幸か不幸か?

碧木ケンジ

短編

 俺はハメられた。

 何がハメられたというと今説明する。

 今日は俺の通っている埼玉の田舎の大学の1限だけの講義だった。

 昨日の夜にネットで調べたら講義は休講と表示されていなかったので、1人暮らしのマンションから着替えて、飛び出て、大学行きの無料バスに乗って、大学に着くと3号館の4階にある大きな教室に入り、教科書とルーズリーフを置いて教授を待っていた。

 途中のバスは満員で臭い体育会系の男2人に耐えつつも教室で教授を待っていた。

 他の学生も次々と教室に入り、いつものダルい講義の光景が始まるんだろうなとスマホをいじりながらそんなことを考えていたら、教授が入ってきた。

 でもいつもの白髪の四角眼鏡のコデブの教授ではななく、30代後半の女性が入ってきた。

 そしてその女性は一枚の紙を黒板に貼り、こう言った。

「今日は磯貝教授が乗っている車が高速道路で渋滞が起きたため大学に来れそうにありません。前の車が事故に遭ったようで警察の事情聴取などで遅くなるので連絡が来ました。よって休講という事になりました」

 あり得ねえ。

 そんなんありか?

 ハメられたぞ、俺の時間を無駄に過ごす大きな陰謀にハメられたんだ。

 周りがどよめき。次々と教室を出ていく。

 俺は起きたくもない早朝に嫌々起きて、歩いて10分のバス停まで来たのに突然の休講宣言だ。

 これをハメられたと言わず何と言う?

 運が悪い。

 ああ、すごく運が悪い。

 埼玉の田舎にある大学の2年生である田丸佳介は今日は運が悪い。

 10回ポーカーをして、自分の手札が全部ブタのカードで勝負をするくらい運が悪い。

 ピザの出前で届いた1.5リットルコーラの蓋を開けたら中身が爆発して、全身にかかり残りが500ミリリットルしかないくらい悲惨で運が悪い。

 戦場に流れ弾が当たって死ぬ兵士並に運が悪い。

 RPGゲームで一生懸命レベルを上げて、ボスに挑んだら停電してセーブデータがレベル上げ作業をする前に戻ってるくらい運が悪い。

 そんな嫌な確率に自分が体験したのが不幸過ぎる。

 無駄な時間を過ごしたのだから

 もうすごく運が悪い。

 バランスが必要だ。

 俺が今運が悪い目に遭ったのだから、それに見合う運の良い出来事に遭遇すべきだ。

 そういう運の良し悪しのバランスが必要だ。

 元々俺は高校の頃から塾にまで通って受験勉強をしたんだ。

 それなのに第三志望の大学しか受からなくて、運が悪かった。

 受験勉強のストレスで胃袋に穴が開いて、あまり食事を取れなくなった。

 あの時も運が悪かった。

 毎回そういう運が悪い目にあるのはもう嫌だ。

 反抗してやる。

 意地でも運が良いイベントに遭遇してやる。

 もし神って奴がいるなら運を賭けて戦争してやる。

 そして絶対に勝って幸運を掴んでやる。

 今日中に絶対に運の良いイベントに遭遇してやる。

 気分転換で忘れる?ふん、そんな何か野球の試合に負けて今日はそんな嫌なこと忘れてパァーと飲もうぜ!みたいな負け犬ムード漂うしょぼいことなんかしたくない!

 この運の悪い無駄な時間を過ごしたあの何とも言えない無に近い時間を、今度は逆に最高に運の良い時間を過ごすことでバランスは調整される。

 いつまでも理不尽な世の中に翻弄される俺ではない。

 必ず取り返して見せる。

 名付けて「俺の不幸を取り戻す幸運な出来事に絶対遭遇するぞ作戦」を実行する。

 テンションと勢いで作戦名付けたが何だかセンスが問われる名前だった…。

 俺はそう決意すると教室を出て、大学内の食堂の窓際の席に座りハムカツサンドを食べながらこれからのことについて考えた。

 とりあえず時間を確認した。

 今は午前10時ちょうどだ。

 損した時間は朝の登校と講義までに待った時間を含めて2時間ほどだ。

 この2時間分のアンラッキーを取り返すためにまずどうする?

 とりあえず時間をお金に換算してみよう。

 2時間はバイトの時給で換算すればだいたいいくらだろう?

 とりあえず1000円としよう。

 不景気な日本のバイトにしてはちょっと高い気がするが、気にしてはいけない。

 そうすると2000円だ。

 もしさっきまでの時間がお金だとすれば、俺は2000円失ったことになる。

 大学生で2000円は地味に痛手な金額だ。

 2000円は色々な物が買えるレベルだからだ。

 小学生の100円とは重みが違うのだ。

 そうだ、小学生の時もスイミングスクールの帰りにいつものメンバーで駄菓子屋に行った時に、俺だけ100円足りなくて卵型アイスクリームのタマゴンナイト君が買えなかったんだ…クソァ!嫌なこと思い出しちまった、忘れよう。

 2000円あればスーパーに行って食品コーナーに行って、今日の晩御飯が豪華になるだろうし、出前だって取れるだろう。

 アマゾンでちょっと欲しかったラノベとか値下がりしたゲームとか買えるだろう。

 それだけじゃない、2000円あれば動物園にもカラオケにも映画館にも行けるだろう。

 それだけの金額を失ったことになる。

 今日までにその2000円に相当する時間を幸運で取り戻すのだ。

 そうだ!失った時間を金額にするならば、その金額分増えることも幸運に入るのではないか?

 この場合は金を増やすにはどうすればいいか?

 株で増やす?いや時間がかかり今日を過ぎてしまう。

 ギャンブルで増やす?自慢じゃないが俺は酒とタバコはやるがギャンブルはやらない方だ。

 それ以外は見つからない。

 そうなるとギャンブルを今日だけやるしかないのか?

 それで最低でも2000円分勝って、幸運という事で解決か?

 もし俺がギャンブル好きなら賭け事をして2000円以上の金額を得られて、この運の悪かった自分に打ち勝ち、今日を終えることが出来るだろう。

 しかし俺はギャンブルはやらないので、そのサクセスビジョンは実現されないだろう。

 どうしたものか?

 ん?いや、待てよ。逆にさらに2000円分支払って、4000円分の幸運を手に入れる方法を考えてみればいいんじゃないか?

 そうだ、無理に2000円、2000円と金を増やすことばかり考えすぎて本筋を忘れている。

 要は俺が2000円分の不幸な時間を幸運で取り返す出来事に繋がればいい。

 しかし幸運を金に換算していくら分かを考えなければいけないな。

 そうしなければならない理由は今から説明しよう。

 例えば家に帰って500円玉を道端で拾ってラッキーだ、幸運だったとしよう。

 しかしその前に俺は2000円分の運の悪い出来事を体験している。

 つまり1500円分運が悪いまま1日が終わる。

 それは全部取り返したことにならないのだ。

 今のは時間を金額に変えたものを同じように金額による幸運で換算した一例だ。

 逆に幸運な出来事を金額に例えた場合を説明しよう。

 例えば道を歩いていると、女の子が転んでパンツが見えるというエロゲーやお色気アニメにありがちなベタ過ぎてむしろ寒いかもしれない出来事が2000円分の不幸な目に遭った俺の前で起こる。

 それは何円分の幸運な出来事になるかというと色々なケースによる。

 その女の子が自分の好みの女の子の場合は極端な数字だが2000円とする。

 2000円分に相当するパンチラを見たという事で今日はプラスマイナス0だ。

 これで俺のネガテイブな気持ちもとりあえずは晴らすことにしよう。

 だが自分の好みで無い女の子のパンチラは?

 いまいちならせいぜい500円と言ったところだろう。

 その500円程度のパンチラでは、先ほどの1500円分の運の悪い1日と同じで意味がないのだ。

 そして可愛くも無い相手だった場合は?

 想像したくないがマイナスになり2000円分よりもさらに増額で運の悪い出来事になるだろう。

 最悪のパンチラで2000円分失ったと言うことになる。

 俺としてはそれは踏んだり蹴ったりだ。

 このように若い男子の間では多くの人が見れば幸運だと言われているパンチラ1つでもこの価格の差がある。

 これに俺の不幸か幸運かが分かれるのだ。

 そこにも今日の俺の運が左右されるのだ。

 残り時間は13時間余りだ、何としても2000円分の幸運な出来事に遭遇しなくてはならない。

 いや、2000円以上の出来事に会うかもしれない。

 計算は慎重にかつ正確にしなくてはならない。

 この値段換算の冷静な客観性が俺自身に無ければこの先運が良いのか悪いのか解らないまま1日が終わってしまう。

 クールになりつつ幸運を実感しなければならない。

 そして俺は今後を考える。

 まずこのまま、まっすぐ家に帰る。

 これはお勧めできない。

 何故なら家に帰って運の良い出来事に出会える確率があまりにも薄い気がした。

 だとしたらどこか遠くに出かけるか?

 最悪ただの気分転換になるかもしれないが、家にいるよりはマシだろう。

 だとしたらどこに行く?

 この近くにあるものでなおかつ2000円分の範囲で行ける場所は色々とある。

 大学のある駅から5、6駅行った先に小都会な市がある。

 娯楽系の店で得をする作戦で行けばいいんじゃないか?

