エピローグ 明日への鐘が鳴る
「済まなかった、フィリス」
アーダは、深々と頭を垂れていた。
歓迎の塔で
一層南門の塔での決着だったので、アザレア騎士団が野営する一二層南門には向かわず一応堀を調べたあと、サウスにある騎士団本部へと再び戻ってきた。アザレア騎士団本部には、まだ本隊には加わらない見習い騎士の少女たちがいた。アーダたちが戻ってくると、夜明け前の騎士団本部は慌ただしくなった。
リオンたちは、アーダの執務室へとおされた。
見習い騎士たちがお茶の用意をしてくれたので、皆ソファーで寛いでいた。
「わたしは、フィリスのことを恨んでいたというより憎んでさえいた」
頭を下げたまま、アーダは続ける。
煌めく金髪が、さらりと顔の前へと落ちている。
「顔を上げてください。アーダ王女」
真向かいに座ったフィリスは、面はゆそうな顔をしていた。
幻想的な金色の瞳は、やや困惑気味だった。
「アーダ王女が、わたしを憎むのは仕方のないことです」
気丈にフィリスは、整った幼い顔にぎこちなくはあったが、笑みを浮かべた。
これまでアーダは、冷たい態度をフィリスに取り続けてきた。だが、それは致し方のない理由があってのことだ。ロクサーヌ王国王太子ベルトナン――アーダの兄が闇墜ちし
アーダの悲しみは、いかばかりか察するにあまりあるだろうとリオンは思う。
ベルトナンは、王太子としてのみならず一一層市門を攻略する以前から、英雄として国民から称えられていた。弓姫の異名を取るアーダと人気を二分していたものだ。今代の王族は、粒ぞろいであると、国民から絶賛されていた。
アーダは、兄であったベルトナンを敬愛していることで有名だった。よく、「お兄様以上の男性などこの世にはいない」と、口にしていたらしい。その兄を失ったアーダは、復讐心に駆られていた。だから、フィリスのことも憎んだ。
「ベルトナン王子殺害に、わたしも無関係とは言い難いですから」
聡いフィリスは、一一歳の女の子と思えないほどアーダを気遣うことができた。
とても大人びて見えるが、フィリスとて根っこの部分はやはり一一歳の子供なのだ。アーダの態度には酷く傷ついていたことを、ときおり見せる悲しげな顔でリオンは知っていた。それが、こうして謝られればフィリスとしては、嬉しさと同時に悲しみを感じているはずだった。アーダがフィリスを許す気になったのは、
一度闇墜ちし魔人となった闘魔種を救うには、死をもたらすしかない。三年間、フィリスはランヘルトと共にいた。その情が、簡単に薄らぐことはない。いかにランヘルトが、彼女に絶望していたかを知った今でも。
ランヘルトは、己の道を求めていた。聖眼の巫女と呼ばれるフィリスならば、己の行くべき道を指し示してくれると期待しすぎたのだ。
フィリスは聡いが、そこは一一歳の女の子でしかない。大いなる展望など持ち合わせているわけもなく、ただただ契約闘魔種であるランヘルトと楽しくやっていくことを望んでいた。硬い笑みを浮かべるフィリスを見ながら、リオンは思う。あまりにもまっすぐすぎたランヘルトは、完璧を望みすぎ大きすぎる期待をしてしまったのだ、と。
「それは否定しない。だが、フィリスは十分すぎるほど責め苦を受けたと、わたしは思う。ランヘルトにあそこまで言われて。奴が、己が契約するグランターをあのような目で見ていたとは。フィリスも辛かっただろう」
顔を上げたアーダは、
精緻な美貌には、真摯さが浮かんでいる。アーダは、まだ整理しきれていない部分はあるかも知れないが、己の中で区切りを付けたのだ。
リオンは、そんなアーダを見てよかったと思う。
あのままフィリスを憎み続けるのは、悲しすぎたし何も生み出さない。
「わたしが、愚かだったのがいけなかったのです」
フィリスの面が、ふと悲しげに曇った。
共に過ごしながら、交わることのなかった思い。フィリスとランヘルトは、ずっと平行線だったのだ。フィリスが彼に向けていた情愛は、完全に一方通行だった。ランヘルトは、フィリスに至高を求めていたのだ。そして、失望していた。
そのようなランヘルトの思いなど、フィリスは知らなかった。きっとショックだっただろうと、リオンは辛そうな視線をフィリスに向けた。
