#30 僕は不協和音

「緊張するか?」舞台裏でメンヴィスは僕に聞いた。

「ああ、はい、でも歌った事は何度かあるのでそれ自体は大丈夫なんですが・・・」

「そうあせって喋ってるのが緊張してるとしか思えないぜ。」

「ああ、うん。はい、緊張しています。」

「よし。」メンヴィスは立ち上がる。「まず俺が出るからな。そして一発歌う。そしたらお前を呼ぶ。」

「分かっていますよ。」

「まあ念のためだ。・・・よし、いくぞ!」

 メンフィスは舞台の外にでる。たちまち拍手が溢れてくる。

「みんな! 今日もきてくれてありがとう! みんな、調子はどうだい! 」

 ドッと歓声。

「よかった! では、歌います、一番目の歌は定番、『俺たちには愛がある』いきます!」

そして空気を切り裂くようなギターの音。一気に、流れが変わった。やはりメンヴィスさんのギターはすごいなと毎回惚れ惚れとするのである。

俺達には 愛がある

それ以外は何もいらない

前を向いて 歩いていこう

全ては夢だから

現実こそが美しい夢

予想の出来ない楽しみと

苦しみを乗り越えて

強くなっていくのさ

俺達には 愛がある

それ以外は何もいらない

前を向いて 歩いていこう

全ては夢だから



 そして大歓声。「ありがとうありがとう!」メンヴィスは言った。「そして、チラシでも書いてあった通り、ゲストがここに現れます!それは、俺の唯一無二の弟子、クレイスン・ザンドレア!」

 そして激しい拍手。僕は急いでおずおずと現れ、びくびくと一礼するので、それが面白かった観客がハハハハハと笑う。

「彼はまだ新人なので」メンヴィスはフォローした。「ちょっと不慣れな点があってもやさしい気持ちで見て欲しい。それよりも、歌の才能がすごいからね! 彼は不思議な歌を作る。というわけで二曲目は彼が作曲した、『空気よ弾け』! できたてほやほやでございます!どうぞ!」


 僕はギターをかき鳴らしながら歌い始めた。

空気よ弾け

南に統べよ

宝を秘めて明日に行け

世界・含め

有りのままに

時間が教えてくれる


・・・『お前の声は濁っているのに透明だよな。』あくる日メンフィスは僕の歌を 聞いて言った。『なんというか声質は地声そのものなのに、聞いてると妙に浮き立っ

たような気分になる。不思議だよな。』・・・・ そのような気分を観客に与えているのだろうか、とどこかで漠然と思いつつ、僕は歌い続ける。


空気よ弾け

水よ抜けろ

光輝くもの地下に行け

宇宙の外

僕たちの外

ベランダを抜けて駆け抜ける


・・・我ながら意味不明な歌詞であり、この心が伝わるのか不安であったが、歌い終わった後に大きな歓声が上がった。よかった・・・。

「どうだ!俺の弟子はすごいだろ!」メンヴィスは誇らしげに言った。「これからの成長が俺も楽しみだ!みんなも、楽しみにしてくれるかな!」

 さらに歓声が上がる。僕は胸がいっぱいになる。

「さあ、これから二人で一緒に歌うぜ!」

 二人はメンヴィスの曲や、既存の名曲などを次々と歌った。ある時は自然の風景を歌い、ある時は恋を歌った。恋。歌の練習をし、さまざまな詩を読んだ時に僕は改めて意識することがあった。あれから恋愛をしていない。好きだったクルスはここまで導いてくれたけど、自分は普通の恋愛というのを自分はしたことがなかった。クルスは相当特殊な人間だったと、話を聞いたメンヴィスの驚いた反応を見て思ったのである。恋かあ。もっと女の子の事をしらなくちゃいけないのかな、と僕は歌いながら思ったのであった。

 たいていは男女の恋を題材にした歌が多い事に僕は気づいた。普通はそんなものなのだろう。僕たちアリュフの民は誰かが望んだ “真実” を語った歌ばかり歌わされた。だが、真実なんて必要ともしない人々にとっては、目の前のおいしいものを食べ、好きな人に恋をし、眠り、稼ぐ事さえできれば十分なのだ。夢を見すぎた自分としてはなかなかその事を受け入れるのは難しかったが、これからゆっくりと学んでいこう。多分。声なき声はそのために能力を取られたのかもしれないし。

 歌が乗っていくにつれて観客たちは拍手をしていた。全員がしていたわけではないが、しかし多くの人たちは僕らに好意的なまなざしをむけながら共に音楽を味わう楽しさに触れていた。ああ、幸せだ。もちろんの事、演奏に気を緩ませてはいけないが、しかし、幸せである事を実感していた。でも、これからあれを歌うのだ。あの鋭い歌、皆が望むのか分からない、“真実”の歌を・・・・。

 「ありがとう!」メンヴィスは言った。「さて、今回のために、クレイスンくんが、作った歌があるといいます!スピーチ、どうぞ!」

「ありがとうございます。」僕は言った。「僕はまず告白しなきゃいけないことがあります。まず、僕は、灰降る園、アリュヌフ学院の出身でした。」

 何人かから息を呑む音。 「そうです。噂に聞いた事があるでしょう。私はアリュヌフの神から足を洗い、このようにメンヴィス先生のもとで心から楽しく音楽をできる事を幸せに感じています。アリュヌフ学院は実にこわい学校でした。初めに僕たちは人格を否定され、次に暴力で統制し、アリュヌフの神を称えよ、と強制されました。僕はそこから逃れたのです。」

