アルハンゲリスク州

 彼女と最初のセックスは未遂に終わった。カーテンの隙間から何かが覗いていたので、興奮しすぎて彼女を脱がすに至らなかったのだ。

「また覗いてたの。でも今日はダメ」

 彼女は仕方ないといったように溜息をつき、襟元がはだけているままカーテンを開いた。正面にある団地はどの部屋もひとつとして明かりが灯っておらず、まるで廃墟のようである。

「いつかこうなると思ってたよ」

 ベランダにいたカラスのようなものがそう言った。頭がカラスだからカラスなんだろう。その体が人間のようでも、その手足がカブトムシのようでも。

「どうしたらわかってくれるの」

 彼女がそう訊いて、カラスはかぁと鳴いてみせた。それがカラスの最後の言葉だった。彼女はカラスの頭を植木鉢で殴って、殴って、舐めて、殴って、頭から真っ白な液体が噴き出るまで何度も何度も植木鉢を振り下ろした。僕は布団の下で潰れていたキャスターマイルドを探し当てて、その中からマシな一本を取り出して口に咥えた。

「殺すことはないじゃないか」

 心にもないことを僕が言うと、彼女は嬉しそうに笑った。その笑顔がまったく行動に反映されていないので、彼女はやはり壊れている。三年前にあの植木鉢で僕が殴ったからだ。ちなみに彼女と出会ったのも三年前で、今までセックスさせてくれなかったのは植木鉢で殴ったからだ。

「邪魔はいなくなったから、続きをしましょう」

 彼女は血濡れの手で胸元のボタンに手をかける。僕は目を瞑って下腹部の様子を伺うが、すでに閉店間際の飲食店のような寂しさに満ちていた。

「今日は無理だよ。そう何回も頑張れるものじゃない」

 そう言うと、彼女は笑顔のまま植木鉢を手にした。僕の頭蓋は砕けて脳漿が飛び散り、それに混ざって去年なくした交通機関のICカードを見つけた。それと、彼女と出会った日に貰ったハッカ風味のキャンディ・ドロップも。

「元気になった?」

 いいや、と口にしたけれど下腹部は元気になっていた。脳の血液が全部集まったのだろう。

「知ってる? どこか体の機能を削ぐと、残った部分で補おうとするの。脳の代わりは、前立腺」

「それは知らなかった」

 彼女のブラウスのボタンはすべて解け、彼女の乳房と、肋骨と、五臓六腑が露わになる。

 神様。ああ、どうか。この時が、ずっと。



"Архангельская область" Closed...

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オルタナティヴ曼荼羅イノベーション isa @coldminute

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