第18話 彼らと彼は、死闘する

 ザアアアアアアアア───


 容赦ない雨粒が、彼らの足元をしとどに濡らす。

 しかし、少年と鴉はまるで意に介さぬかのように、立ちはだかる巨大な白蜥蜴へと舞い踊る!

 その後ろで───


「余興にはスパイスが必要ですからね。まずは───『アクセル』」


 星霜が静かに呟くと、彼の体から放たれた電光が変化した。幾粒もの光の粒となり、キラキラと瞬いて少年と鴉に降り注ぐ。


 途端に身体が熱くなる。それこそが、星霜の───いや、体内薬物を作り出す能力ソラリスによる力。脳内の分泌物を変化させ、活性化させる。今や、京介の速度は身体能力の限界を超え、目に見えぬ速度を手に入れていた。


「これだけではありませんよ。ソラリスの真骨頂をご覧あれ」


 ぐ、と星霜の両の拳に力が入り、そのまま両の腕を空へと広げる。


「『狂戦士』『戦乙女の導き』───奮い立ち戦いたまえ、戦士のごとく」


「───ッ!!」


 別物質が、皆の体にさらなるブーストをかけていく。それは身体中を巡り、怒涛のエネルギーを与えていった。京介は、まるでこの身体が一個の火球に変わったかのような熱さを感じる。


(敵にはしたくないものだな……諸星星霜)


 FHエージェントに助けを借りるなど遺憾の極みだが、今はそんな悠長なことは言っていられない。怪しく光る丸眼鏡の向く先はひとつ……白き大蜥蜴。そして自分も、師匠も、同じ方を向いている。


(そうだ───今は、全力を叩きつけるのみ!!)


「はああああァァァァッ!!!」


 音速の速さをも超えた超速の走りで、ぐんぐんと距離を詰める。雨粒がもはや銃弾のように自身を撃つが、先程の脳内分泌麻薬のせいか、それすらも心地よい。今までにない快感と熱さを得、全身から高熱が噴き出す!!


 そのまま渾身の力を、いつしか巨大な大剣へと膨れ上がった、業炎の剣に集中させる───狙いは、白蜥蜴の眉間!!


「喰らええええぇぇぇぇぇッ!!!」


 ドガガガガガガガガッ!!!


 目にも止まらない斬撃を繰り出し、その度にお世辞にも小規模とは言えぬほどの爆発が発生。周りの雨粒を全て蒸発させ、大量の水蒸気が周囲を包み出す。


 そして───


『くっふふ……威力はどうなろうと、同じような戦法ではねぇ……』


 水蒸気からうっすらと現れた白蜥蜴は完全に無傷だった。以前と同じように、砂の結界を用いて威力を無効化したのだ。


 肩で息をする京介に、白蜥蜴はニタリと笑う。


 しかし───京介もまた、口の端を曲げて、ニタリと笑った。


「……今です! お師匠様ッ!!」


 間髪入れずに、巨大な「黒き虚」が怪物の背後から展開された。黒い歪な重力の虚無が、一直線に白蜥蜴へと迫る!!


「ぬッ───!?」


 慌てて振り向くジャーム。そこには黒き虚の迫る遥か後方に、ギラギラと殺意を輝かせる一羽の黒鴉が……!


「圧し潰されるがよいわ───『黒の鉄槌』!!」


 京介が囮であったと気付いた時には時既に遅く、白蜥蜴は黒き重力に飲みこまれていく。


「ああああ───ぐぁぁぁぁぁぁ!?」


 ぼきぼき、ぐしゃりと骨と肉が砕ける音。


「やったか!?」

「いや、まだじゃ!! 奴の気配が消えておらぬ……!!」


 京介の油断に一喝する神威。確かに、何か……嫌な予感がする。刹那。


 ───ズッ……


 何か唐突に音を聞いて、京介は訝しんだ。


「なん……だ?」


 自然、視線を下に向け───目を見開く。


 


「…か……はッ!?」

「京介!?」


 壮絶な激痛に、そのまま崩折れる京介。霞む視界を巡らすと、屋上の鉄骨が一部破壊されていた。どこからか音もなく、引きちぎられた杭が飛んできたのだ。そうとしか思えなかった。


『僕の領域で勝手なことをするからだよ』


 重力場が消え去り、重力で歪んでいた空間が晴れると───


 ニタニタと笑う白蜥蜴の横には───


「お……お前……ッ!?」


 血塗れになった恋の母親が、重力場で潰され、無残な有様となって転がっていた。


『いやあ、今のは危なかった。だから、恋ちゃんのお母さんが庇ってくれたのさ。婿を身を挺して守ってくれるなんて、なんて心優しいお母さんなんだろうね』


 端から気絶していた彼女を、領域の力で無理やり引っ張り庇わせたのだろう。京介は怒りに震える。激痛よりも、憤怒が彼を支配していた。


「くそ……ジャームめ……なんて卑怯な……!!」

『卑怯? 何を言っているのかよくわからないなぁ。お母さんが守ってくれたって言ってるじゃないか。お父さんとお母さんは、ここに来たんだよ』


 ケラケラと笑う白蜥蜴の瞳は、最初から正気を失っている。


『それじゃあ……僕から行かせてもらおうか。そろそろ、殴られるのにも飽きてきたんでね』


 白蜥蜴の目が赤く光る。同時に、足元が赤く輝き、彼を囲んで円形の陣を組み上げた。そして、叩きつける雨が異質な物質へと変化していく。

 それは、恐るべき数の禍々しい形をした矢───!!


『雨よ……千の矢となり肉を引き千切れ。───『ギガンティックモード』』


 全方位から、京介、神威、そして後方で待機していた星霜に対して矢が発射される!!


「──────ッ!?」


 肉の裂ける音。血飛沫が空中に舞い、赤い海を作り出す。

 白蜥蜴の不気味な哄笑が、辺りに響き渡っていた───

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