこのマンションはうってつけなのではないか)
そしてボクは重量のあるドアを開ける。
目の前にはフローリングの廊下が有り、突き当りにドアが見える、廊下はそのまま右に伸びていて途中で左に抜けることができ、その突き当りにもまた部屋がある。その廊下には右に部屋が3つほどついていて、一つ一つはそれなりの広さがあるが和室2に洋室1という部屋割りになっているため使い勝手があまりよろしくなさそうだ。
最初に述べた廊下の突き当りを右に曲がると、部屋の中でも最も広いLDKが広がっている。
「取り敢えず好きな部屋に自分の荷物を置いてきな。」
そう父が言うので廊下の横の、一つだけあった洋室に荷物を投げ入れる、この洋室にはベッドが完備されており、ベッドの横に大きな窓がつけられていた。個人的には好きな雰囲気の部屋だ。
荷物を置いたあと廊下に出ると、ちょうど父が廊下の奥の部屋から出てきた。
「ちょっと外の散策でもするか?ここら辺は見ていて飽きなそうだ、七時に飯を食いに行くつもりだからそれまで適当に過ごしてていいぞ。」
「うん、ならそうしようかな。結構気になる場所が幾つかあるからね。なかなか興味深い町だと思うよ、ここは。」
「『黄昏の町』って言われているからな、古き良き文化がいまだ根強く残っているんだよ。それが現代人から見ると新鮮に見えるんだろうな。」
そう言って父はポケットからひしゃげた1000円札を二枚程取り出す
「ほら、これを持ってきな。何かあると困るからな。」
「ん、ありがと。」
もらった2000円を財布にいれドアに手をかける。
「じゃ、いってくるよ。」
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