 僕は周りをゆっくり見回しながら言う。もしかしたら民がいるかもしれない。

「でも今このことを言っても神から裁きがくるなんてありません。この事を言うと、アリュヌフの民はきっと否定をしますが、神は死にました。」ふたたび息をのむ音。「僕がこの手で殺しました。いえ、殺したのではない、解放しました。神もまた哀れな存在でした。きっと次の世で楽しく暮らしている事でしょう!」

 僕はギターを構えた。

「これから歌うのは、あの学院のある山の前で、学院をからかって歌っていた子供の歌を基にしていますが、同時に僕自身の告白であり、また、アリュヌフの神のために死ん でしまった者、そして、人生を殺された者に対する祈り、殺した者への怒り、全てを歌にしました。聞いてください、『僕は、不協和音!』」

 ギターをかき鳴らす。


灰降る園には春が無い

何故ならいつも雪が降る

灰降る園には夏は無い

何故なら皆帰っちゃう

灰降る園には秋は無い

何故ならその時臭くなる

灰降る園には冬しかない

みんなビクビクしてるから


・・・次第に観客たちが手拍子を重ねてきて驚いた。


僕らは魂と命の死の恐怖に

おびえながら 生きてきた

協和音だけを求められる音楽

そして悪いのは不協和音


僕は不協和音

だから声を奪われた

僕は不協和音

だから声を取り戻した

僕は不協和音

だから神を殺した

僕は不協和音

そして今を生きている。



灰降る園には春が無い

何故ならいつも雪が降る

灰降る園には夏は無い

何故なら皆帰っちゃう

灰降る園には秋は無い

何故ならその時臭くなる

灰降る園には冬しかない

みんなビクビクしてるから


灰降る園には春が無い

何故ならいつも雪が降る

灰降る園には夏は無い

何故なら皆帰っちゃう

灰降る園には秋は無い

何故ならその時臭くなる

灰降る園には冬しかない

みんなビクビクしてるから


・・・・サビを繰り返している内に、皆が一緒になって歌っていた。

「♪灰降る園には春が無い、何故ならいつも雪が降る。灰降る園には夏は無い、何故なら皆帰っちゃう・・・」

「うがあああああ!」

 突如観客席から叫び声が聞こえた。いったい何だ、と僕は観客席を見ると、観客を掻き分けて現れたのは・・・

「デリンジ!」僕は歌をやめて叫んでしまった。しかし皆は歌い続けている。

「♪灰降る園には秋は無い 何故ならその時臭くなる 灰降る園には冬しかない みんなビクビクしてるから」

 デリンジは髭がなかったし、メガネもしていなかった。コンタクトレンズか。昨日と服装が同じな上になんだか汚らしい。ということは、あの髭は偽物だった。ということはメンフィスの出入り禁止の指示の意味がなかったのだ。デリンジは銃を持って現れ、「貴様、貴様貴様貴様、殺す!絶対に、殺す!」と言って、気がついたら僕の胸に重い鉛の弾が打ち込まれ、そのまま倒れた。観客はさすがに気づいて歌をやめていた。

 意識が薄れるのを感じた。「お前が死んだら、神にして祭る・・・」というデリンジの声もぼんやりと感じた。デリンジは観客に取り押さえらようとしながらもう一発を当てようと向けてくる。デリンジの銃口が僕の額にむかれている。いいよ。銃弾よおいで。僕が額を貫かれて死ぬ事は8年も前に分かっていた事だ。たとえ、自分を殺せたとしても、もう彼はおしまいだな、と僕は思った。まもなくデリンジは捕まり、アリュヌフの民の指導者的な立場にあることが明らかになるであろう。 僕のすべての告白がこの観客たちに届けば、アリュヌフの民への関心が向かれるだろう。またデリンジの凶行はアリュヌフの民の暴力を端的に象徴した結果になるだろう。そうなれば、アリュヌフの民という組織は警察によって解体されるであろう。ああそうか、と僕は思った。僕の死によって、アリュヌフの民は終わるんだ。そしてそのために死ぬ運命だった。もうすぐ死ぬから、死ぬ準備をする為に僕は現実に対して能力を閉じた。強制的に能力を奪われたケレボルンやアリュヌフの神はもちろん、ケレボルンに殺されたクルスも僕と同じだった。あの人もまた、ケレボルンの気配に気づかずに話に熱中し、結局殺されてしまった。能力を奪われたら能力者が死ぬように、能力を失った時が死に時なのかもしれない。ああ、そうだ、僕が死ぬのはある意味これで二度目なのだ。声を失ったあの日、そして今日。デリンジの銃口から再び飛び出した鉛の弾は頭に当たりバキバキに骨を砕きながら脳神経を破壊し一瞬の激しい吐き気と共に全てが暗闇になって消えうせた。











 目が覚めた。


 光に包まれている。眩しい。どこだ、ここは。


 その光はカメラのフラッシュであった。


「目が覚めた」「目が覚めたぞ。」とざわめく大人たちの声。


 なんでこんな注目されているのだろう。僕は目を細めた。頭が痛い。


「サリア・マークさん!現在のお気持ちをお聞かせください!」と録音機を持った大人が僕ににじり寄ってくる。

「サリア・マーク?」僕は怪訝そうな顔をした。

「はい。お気持ちをお聞かせください。サリアさん。」大人はにこりと笑う。その周りで他の大人たちがざわめいている。

「なんか不思議そうな表情ね。」「名前わかってるのかな。」「頭を撃たれたからなあ。」

 僕はわけが分からなかった。僕はそのまま質問に答えた。

「僕は、クレイスン・ザンドレアです。」



-FIN-

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灰降る園 NUJ @NUJAWAKISI

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