 例えばゲームセンターのクレーンコーナーで300円くらいで1000円以上しそうな景品を3回取れば結果として運が良いと言う結果になる。

 近くにある宝くじで2000円以上の金額を手に入れれば、それも結果として運が良い。

 そういった運の良い出来事が起こりやすい場所に行ってみるのが良いかもしれない。

 そう思い俺は食堂を出て、バス停に向かった。

 ちなみにここのバス停は数分置きに来るので運の悪い出来事にはまずならない。

 大学1年の時からアクシデントは無かったからだ。

 そして俺はサークルにも入っていないし、学部の友人らとは飲みに行ったり、遊んだりするやつが4人ほどいるが、月に2回程度なのでそれ以外は寂しいが1人が多い。

 講義中は真面目で授業が終わればさっさと帰るので影は薄い方だ。

 知り合いに会うことも無いので大学にいても仕方がないと判断して、バスに乗った。

 そこに誤算があった。

 並んでいた時から気がついていたのだが、人の列が長かった。

 必然的にバスは朝の通勤ラッシュにありがちな満員電車のようにすし詰めになった。

 俺は押されるように後ろの席の方に流されていく。

 バス内の人込みの中で後ろと前に柔らかい感触があった。

 前を見ると黒髪のセミロングの女の子が俺を見て顔を赤らめている。

 彼女の胸が俺の胸板に当たっているのだ。

 後ろからは女の子の吐息が耳元で感じられる。

 背中に当たっているのはおそらく胸だろう。

 いきなりダブルで来るとは予想外だった。

 後ろを振り向くと茶髪に近い少し黒めの髪をしたショーットカットの女の子と目が合った。

 なかなか可愛い顔をしているし、香水の匂いもきつくなく悪くはなかった。

 とりあえず目をそらして、前の女の子の顔の方を向いて目を合わせないようにした。

 これは幸運な出来事として換算することにした。

 2人とも可愛い方だし、匂いも香水付きで良しとする。

 胸の感触もどちらも気持ちいいし、耳元で生暖かい吐息を感じるし、前からは顎のあたりに吐息も感じるのでエッチな気分になりそうだった。

 これは値段で換算すると…

「あの…もしかして、田丸先輩?」

 前の女の子が俺に話しかけてきた。

 顔が近めなので息がかかってしまう。

 なんで俺の名前を知っているのだろう?

 見覚えのある顔だった。

 聞かなかった振りをするのも無理な距離なので話すことにした。

「失礼だけど君は?」

「同じ高校にいた泉です。覚えてませんか?」

 泉、その名前には覚えがあった。

 たしか高校の後輩でそんな名前の女子がいた。

 まさかこんなところで再会するとは思わなかった。

「ああ、確か陸上部にいた泉さんでしょ?思い出した」

 高校時代に何度か話したことがある後輩だった。

 妹の友人でよく家に遊びに来ていたので、話すことはそれなりにあったが別段親しいわけでもなかったが同じ大学だったとは…。

 知り合いの幸運な出来事だと、この場合いくらだろうか?

「覚えていてくれたんですね、良かった。それとちょっと離れてくれませんか?」

「それは無理だよ、つーかこれが限界」

 そう言っているとバスは目的地に着き、俺達は流れるようにバスから降りて行った。

 人の減ったバス停で泉さんは俺にまた声をかける。

「あのこれから暇ですか?」

「まあ、暇ではあるけど、一応これから遊びに行く予定だったんだ」

「えっ?暇なのに遊びに行くってことは1人でですか?」

「わざわざそんなこと言わないでいいから」

「あ、すいません。それなら私達と一緒にカラオケでも行きませんか?」

「別にいいけど、私達?」

 俺がそう言った後に、後ろから肩を触られて気配に気がついた。

 さっきの満員バスの後ろで背中に胸が当たっていた女の子だった。

「泉の知り合いとは思いませんでしたよ。ラッキースケベ先輩」

 その子がニコニコしながら俺にそう言った。

 ラッキー?やはり幸運な出来事だったか、はやく換算せねば…。

「あ、彼女私と同じ学部の佐伯司ちゃんです」

「よろしく、歌は得意だから行こうか?」

「そうなのか、さっきは満員とはいえ仕方なかったんだ。すまなかった」

「いいって、気にしてないから、そういえば彼女とかいるの?」

「いると思うか?」

「いそうな雰囲気がするなー、私の勘だけど」

「いないぞ、今はな」

「そうなんだ、よかったね泉ー。彼フリーだってさ」

 泉が顔を赤くして俯く。

 司は意地悪そうに笑っている。

 俺は脳内で計算に集中していた。

 会話のおかげで計算が落ち着いて出来ないのは誤算だ。

「難しい顔して何考えてるの?」

 司が質問する。

「ちょっとした計算問題だ」

「ほんとに真面目なんですね。理系なんですか?」

「いや、文系だ」

「じゃあ、あたしと一緒だね。早くカラオケ行こうよー」

「せ、先輩あのアドレス交換しませんか?」

 泉がスマホを取り出す。

 とりあえず交換を終えて、3人でカラオケに行くために電車に乗ることになった。

 さっそく目の前にいるのに泉からメールきた。

(カラオケが終わったら私の家で遊びませんか?色々とお話がしたいです。先輩の好きなクリームピラフ用意しますね♪)

 メールの内容を見て泉を見ると笑顔で俺を見ていた。

 なぜか司は俺にベタベタと体をくっつける。

「ちょっと司ちゃん。先輩にくっつきすぎだよ」

「いいじゃん、イケメンにくっつくのは悪い事でもないしねー。先輩、今日は返しませんよー」

 バスの出来事に泉の手作り料理、3人でカラオケ…まあ、2000円分は取り戻せただろうな。

 俺はそう思って、この後3人で楽しんで1日を終えた。

 そして2人の女の子からの主に肉体的なアプローチで甘い生活が明日から始まった。

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幸か不幸か? 碧木ケンジ @aokikenji

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