異世界チート税務署

時崎影一/Loon

第1話

積層都市バビロニアファリアス

 とある銀行内

 強盗に捕まった女性(七条 綾乃)





「おらおら! 見世物じゃあねえぞ!!!」


 私の腕を極めながら、強盗さんが周囲へとそう叫びます。


 それはメインストリート沿いの銀行内、昼日中の出来事でした。

 利用客でにぎわいを見せる昼の銀行。いくつもの列が、しかしある一定の秩序によって整理され形作られています。


 私も現金自動預け払い機ATMを利用しようと、その列に並び……そこで、一人の男に銃を突き付けられ、今に至っている……という訳なのですが。


「オラ、そこぉ……!」


 強盗さんがそのチート能力であるところの【物質具現化:TYPE・GUN】を用い次々と銃を生み出しました。

 生み出された銃は宙に浮き、まるで生き物のように周囲を睥睨し……怪しい動きをしようとした銀行員さんに容赦なくその銃弾を吐き出しました。


 空気をパンパンに詰めた袋が、破裂するような音が響き。


 撃たれた銀行員さんが血を流して倒れます。


「うっへっへえ……妙な動きをするんじゃあねえ!! 撃つぞゴルァ!?」

「あのう……撃ってからでは遅いのではないかと」

「うるせえ黙れテメェ!!」


 私の指摘つっこみに対して、強盗さんはいきり立ちながら叫びました。

 ついでに極められた関節をちょいちょい……って、痛い、痛いですって!

 思わず私は涙目で叫びます。


「い、痛いですー……!」

「お、おう。わり……じゃねえ! いいかあ!? 少しでも妙な真似してみろ!! コイツのドタマに風穴開けるからな!!」


 そう言って強盗さんは、足元に置いた布袋を示し、そこに金銭を入れ込むように指示しました。その指示に従い、銀行員の皆さんがおっかなびっくり袋に金銭を入れていきます。それを見て強盗さんは愉悦の笑みを浮かべました。



「へ、へっへっへ……そうだ……それでいいんだよ。さっさと入れろ! お前の財布もだ!!」



 周囲の人にあるのは一様に恐怖と絶望のまなざし。

 誰もが「早く終わってくれ……」と切々と訴えかけているかのようでした。私の安全は……あんまり考慮されていないようです。そりゃそうですよね。誰だって、見ず知らずの、たまたま銀行に来て並んでただけの他人の命より、自分の命が大切ですもの。

 このまま私が無事に解放される保証はなく。

 遠からず、破滅が訪れるでしょう。


 まるで、絵に描いたように・・・・・・・・絶望的な状況です。


 はぁ。

 こんな場合、物語なら。

 颯爽と主人公が現れたりする良いタイミングなんですけどねえ……。


 そんな風に思っておりますと、銀行の片隅。

 そこにいた、周囲の人々と同じように蹲っていた青年が、ぬらり・・・と立ち上がりました。


 そして――










◇同時刻 同じ銀行内

 青年(片桐 佑都)



「そ、そこを動くな!! 強盗め!!!!」



 ――言ってやった! 言ってやったぞ畜生!!!


 青年は、ともすれば震えようとする自身の体を必死に押さえつけながら虚勢を張る。


 銀行強盗。


 前時代的なそれに、まさか遭遇するとは思ってもみなかった。確かに「ある日突然銀行強盗に遭遇し、そんな中、華麗なるチートを発揮して活躍するヒーロー! つまり俺!!」とかいうことを、想像しなかったわけではなかったが。


 まさか、このタイミングで・・・・・・・・


 ――これこそ主人公体質の証明! 今やらねばいつやるのか!!


 そんな風に思いながら、青年は自分の中にある“チート能力”を確かめるように胸を押さえた。


 ……そう。

 当然のように、青年は転生者チート能力者である。

 その能力は【光の剣】と【空間収納】の【二重属性】ダブル

 チート能力者の中でも珍しい複数属性の持ち主だった。


 もとはといえば。

 彼はどこにでもいそうな【単属性】シングルのチート持ちでしかなかった。


 だがつい先日。


 転生元の神様から転生に手違いがあったことが知らされ、その謝罪(土下座)とともに「お詫びにあげるからゆるしてね」と、追加の能力を頂いていたのだ。


 憧れに憧れた【二重属性】ダブル

 この世界では、能力が多いほうが持て囃される。彼らは一言で言ってしまえば、そう、現代の貴族とも言える存在だ。

 とはいえ、貰った状況があまりにも出来レアすぎている。ある日突然「チート能力追加で貰っちゃいました!」なんてことが世間に判明したら、面倒くさいことになるのは目に見えていた。

 その為、なるべく・・・・隠すつもりでいたのだが……。


 ――今こそ、俺の能力を世に示すとき!!


