1話 お薬を作るお話

「やあやあ、よくぞ来てくれたのじゃ。我が友人よ」

 路地裏にある小さな工房のシャッターが大きな音を立て格納される。しばらくすると友人のもとへ、白衣を羽織った壮年の男が急ぎ足で駆け寄り、彼のことを出迎えた。髪やヒゲはぼさぼさに生え並んでおり、一切の手入れを放棄しているような風貌だ。

「でさ。博士は今回、いったいどんな粗大ごみを作ったんだ?」

「粗大ごみではない! 立派な発明品じゃ!」

 博士はぷんすかと腹を立てる。

「そうだ、発明品だったな。で、何を発明したんだ? ミニブラックホールか? 転送装置か?」 

「よくぞ聞いてくれた! まずはこいつを見てほしい」

 博士は工房の奥へと入っていくと、一台の台車をこちらへ運んできた。台車には発明品である何かが載せられているが、発明品には灰色の風呂敷が掛けられていて、目視のみに頼る場合はそれが四角形であること以外、一切の情報を知る術がない状態だ。だが、台車が重苦しい音を立てている辺り、上に載せられたものの重量はそれなりなのだろう。

「今回発明したのはこれじゃ!」

「これって、その四角形の奴のことか?」

「そうじゃよ。その四角形のものが新たな発明品じゃ」

「なら、早くその風呂敷を取ってくれよ。じゃないと、博士は風呂敷を発明したってことになってしまう」

「せっかちな奴じゃのう。よし、今このときをもって、我が発明品のお披露目を実施する。いざ神妙に括目するのじゃ」

 博士は風呂敷の上辺を掴み、ばさりと一気に取り除ける。風呂敷の下にあったもの。それは一見すると「小さな自動販売機」だった。

「自販機か?」

「そうじゃ。いや、自販機はワシの発明ではない。自販機内部の構造、そして排出物こそがワシの発明品じゃ!」

「なるほど。じゃあ名前は?」

「名前のぅ。今から考えるから、ちょっと待っておれ」

 博士は自らの額に指を当て、思考する。数秒ほどの間を経て、どうやら博士は発明品の名称を考えたようだ。博士は友人へ、声高らかにこう伝えた。

「決まったぞい。お薬作るくん2号じゃ!」

「2号? 1号はどうした?」

「1号は不慮の事故でな、もういないのじゃ」

「お、おう。そいつは気の毒だな。だからそんなしけた顔すんなよ」

「じゃが、この2号は1号の遺志を継いだ改良品。そうそう爆発したりはしないのじゃ!」

「ば、爆発って、中で何させてるんだ?」

「それは企業機密、いくら我が友人でも言えることと言えないことがある」

「そ、そうか。……ならさ。どういうのが作れるんだ?」

「今からやるから、よーく見ておれ。まず専用のカードを用意するんじゃ。ちょうど実演するために用意しておいたぞ」

 博士は、懐から白い小さなカードをサッと取り出す。それは何の変哲もない、一枚のカードのようだ。

「そのカードを自販機に入れるのか?」

「そうじゃ。このカードには処方箋に記されたものと同じ内容が記憶されている。そういう仕組みになる予定じゃ」

「あくまで実験段階だから、そりゃそうだろうな」

「とにかく、こいつを差し込み口に投入すれば、勝手に中へ吸い込んで情報が読み込んでくれるぞ」

「で、差し込み口はどこだよ」

「ここじゃよ、ここ。右側の何か入りそうな部分に差し込むのじゃ。自販機でいうお札の投入口にあたる部分じゃな」

「そいつにいれるのか。じゃあさ、お金とかどう支払うんだ? 支払うための穴はなさそうに見えるが」

「その点は気にせんでいいぞ。カードに書き込む際に、一括で払って貰う予定じゃからな」

「ICカードみたいな仕組みなんだな」

「少し違う気もするが、まあいいじゃろう。ともかく、話が進まんからカードを入れるぞ?」

「話を進めてくれ」

「……スッと入ったのを確認したな? そしたら、左で光ってるボタンがあるから、そのボタンを押すのじゃ」

「そうか。ボタンを押すと、薬が取り出し口に落ちてくるんだな?」

