奴隷オークション

太刀川るい

奴隷オークション

 奴隷オークション。なにやら良い響きだと俺は思った。こういう系統のものは、もちろん買う側に回りたいものだが、金がなければ売る側に回るしか無い。それでも、急に金が入りようになった時には役に立つのだ。

 そして今はそういう時だった。そうと決まれば早速奴隷オークションに行こう。できるだけ高値で買ってもらいたい。


 俺はなけなしの金をはたいて奴隷オークション用の衣服を借りた。ペラペラの玩具みたいな衣服だが、いつもの服よりはずっとまともに見える。どうせこんなのはオークションの時だけなのだ。半日もてば良い。アピールポイントの為に書類も作った。字はできるだけ丁寧に書く。俺が奴隷を買う側だったら、少しでも教養がある奴を選びたい。本のふちを定規代わりに、下書きを何度か作ってなんとかそれなりに書類を埋めた。資格……うーん俺は資格を持っていたのだろうか。記憶力には自身がある方だったが、残念ながら資格というものは一つも持っていない。ここは悔しいが空白のままだ。ただ言葉は満足に喋れるのと、文字の読み書きが出来る。もっともこれは出来ない奴の方が少ない。なにしろ学校に行けばタダで教えてもらえる。それでも物覚えが早いとよく先生には褒められたのだ。何も書かないのも癪に障るので俺は特記欄に「物覚えが良いと自負している」と書き込んでペンをおいた。


 オークション会場には初めて入ったが、そこそこ綺麗な所だった。買う側の人間の席が見えたが、中々高級そうな椅子に座っていて、経済的な格差を実感する。

 受付の人間に書類を渡すと、これからいくつかの診断を受けることを告知され、待合室に通された。

 受付の人間も奴隷だった。細長い縄のような首飾りをつけている。これは首輪が変形したものだが、中々いい素材で出来ていて、そこそこの給料を貰っていることが見て取れた。ああいう立場で生きていくのも良いかもしれない。


 診断は良くわからない試験を何度か受けさせられた。全て口頭で、それも笑ってしまうぐらい簡単な問題が出されるのだ。例えば店に行って品物を買った時にお釣りがいくらだとか、家の高さはどれくらいか計算しろだとか、三角形の特定の場所の角度を求めるだとか、図形を分類するだとか。簡単な問題で得意になっていると、突然難しい問題が飛んできたりもする。おそらくこれは頭の調子を調べているのだろう。何しろ買った奴隷が命令を聞けないぐらいの馬鹿だったら困るからだ。


 試験が終わると小さな札を渡された。色分けがしてあり、裏に小さな紙が挟んである。多分頭の程度によって色が変わるのだろう。俺はどのくらいの位置にいるのか気になったが、まあ自分で思っているよりは低い水準なのだろう。世の中というのは往々にしてそういうものだ。俺はそこまでうぬぼれ屋じゃない。


 次に体力検査が行われた。困ったことに力はそこまで自信がない。何人かまとめて検査されるのだが、周りの人間に大分差をつけられてしまった。しかし、健康検査は全てパスした。虫歯もなければ腰痛もない。体力検査のお陰で少し劣等感を味わっていたが、この結果は俺の心を少し慰めてくれた。


 待合室で順番を待っていると隣に座っている奴が話しかけてきた。

 隣の奴も俺と同じような境遇でここまできたらしい。俺と違うのは世間的に認められる資格を持っているということ。こう言う人間はきっと高値で買われるのだろう。素直に羨ましい。ちょっとどもるというかなんというか、話し方が変な奴だったが、それを差し引いても高額で売れることだろう。休みが一杯もらえる仕事につくのかもしれない。まあ大抵の奴隷には休日があるものだが、特殊技能を持った奴隷なんてのはそれ以上に休みをもらえるものだ。

「女の子も一緒にオークションされるのかな」と俺が聞くと

「女の子は午前中だったよ」と親切に教えてくれた。そうだったのか。ちょっと早めに来れば目の保養が出来たのかもしれない。俺は後悔した。


 そんな話をしていると、いよいよ奴隷オークション午後の部が始まった。オークション会場に入った俺達は壇上に並べられ、一列に並んで椅子に座った。買う側の席から一斉に視線が俺たちに向けられて少し緊張する。役者ってのはいつもこういう気分を味わうわけで、とてもじゃないが俺には無理だなと実感した。