 己を奮い立たせるように青年は考える。


 誰もが夢に見たであろうこの状況。

 銀行強盗退治!!

 間違いなく、これを解決すれば俺はヒーローになる。


 そうだ。

 むしろこの機を逃してなんとする。


 ヒーローデビューには、まるであつらえたように相応しい舞台ではあるし。

 何よりも、ヒーローになってしまえば。

 多少の問題・・・・・など、何とかなるさ。


 長いようで短い時間のうちに青年は考えをまとめ、無理やり余裕の笑みを浮かべた。その笑みを見て、強盗の顔が引きつる。


「動くんじゃねえ……って、言っただろうがあ!!!!!」


 青年の笑みが気に障ったのだろう。

 強盗は叫びとともに宙に浮く銃群に思念伝達。

 無数の銃口が一斉に青年へと向けられ、その銃弾がまるで豪雨のように青年へと吐き出された。


 無数にきらめくマズル・フラッシュ。


 瞬間、視界が煙り……そして晴れる。

 次の瞬間、誰もが血塗れになって倒れ伏す青年の姿を幻視した。


 ――だが。


「チート能力者が、お前だけだと思うなよ……!!」

「な、てめぇ……まさか!?」


 皆の想像を裏切り、無事な姿を見せる青年。

 その青年の声に、強盗は驚愕の声を上げた。


【空間収納】


 種明かしは簡単だ。

 青年は銃口を向けられると同時に己の眼前に空間収納を展開。

 飛来した銃弾を、その入り口に全て飲み込ませたのである。


「ちっ……レアな空間系か……だがなあ!?」


 その叫びに合わせ、今度は無数に浮く銃口が、四方八方へとその矛先を向けた。四方八方……つまり、他に蹲っている、無数の人々へと。

 それを見て、今度は青年が顔色を変える。

 強盗に向かい、叫ぶ。


「お前……卑怯だぞ!!」

「同じ卑怯チート持ちに言われたくねえな!! 空間収納は確かにレアだがよお。出来るのはそれだけだろう? てめえはそのまま、黙ってみているんだな!!」

「……ち、畜生!!」


 歯噛みをする青年の様子を見て、さも快感だとばかりに哄笑する強盗。


 そう。

 天を見上げて・・・・・・、哄笑する強盗。


「バァカ」


 ――待ってたぜ、お前が目を離す隙を!!


 次の瞬間。

 青年の手から生み出された【光の剣】が、幾条もの光線を飛ばす。

【光の剣:TYPE:LASER】

 文字通りの光速が、まるで何処までも伸びる剣のような軌跡を描き宙に浮く銃群を叩き落した。

 それを見て一瞬で蒼褪める強盗。すぐに次の銃を生み出そうとするが。


 ――ヴォン。


 空気が焼ける音を、強盗は確かに聞いた。

 強盗の眼前にあるのは、青年が生み出した光の剣。

 鼻先数ミリ手前で止まった、全てを切り裂く【光の剣】だった。


 ――チェックメイト。



「お前と一緒にすんなよ【単属性】シングル。俺は【二重属性】ダブルだ頭が高いだろうが!!」


 最前までの緊張と興奮。

 それが青年を絶頂へと押し上げていた。

【光の剣】を衝撃スタンモードへと変更、まるで踊るように強盗へと叩きつけながら青年は愉悦の笑みを漏らす。


 そうして。

 ひとしきり強盗を叩きのめした後。


 青年は忘れてはいなかったよと、そういうつもりで傍らに蹲っていた女性に手を差し伸べる。先程まで銃を突き付けられていた女性は、なんというか。


 ――実に、青年好みではあった。


 うおおおおお!? これは……予想外の役得チャンス!?


 慌てて青年はポーズをとる。斜め四十五度。角度よし。

 そのまま彼は、ニヒルだと思っている笑みを浮かべつつ、いつも思い描いていた妄想の中強盗退治での決め台詞を、ここぞとばかりに吐いた。


「大丈夫ですか? お嬢さん。――俺が来たからには、もう安心だ」

「……は、はい。あの、ありがとうございます……!」


 手を広げ、抱き着いてくる女性に対し更に青年の顔面が土砂崩れを起こす。


 ――ぬはははははは!! 俺はこれでヒーローだ明日の一面間違いなしだ!!


