最終話 帝国へ

 達也は更に十数時間の間歩き続けた。


 あとはこの津軽海峡を渡り切りさえすれば、レイの部下が何とかしてくれるはずである。小さな希望だ。だが、今はそれにすがるしかない。


 じめじめとかび臭いトンネルの中を一歩一歩踏みしめていく。時折休憩を挟み、持ってきた食料や水を摂る。


 しかし、それももうほとんど底をついた。始めは肩に持っていたレイも今は達也の背中の上。小さな体で負ぶさり、達也はそのまま、帝国本土へ向けて歩んでいく。


 息が切れ、震える足が棒のように固まっている。しかし彼は歩みを止めることは無い。食料もそうだが、レイの体力的にももう猶予は残されていないのだ。


 彼女は既に歩くことはできなくなっていた。あの傷口が祟ってか、ひどい高熱をも発症している。


 顔を真っ赤に染め、ひどく呼吸を荒げている。さっき塞いだはずの傷からも、少しづつまた血が流れ始めていた。


 このままでは時間の問題だ。達也自身だってもう一睡もせず歩き続けているのだ。いつ倒れてもおかしくはない状況である。


「はぁ……はぁ……情けない姿じゃ……この辺りはもう帝国軍の管轄じゃからな……カメラなんかも取り付けられておるはずじゃ……これを見られては恥ずかしいこと限りない……」

「……もう喋っちゃ駄目だ。余計に体力を消費してしまう」


 そう言いながらも、達也の体力は限界だった。いや、体力などもうとっくに尽きている。最早雀の涙ほどの気力で進んでいる状態だ。


 今もし指一本でも触れられれば、彼はトンネルの床に転げてしまうことだろう。糸一本、いや髪の毛一本ほどで繋がったギリギリの状態である。


「……! あれは……」


 何処までも続くと思われた暗黒のトンネル。このまま、地獄まで続いているのではないかと思われた魔のトンネル。


 しかし、その先に、ついに希望の光が見え始めた。緩やかに上がった坂の上。


 アーチ状に漏れ出した光のカーテンが、達也を招き入れるかのように妖美に揺れている。間違いない、青函トンネル帝国側の出口だ。


「やった……レイ、やったよ……! 助かったんだ!」

「そうか……余は、助かったのか……」


 そう言って、ぐったりと達也に全身を預けるレイ。直後、すうすうと寝息が上がる。


 どうやら眠ってしまったようだ。これだけ見れば、やっぱり10歳ほどの幼い少女にしか見えない。


 達也は急に足取りを軽くし、その出口に向かって歩んでいった。まるで何かが背中を押すように、彼の歩みは速くなっていく。


 願わくは、これが死の直前に見た幻覚でないことを……


「はぁ……はぁ……着いた……」


 結局、彼の心配は再び杞憂に終わった。目の前には、あらんばかりの日光を暗闇に穿つトンネルの出口が、ぽっかりと達也の目の前に口を開けている。


 ついに、彼は生き延びたのだ。レイと共に、二人でともに。


「……」


 達也はふと後ろを振り返った。


 結局、コタツが戻ってくることは無かった。オコタンもまた然り、暗闇から姿を現すことは無い。コタツの気を引いたまま、どこかへと失せてしまったのだ。


 達也の心内にはまだぽっかりと穴があいたような気分だった。彼はまるで、親友の一人を失ったかのような喪失感に苛まれた。


 それにしても、旧八戸市で、そして旧青森市で見てきた物は全てが信じられないようなものばかりだった。


 LV.3との対話、オコタンの誕生、コタツの目的は何か、そしてとはいったい誰なのか。


 分かったことも多いが、その分、分からないことは数十倍にも数を増し、達也の頭の中を埋めつつある。


 達也はそこで一度頭を振り、再び前を向いた。


 そして、一歩、十数時間ぶりの光の中へと足を踏み入れる。





 ――コタツとは何か。





 その問いは未だ、彼の心中に残る最大の謎として重くのしかかったままである。






 ――――終末コタツ戦争 奔走編 完

 ――――to be continued......?

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終末コタツ戦争 ―奔走編― 柳塩 礼音 @ryuen2527

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