 買う側の席の男たちが殆ど奴隷であることに俺は気がついた。一日に何度も奴隷オークションは行われる。そのたびにいちいち主人が買い付けに来るのは疲れるのだろう。だから奴隷に買い付けの業務を命じたに違いない。どいつもこいつもじろじろと俺たちを見てきて、居心地が悪い。


 少し高い所に居る司会(彼もまた奴隷なのだ。首飾りで解る。だが専門職というだけあって抜群に良い身なりをしていた)が陽気に木槌を叩き、いよいよオークションが始まった。


「それでは自己アピールをお願いします」

 その言葉と共に端の男がガタリと立ち上がり、とうとうと自分のアピールを始めた。出遅れたと俺は思った。自主性やら、積極性やらをアピールするいいチャンスだったのかもしれない。しかしまあ流れが出来た以上はそれに従った方が高値がつくだろう。俺はそう考えて自分の番をじっと待った。

 内容はどいつもまあ似たり寄ったりの内容で、自主性があり人々を引きつける魅力を持っていて体力に自身がるという、最後以外は奴隷にむしろ不向きなんじゃないかと思えるような内容だったが、中には面白い奴が居て、いきなり「まず私の目的から解説します」と言って自分の将来のビジョンについて演説を始める奴も居た。俺は彼の演説を大変面白く聞いていたが、果たして買う側にどう評価されるかどうかは解らなかった。


 いよいよ俺の番が巡ってきた。

 俺は立ち上がると咳払いをして、まず「ああどうも。俺の強みは仕事の物覚えが良いことだ。言われたことは大抵できるようになる。それと、まあそこそこ健康だ。言えることは一つだけ、言われた仕事が出来る。以上」とそれだけ言って席に座った。座ってから少し後悔したが、俺に言えるのなんてそれぐらいだった。


 次に立ち上がったのは俺と待合室で話していた奴だったが、とても気の毒なことにすっかりあがってしまってした。言葉が出ないのか、つっかえながらしか話せない。真っ赤な顔で目が泳いでいて、見ていて随分と痛々しかった。無情にも司会の木槌が持ち時間の終了をつげ、意気消沈した様子で彼は座った。俺は「気にすんなよ」と小声で彼に告げたが、彼は無言で頷くだけだった。


 そんなこんなで全員分のアピールタイムが終わり、いよいよ質問タイムだ。

 予め言っておくがこの質問タイムは最悪の空気だった。人間は自分が偉いと思い上がるとあんなにも酷い態度で人に接するようになるものなのだろうか。買う側の連中は酷い態度で、次々に底意地の悪い質問を俺たちに投げかける。

「一番、君はリーダーシップがあるということだが、それはどこで証明できるのか?」

「それは実際に買って頂かないと……」

「そんなんじゃダメ。全然ダメ。だって根拠がないんだよね。解る? 根拠。それにさ。自分で考えて動くとかさ、別に求められていないんだよね」

 そう言うと隣の席の買い取り人に向かって「最近はこんな人間が多くて困りますなぁ。どうも自分が特別な人間だと思っている」と言った。あえて聞こえるような大きな声だ。俺は一発でそいつが嫌いになった。いやらしい野郎だ。あとで帰り際に一発殴ってやりたい。リーダーシップがあるという一番はしょんぼりとした顔で「はい……」と答えたきりうつむいてしまった。


「七番は仕事を舐めているでしょ?」

「五番はなんでここに来たのか解らない」

「君たちさぁ、本当に奴隷の意味分かっている? 君たち一人ひとりに凄い額の金払うんだよ? 君たちの一生分もしくは数十年分をこっちは買っているわけ。その値段に見合うのを君らは提供出来るわけ?」と次々に手厳しい質問が飛ぶ。俺はだんだん腹が立ってきた。大体その質問をする相手も大抵奴隷なのだ。奴隷が奴隷候補生に偉そうな顔をして仕事を語る。これが街頭の演説場だったりした時は「是非ともうちに!! やりがいのある仕事です! 是非とも奴隷オークションに!」みたいに耳あたりの良い言葉を並べ立てると言うのにだ。