「話をちゃんと聞いておったか? こいつは中で薬を作るロボットじゃ。自販機みたいに、完成品が中に入っているわけではない」

「すまん。ならボタンを押すと、薬を作り始めるってことか?」

「それも違う。薬はカードを入れたときからはじまっておる。カップラーメンを作るよりも時間がかかってしまうのじゃ」

「そのボタンを押すと何が起きるんだ?」

「試しに押してみるといい。ほれ」

「押したら爆発するとかはないよな?」

「そんなギャグ漫画じゃあるまいに。安心せい。自販機にタックルでもしない限り、爆発することはないはずじゃ」

「爆発する危険性はあるんだな」

「そらそうじゃ。本来、薬を作るためにはもっと大規模な施設が必要になる。だがお薬作るくん2号は、カートリッジに必要なものを入れてカードが差し込まれるだけで、こんな小さな空間で作ってくれるのじゃ」

「なんかこう話が遠回しで、博士が何が言いたいのか分からないんだけど」

「要するに、これだけ省スペース化してしまった以上、想定外の振動が加われば容易く爆発してしまうということじゃ」

「地震とか、トラックの振動は平気なのか?」

「それはそのうち考える予定じゃ」

「そうなのか。じゃあ押すぞ」

<<メッセージは現在準備中です。メッセージは現在準備中です。>>

「は?」

「言われたとおりじゃ。まだ準備中じゃから、そういう音声が再生される」

「なら本当はなんて言ってくれるんだ?」

「薬の名前と効果、それと副作用についてじゃな。本来は処方薬を処方される際に説明されるが、ここでもう一度内容確認できるぞ」

「便利なのか、よけいなお世話なのか、分からないな」

「厚意は素直に受け取っておくのが吉じゃ。そろそろ完成するみたいじゃぞ」

「完成時間も分かるのか?」

「なに、実験で何度も稼働させておるからな。作るくんの動きで中で何が起きているのか、大体の判別が付くのじゃ」

「体感ってわけか……」ボトン

「ほれ。取り出し口に落ちてきたぞ」

「箱に封入する作業まで自動で……って、なんで箱に入れる必要があった?」

「そんなの簡単じゃ。小さな箱に入れたほうが取りやすいじゃろ?」

「いまいちよく分からないが、そうなのか?」

「そうなんじゃよ。と、今回ワシが今回作った、お薬作るくん2号はこんな具合じゃ」

「使えるのか使えないのか分からないが、まあ省スペース化できるってのはいい点じゃないか?」

「じゃがのう、こいつはちと面倒な点を抱えておってな。商品として売り出したりはできないのじゃ」

「それはどうしてだ?」

「こいつが広く出回れば、製薬会社の利益が減ってしまうのじゃ。なにしろ薬を作るためのカートリッジにいれるものは、薬に用いる成分が入っているものであればなんでもよい。有効成分のみを抽出して使用するからのう」

「でもよ、その有効成分ってどうやって知るんだ? それこそ製薬会社の助力がないと製造できないと思うのだが」

「そんなの、実際に薬を入手して、成分を解析すればいいのじゃ」

「あのさ、薬剤師とか、劇薬関連の資格とか、持ってたか?」

「心配せんでいい。安心安全の無資格調剤じゃ!」

「胸を張るな! どう考えても法律違反じゃねえか」

「なに、この国では法律違反だが、諸外国では『調剤助手制度』、通称テクニシャン制度というものもあるのじゃ」

「ここは諸外国じゃないからな!」

「ちなみにテクニシャン制度でも薬剤師管理下でなければ無資格調剤となるぞ!」

「どっちにしろ駄目じゃねえか!」


 決して日の当たることがない路地裏で、また一つ発明品の幕が下りた。

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無価値な発明 despair @despair

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