「いや。あれは、ランヘルトが身勝手だった。その身勝手さが、今回のような事態を招いてしまった」
「アーダ王女……」
フィリスは、少し顔を伏せがちにした。
「フィリスの力がなければ、
話題を変えるように、アーダは精緻な美貌を晴れやかにした。
「あのようなことができるグランターを、これまでわたしは見たことがない。わたしの契約グランターであるリゼット・オルカヌにもできないだろう」
賞賛を、アーダは口にする。
今回の一件の決着を、アーダは付けねばならない。それには、フィリスに対する扱いも含まれる。
「金色の瞳を持つグランター。フィリスは、正に聖眼の巫女なのだな」
兄を殺されたアーダがフィリスを認めることで、小さな範囲だが周囲の見る目も変わる。迫害を受けているような現状が、今すぐ解決されるわけではないが。
「わたしは、ただの愚かな娘に過ぎません」
「フィリス殿。謙遜なさらずに」
「あれは、凄かったわ」
悲しげにそうに答えるフィリスに、ジゼルがやんわりとルナが快活に声をかけた。
「それから、リオン。闘魔種に成り立てながら、よくやった」
アーダは、
「最初は、生意気な新米闘魔種と思っていた。わたしにあれほど楯突く勇気だけは、認めていたが。剣の腕も見事だった。最後の攻撃は、フィリスから与えられた力をよく使いこなした。あの金色の剣が、決め手となった。フィリスと共によくやってくれた」
精緻な美貌が笑み、アーダから弾けるような精彩が発せられた。
美姫とも名高いアーダの笑みは、何人も虜とする。
「勿体ありません」
「いいえ」
フィリスは深々と頭を下げ、リオンは少し照れた。
リオンは、英雄の一人と目される弓姫アーダに認められたことが嬉しかった。
「あのような態度を取っていたわたしが言うのもなんだが、これからフィリスを支えてやってくれ」
巷で災厄の巫女と呼ばれ、迫害に近い扱いを受けていることを、憂えての言葉だ。フィリスが置かれている状況は、厳しいのだ。
「そのつもりです」
当然、リオンはそうするつもりだ。
これからも、フィリスの契約闘魔種としてやっていく。
「リオンのランクがもう少し上がったら、アザレア騎士団と共闘する討伐作戦を依頼しよう。フィリスも招いてな」
兄をランヘルトに殺されたアーダが、元契約グランターであったフィリスと親しいことを周囲に見せることで、彼女に対する感情を改めさせようというのだ。
「ありがとうございます」
アーダの厚意は、リオンにとって素直に嬉しい。
リオンは、アーダに頭を下げた。
「
優しくジゼルが、アドバイスをしてくる。
少し年上のお姉さん的な雰囲気のジゼルに、リオンは「はい」と素直に返事をする。
「今回の
後輩闘魔種であるリオンが
「分かっています」
苦笑しつつ、リオンは答えた。
「先ず、リオンは一層で魔物を討伐して、慣れることです。それ以上の層域で魔物を狩ることは、まだ許可できません」
綺麗に整った清純可憐な顔の口元を悪そうに笑ませ、普段の調子を取り戻してきたフィリスは、リオンに現在の上下関係をさらりと教えた。年下であるフィリスは、リオンの監督役なのだと。
「ははは」
自分がフィリスの面倒をみるつもりでいたリオンは、少々複雑な心境だった。一一歳の女の子に、主導権を握られるとは。だが、フィリスが元気になってくれるのであれば、それで構わなかった。
「早く上り詰めてこい、リオン。また、おまえとは一緒に戦いたい」
目を細めつつアーダは、リオンとフィリスを見遣った。
聖眼の巫女とその契約闘魔種が、今後どのようになっていくのかを楽しみにするように。
リオンとフィリスの冒険は、まだ始まったばかりだ。
行く手に待ち受けている困難を克服し未来を照らし出せるのか、誰にも分からない。
だが、きっと自分たちの歩むべき道を、探し出せるはずだ。
そう、リオンは強く思った。
祝福するように、朝を告げる街の鐘が鳴った。
聖眼のフィリス @ukyo_asakura
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