心霊写真ニ礼儀アリ
Win-CL
第1話
きっかけは、卒業式の日――
式が終わり、集合写真を撮り終えた後のことだった。
式が終わって退場した後は業者により集合写真が撮られる。
どこの学校でも見る風景。当たり前だ。
卒業アルバムに集合写真がないなんて聞いたことがない。
そして、うちの学校の場合は――
それから教室に集合するまでに少し時間を設けており、その間に生徒同士が入れ替わりに写真を撮るのが伝統となっていた。
中にはデジカメを使う人もいるが、殆どが携帯のカメラである。
今日だけは携帯の持ち込みが許される。
そんなどうでもいい部分でも特別な日だった。
自分たちのグループは――
校庭の片隅にある桜の木の下で写真を撮ることにした。
前々から目を付けていた場所ということで、予約の立札がかけているあたり、生徒の真剣さも伺えるだろう。
目的の場所に着くころには四人グループにプラス一。
――先生も私物のカメラで回っているらしい。
まずは自分が取る番だった。
先生の『ハイ、チーズ』の声に合わせて、携帯で写真を撮ろうとする。
「ハイ、チーズ!」
焚かれるフラッシュ。
しかし、カシャッというシャッターの音は一つだけ――先生の持っていたカメラからしか鳴らなかった。
……別に、無音のカメラアプリを使っているわけではない。
そんな変に疑われるような、怪しいアプリは入れた覚えがない。
「――?」
おかしい、確かにボタンを押したはずなのに――
そして、数秒後。
みんなが入れ替わろうと動き始めたころに――
遅れて鳴る、カシャっという音。
「あ……。ごめん、セルフタイマーになってた。もう一枚撮らせて」
だいぶ前に設定してそのままになっていたのだろう。
普段から、写真を撮るようなことは無かったし……。
確認してみると五秒後に撮影と設定されていた。急いで通常撮影モードに戻す。
先生はもう次のグループへと向かっているため、掛け声もない。
適当な掛け声で写真を撮ることにする。
「んじゃ、撮るぞー」
続くシャッター音。
ちゃんと撮ることができたか、その場で写真を確認した。
問題ないことを確かめて、今度は撮られる側へと回った。
そのまま入れ替わりで写真を撮っていき――時間になったため教室へと集合。
最後に別れの挨拶をして、解散となった。といっても、盛大に別れを惜しんで皆が号泣することもなく――
自分たちのグループを含め、殆どの生徒はそのまま近くの大学に進学するため、あまり別れという実感がないのだ。
恐らく、休みの間もどこかに遊びに行くこともあるだろう。
ちょっと長い休みを貰っただけ。そんな感覚だった。
――解散した後も、帰宅してすぐに着替えて、クラス全員で食事に行った。
写真を送らなければいけないことを思い出したのが、夜中に家に帰ってから。
三人ともまだ起きているだろうと、チャットアプリに画像を載せる――
「……ん?」
少し違和感を感じながらも、後に撮り直した方の写真を選択。
画面に並ぶ吹き出しの下に、写真が表示される。
あとは勝手に受け取ってくれるだろう。
「今の……なんだろ」
先ほど感じた、微かな違和感。サムネイルで画像を確認したときに、ふと感じたものだ。
写真管理のアプリを起動して、もう一度確認することにした。
「……これか?」
集合写真。一枚目の失敗した方。
先生のカメラで撮り終えて、次の写真を撮るために入れ替わろうと動き始めた四人――
「――四人?」
――確かに四人いた。だが二枚目に写っているのは三人である。
そのとき、誰かが混ざっていただなんて記憶はない。
いるはずのない一人――
「まさか……心霊写真かよ」
写真をサムネイルから画面いっぱいに拡大してよく確認する。
この一枚をパッと見ただけでは何がおかしいのか分からないだろう。それほど自然な場面が切り取られていた。
サムネイルで二つの写真が並んでいたため、違和感に気付いたのだ。
――次は前に出ようと、一段高い部分から降りようとする
――その代わりに端へと寄ろうとする
――自分と変わって写真を撮ろうと出てくる
そして――
その横で油断をしたように欠伸をしている少女。
…………誰だ。
あまりに場に溶け込んでいて一瞬気付かなかった。
これも幽霊の成せる業なのだろうか。
見れば見るほど見覚えがない。――だけど可愛い。
欠伸で表情が崩れているのを差し引いても可愛い。
いや、可愛いのは今は置いておいて――
制服は同じなのだけれど、こんな生徒を見たことがないのだ。
少なくとも自分のクラスにいた生徒ではない。
他のクラスにいたとしても、こんな美少女がいたら噂になっていることだろう。
現状、いい解決方法など思いつくわけもなく。
心霊写真とはいえ、可愛い女の子の写った写真をわざわざ消す必要もない。
これもいい思い出だと、そのままにしておき、卒業アルバムが届いたころに確認すればいいと思っていたのだが――
現実はそう甘くはなかった。
こちらはじっくり待つつもりだったのに、向こうが待ってはくれなかった。
その時から――肩が重くなるなど、身体に不調が出始めたのだ。
夜中にテレビを見ながらくつろいでいると、急に映りが悪くなったり。
家族は全員寝静まっている時間のはずなのに、深夜には絶えず物音が聞こえるような気がする。
……やっぱり霊か?