 抱き着いてくる女性の感触を十分に楽しみながら、その心はすでに未来への栄光でいっぱいであり。


 かちゃり。


 金属音。

 彼の栄光妄想は、そのわずか十秒ほどにて終わることになる。


「…………え?」


 ――眼前には自分の両手。

 いつの間にか手錠をかけられた、その両手。


「ヒトマルサンマル。特殊技能【光の剣】確認いたしました」


 女性が笑顔で漏らした言葉が理解できない。


 ふと、青年は周囲を見回した。

 なんだこれは? と問いかけるように。

 周囲には倒れ伏した強盗と、それを取り囲むように、まるで自分ごと・・・・包囲するかのようにその輪を狭めている銀行員+野次馬の皆様。


 その中には、先程撃たれ、血を流して倒れたはずの銀行員までいる。


 視線を、戻す。


 目の前には、先程まで。

 強盗に捕まり怯えていたはずの女性。

 それがなぜか笑顔で、自分の両手に嵌った手錠を示しており――。


「天界税務署、査察官の七条 綾乃です。――片桐 佑都さん。貴方には【二重属性税】及び【特殊技能税】の未申告……すなわち脱税の疑いがあります。特殊技能の隠匿が確定した場合、貴方には追徴課税が発生することとなり――」


 ……な。


「なんだそりゃあああああああああああああああああああ!?」


 昼日中の積層都市。その銀行内にて。

 青年の、栄光妄想の終わりを示す叫びが響き渡った。











積層都市バビロニアファリアス 事件の翌日

 最上層 祝福塔一階 天界税務署

 神谷 京と七条 綾乃




「おぬしは転生することになった。チート能力を授けよう」

「やったー! じゃあアイテムボックスとステータス閲覧と……」

「アイテムボックスには特殊技能税がかかります」

「特殊技能税」

「もし転生先で偽った場合は脱税となるので」

「脱税」

「追徴課税の徴収には天界の査察官が向かいます」

「天界の査察官」


 ――これは、そんな世界での物語である。





「はぁ……今月に入って六件目ですかあ」


 七条 綾乃……昨日の銀行強盗事件における被害者役の女性……がぼやくようにいった。

 赤いスーツ姿の、眼鏡が似合う小柄な女性。

 その手にはひらがなで「うたがわしいのうりょくしゃのりすと」と書かれたファイルが握られている。


「転生先での能力隠ぺいは罪になりますよって、なんで言ってもわからないんですかねえ」

「税金払いたくないんだろ」


 それに応じるように、グレースーツの男……神谷 京、強盗役であった……が苦笑を返して見せた。


 祝福塔一階、天界税務署 特別査察室。

 通称、チートマルサ。

 それが、彼と彼女らが勤める場所である。


 その業務は「チート能力に応じた税額を徴収すること。手段を択ばず問答無用」であり、チート能力を悪用、或いは隠ぺいした脱税を取り締まる天界の査察室なのであった。


 つまり、昨日の銀行襲撃事件。

 あれは、被疑者を追い詰めるために当局に圧力をかけて実現した【特殊能力の所持確認】、一言で言ってしまえば……自作自演の囮捜査であったのだ。


「でもでも、税金頂きませんと、チート能力も維持できませんのに」

「誰かが払うと思ってるんだろ」


 綾乃の言葉に、京はこれまた苦笑をもって返す。

 チート能力。

 それ自体は無限の力ではなく。あくまでも上層以下に住む人間から徴収した税金生命力によって運営されている。財務省天界の管轄の元で、だ。


「転生元の神様も、もっときちんと情報くださればいいんですけどねー……」

「利用料とられたくないんだろ」


 世知辛い世の中である。

 神といえども税金から逃れることは出来ないのであった。

 踏み倒せばマルサが来る。今回の件も原因となった神は処罰を免れないだろう。


「本当、みんなが望んで生まれた税金チートですのにねえ」

「まったくだ」


 とはいえ、そう嘆いても何かが改善されるわけでもなく――。


「神は天にいまし、世はなべてこともなく。――今日も平和に税金徴収といこう。ほれ、ぼやいてないで。行くぞ」


 いまいちやる気のない男のセリフに対し、「はぁい」とこれまたやる気のない返事が返る。それもまたいつもの光景なのだろう。男は気にした様子もなく、次の対象者と書かれた書類に目を通し――。


「次は……ああん? 【魅了】属性持ちかよ。特一級能力資産じゃねえか」

「ははあ。魔王一体倒すくらいじゃあ払えなそうですねえそれ……」

「畜生。手頃な魔王災害世界も探さにゃならんか。……いっそ魔王でもやらせるか?」


 ぼやき声だけを残して、彼らは今日も行く。


 ――今日も今日とて、彼ら天使の業務は終わらない。

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