 真っ赤な顔をしてうつむく奴隷候補生たちを見ながら俺は小声で「クソッタレ」とつぶやいた。もうこんな茶番に付き合ってはいられない。


「八番はさ。仕事する気あるの?」八番というのは俺につけられた番号だ。

「もちろん。でなくちゃなんでここにいるんです?」と俺は若干の苛立ちを込めて言い返した。

「あのさ、言われたことを出来るだけだったら誰でも出来るんだよ」と相手の奴隷は胸元で首飾りをいじりながら冷ややかな視線を浴びせる。ここで気力負けしちゃならねぇと、俺はきっと相手を睨み返して、

「それはどうですかね。言われた仕事を満足にこなせない奴なんていっぱいいると思うんですけれどね」

「君働いたことないでしょ? 言われたことをできるだけの人間なんて誰も求めていないよ?」

「確かに働いたことはないさ。でも、おたくらが矛盾したことを言っているのは解るよ。さっき一番のやつには自分で考えるなと言っておいて、俺には言われたことしかやらないんじゃ使いものにならないと言う。ただ単純にその場の気分で偉そうにしているだけじゃあねぇか。おたくの主人もこんなアホを買っちまったらそりゃ慎重にも成るだろうさ」最後あたりは自然に口が動いた。奴隷はわなわなと肩を震わせ、炭火のようにたちまち真っ赤になった。

「何を失礼な!! お前なんか俺の主人は絶対に買わないからな!」

「俺だってこんな阿呆に買われたくはないね」ここまできたなら最後まで言いたいこと言って帰ろうと、俺は腹を決めた。もう買ってもらおうとか自分を高く売ろうだとか、そういう当初の予定は取りやめだ。考えてみれば俺は自由。相手は奴隷だ。奴隷のいうことなんざ怖くねぇ。


「話にならない!!!」半分裏返った顔で奴隷野郎は俺を罵った。

 そこから何度か言い返したが、そのうち騒ぎを聞きつけて係員がやって来た。どうやら引くに引けない所にきてしまったらしい。

 他の奴隷候補生たちは一体どうなるものかと不安そうな表情を浮かべている。


 そこから先は俺もカッとなってよく覚えていないのだが、罵り合いの結果、相手が俺を殴ろうとし、俺も買い取り人の席に乗り込んでぶん殴ろうとしたので、俺は係員に取り押さえられちまった。

「ざまあみろ。お前なんて奴隷オークションから出入り禁止くらっちまえ! 泣いて謝ったって奴隷になれやしないんだ!」と勝ち誇ったように奴隷が叫ぶ。


 俺はせめてこいつの頬を一発殴ってから帰ろうと腹に決めていたが、係員は二人がかりで、どうにもこうにも動けない。大体俺はあまり体力に自信が無かったのだ。こんな体力で殴りこみに行っても、返り討ちになるのが関の山だったかもしれない。だがそんな可能性を考える頭があったら俺はもっといい仕事についてる。結局のところ後先を考えないのが俺の欠点なのだ。


 乱れた息を整えながら俺が悔しさに歯ぎしりしていると、突然奴隷オークションの会場のドアが乱暴に開いた。

 会場の皆が振り向くと、そこには見慣れない男たちが立っている。


「奴隷オークションとはここか!!」どうやらリーダーらしき偉丈夫が叫ぶ。

 あっけにとられている人々を見渡すと、その男はなにやら指示を出した。すると、たちまち武装した男たちがオークション会場に乗り込み、あっという間に会場は制圧されてしまった。

 俺も係員から解放されて、立ち上がる。


「我々は共和国の人間だ。この国で行われている奴隷オークションは人の道に反している。奴隷諸君! 我々は君たちを開放しに来たのだ!」と、男、多分隊長なんだろう、が叫んだ。そうか彼らは隣の国の人間か。そういえば最近小競り合いの話をちょくちょく聞いていたっけ。

「君たちの国は既に全土に渡って我々が制圧している! 喜ぶのだ諸君! 悪しき奴隷主たちは全て打ち倒された! 君たちは自由だ!」隊長は大げさなジェスチャーを交えながら演説を続けた。かなり自分に酔っている感じだ。最後の自由だ!のところで部下が思い出したように拍手をしてくれたが、俺たち解放された側は身動ぎもせずに立っている。どうしたものか俺だって分かりかねる。


「ちょっとまった。解放してくれるのは有難いんだけれどさ。明日から俺は何をすればいいんだ?」勇気を出して俺は手を上げた。

「あんたがたの国には奴隷制度はないのか?」

「おお、君は奴隷だったのかい? 辛かっただろうに」そう隊長は真っ直ぐな目でこちらを見た。

「いいや、今日なるところだったんだ。まだ候補生だ」

「そうかそうか。危ないところを我々に救われたというわけだな」どうやら隊長はヒーローになりたくてしかたがない部類の人らしい。悪いやつじゃなさそうだが、一緒にいると疲れそうだ。

とりあえず肯定とも否定ともとれない返事を俺は返した。


「だが、安心し給え。我々の国には奴隷なんてものはない。我々は皆」隊長はそこで言葉を切った。

「自由だーーーーーッ!」隊長が片手を強く突き上げて叫ぶと部下もお、おおーッ!と言葉を返す。しかし、どうも乗り気でない部下もいるようで、手の上がり方が適当な奴も居る。そんな部下の一人と目が合って、俺は「あんたも大変だな」という視線を送り、相手は「いつものことさ」という視線を送り返してきた。どうやら気が合うみたいだ。友だちになれるかも。


「我々の国は全ての人民が平等なのだ。それが我々の理想。地上に作られたユートピアなのだ」隊長のご立派な言葉に取り敢えず俺は頷く。

「君たちにはちゃんと仕事が割り与えられる。何しろ我々の国に失業者はいないのだから。全ての人民が労働者であり、そして指導者であるのだ」

「なるほど。そりゃありがたい」

「君たちに我々共和国の証を差し上げよう。これをつけていることで君たちは我々の一員となるのだ」そういうと隊長は何やら簡素な金属片を取り出した。バッチってやつだろうか。非常に造りが安っぽい。大量生産品って感じがする。「これをつけて我々と共に、君たちは働くのだ」

「なるほど。解りやすくていいシステムだ。んで、一つ聞きたいのだが、一日どれくらい働くんだ?」

「そりゃ起きている間はずっとさ」そう隊長は真っ直ぐな瞳で返した。

「休日は?」

「理想に休日の2文字はない」そう言うと、隊長はグッと握りこぶしを握ってみせた。今のは決め台詞だったんだろうか。

「もし……その共和国の証とやらを受け取らなかったら俺達はどうなるんだ?」

「そんな人間居るものか! 共和国の一員になることは全世界の民の憧れなのだ」

「まあ、仮の話でいいんだけれど」

「それは再教育機関に送られる。残念ながら反対者はどこにも居るものだ。特に新しい地域から来た人間は共和国の環境に馴染めなくて、よく送られることがある。安心し給え、数年もすれば共和国が好きになるはずさ」


 俺は男たちの武装を見渡した。そして、一度目をつぶると観念してその証とやらに手を伸ばした。それをきっかけに、周りの人々も手を伸ばす。首飾りが次々に外れて地面に落ち、代わりに安っぽいバッジがそこに収まった。俺と罵り合っていたあの奴隷も大分悩んでいたが最後には手を伸ばした。仕方がないさ。俺達に何が出来るんだ?


 それから俺は共和国で働きつづけている。数年もすれば共和国が好きになるというが、俺はまだその段階に達していない。時々昔の夢を見る。懐かしきわが祖国、奴隷オークション。たとえ今の職を失って奴隷オークションに参加した時のような着の身着のまま無一文になったとしても俺は昔に戻りたいと考えることはある。だって、少なくともその時俺は奴隷じゃなかったんだ。

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