正真正銘の心霊写真だったのか?
いや、単なる気のせいの可能性もある。あまりに地味すぎる。
そもそも、霊に憑りつかれた場合の対処方法なんて分からないし――
一度気になった以上写真を消してしまうのも
数日経って、体の不調が気のせいではないところまで酷くなってきたある晩。
――ふと目が覚めた。なにかの気配を感じたからだ。
上体を起こそうとしても、上手くできない。
――金縛り。
首だけを右へ左へと向けると人影が見えた。
いや、人影と呼ぶのも
暗闇にも関わらず、まるで別の写真から切り取って――
そのまま貼りつけたのかと思うぐらいに。
そして、見間違えるはずもない。
それは先日の写真に写りこんでいた、幽霊の少女――
その少女が、何も言わず、ゆっくりとこちらに両腕を伸ばしてくる。
(あ……悪霊だったのか――!?)
声を出そうとしても、上手くいかない。
心霊写真を撮った者が霊によって祟られるというのは、よく聞く話である。
が、欠伸をした状態で写真に写りこむ悪霊もどうなのだろう。
そんな悪霊がいてたまるかよ。
しかしそんな心の抗議も空しく、現に魔の手――ならぬ霊の手は、首めがけて伸びてきていた。
このまま首を絞められて呪い殺されてしまうのかと、きつく目を閉じたそのとき――
グイッと。体を無理やり引っ張られた感覚がした。
目を開けると、目の前には少女の顔が。
……胸ぐらを掴まれ、自分の体が持ち上げられていた。
「!?」
幽霊に首を絞められたというのは山ほど聞いたことがあるが、胸ぐらを掴まれたというのは――過去未来、全国どこを探しても自分だけだと思う。
それほどの衝撃があった。
目の前にある少女の顔――写真で見た時に感じた、可愛いだなんて感想も今では完全に頭の外に飛び出ていた。
あまりに現実離れした状況に、ただただ恐怖しか感じない。
時間も時間だし、きっとこれは夢だと思うにしても、気道を塞がれている苦しさがこれは現実だと物語っている。
「……せ」
「……?」
少女の口が何かを呟いた。その目は殺気が籠っており、呪いではなく眼力で殺されそうだった。
少女の目尻になにか光るものが見えた気がするが、それどころじゃない。
今、泣きたいのはこっちである。
「消せ。今すぐ」
この状況で、この相手で。
消せと言われて思い当たるのは――あの写真しかない。
あまりの恐怖に、反射さながらに返事をする。
「ハイ!」
パッと手を離され、体がベッドへ沈む。
金縛りもいつの間にか解けていた。
いそいで携帯を手繰り寄せ、管理アプリを起動する。写真を選択して削除――
念のためゴミ箱へと移動して、さらに完全に削除する所を少女に確認させた。
「こ、これでいいだろ!?」
満足したのか、ぼんやりと――
まるで虹が消える瞬間のように、ゆっくりと姿が薄くなっていく。
もしかしたら、最後の方は網膜に焼付いた残像だったのではないか。
そう思わせるぐらいに、ゆっくりと。
恐怖から解放された反動なのか――
そのままベッドに倒れこみ、柔らかさに抵抗する暇もなく。
意識は闇へと落ちていった――
次の日に目が覚めたころには、すっかり体の不調は無くなっていた。
そのまま一日過ごしていても、身の回りに起きていた地味な出来事が繰り返されることもない。
そして、数日経ったころには卒業アルバムも届き――
案の定、例のグループ写真に――先生が取った写真に、幽霊が写りこんでいると大騒ぎになった。
やはり卒業生の中に、この少女は入っていなかったのだ。
『やばくない? これ』
『いや、でも結構可愛いって、この幽霊』
現在、携帯の通話アプリで会議通話中。
いつものグループで、アルバムを確認していた。
「……んんん?」
自分もその写真を確認したのだが――確かにしっかりと例の幽霊少女は映っている。
しかも自分が消せと言われた写真と大して違いはない。
しっかりとポーズを撮って写っている三人と――
同じように笑顔で写っている少女。
微妙に違いはあるものの、心霊写真である。
だというのに、これを撮った先生には何の異常もないらしい。
――どうしても納得がいかない。分からない。
なぜ自分だけが、こんな恐怖に
気になった自分が取った行動は――
――――――――
三十分後。場所はあの時の桜の木の前。
何をしようかだなんて決まっている。
もう一度写真を撮るのだ。ここで。一人で。
これで何も映らなければそれでもいい。
だが万が一、何か映ったのだとすれば――
それで何かわかると、そう思った。
既に在校生も長期休暇に入っており、今は一部の教師が職員室にいる程度。
「それじゃあ撮るぞー」
まわりに誰がいるでもないけど。
口から出たのは定番の台詞。
「ハイ、チーズ!」
あの時とは違い、掛け声とともに鳴るシャッター音。
撮ってすぐの写真を確認する。
そこには――
――例の少女が、しっかりと写っていた。
それも笑顔とピースサイン付きで。
その表情からは、人を呪い殺そうだなんて雰囲気は一切感じられない。
どうやら生前の彼女は――
写真写りをやたら気にする方だったらしい。
心霊写真ニ礼儀アリ Win-CL @Win-CL
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます