錬金を失った世界

despair

第1話

「ここは……」

俺が辺りを見回すと、いつもとは違う、見慣れない光景がそこには広がっていた。

地面から垂直にそそり立つ建物と思わしき物体。

窓の付いた棺桶に乗って道を歩く人々etc.

俺はいつものように工房で錬金術に勤しんでいた筈だ。 

だがしかし、今目の前に広がっているものは、見た事のない建物が立ち並んだ場所だった。

頭をフル回転させ、どうしてこうなっているのかを思い出す。



俺の名前はアマダ・コゴ。

パレロール国内にあるイスタノーレと言う小さな町で暮らすごく普通の青年であると共に、この国では名の知れた錬金術師の一人だ。

普段は研究を進める為に錬金術の依頼を請け負い、仕事がない時は引き籠って研究を行っている。

研究と言っても錬金術と言うより発明と言う言葉を用いて表現したほうが伝わり易いだろう。

俺は誰も生み出した事のないような物を生み出す事を夢見て日々研究を続けているのだ。

しかし現実はそうもいかない。

同業者が次々と現れ、研究も一気に進み、新たに発見できる要素が段々と無くなっていった。

それに、本業である錬金術の依頼も多く、中々研究が進んでいないのも事実だ。

それでも寝る間も惜しんで研究を続けていた。


そんなある日、俺は……。

俺は……。



思い出せない。

記憶に靄でも掛かっているのか、思い出す事が出来ない――。


少し深呼吸をする。

すると、鼻から空気と共に見知らぬ情報が雪崩の如く押し寄せてくる。


あの建物が"ビル"と言う名前であの中で人々が仕事をしていると言う事。

あの棺桶は"自動車"と呼ばれ、俺の記憶にあるチャリオットに似たような乗り物だと言う事。

ここはTOKYOと呼ばれる大都会で、法律の名の下に支配された法律国家だと言う事。

マホウと呼ばれる物が存在する事etc...。


俺の居た国とは何かが違う。

俺の才能を嫉んで誰かが誘拐したのか?

……いや、それはない。

それならどこかに監禁されている筈だ。

そもそもこんなだだっ広い場所に居る時点で誘拐は有り得ない。

人が多すぎる。

確実に誰かに見られてしまう。

寧ろ誰かに見られる事が目当てだとしたら……。


そんな事を考えていても仕方が無い。

今俺がここに居て息をしている事。 それが重要だ。



俺は、通行人にここがどこかを尋ねる事にした。

丁度話しかけやすそうな男性を見つけたので声を掛ける。


「あの、すまない」

「なんすか? アンケートとかキャッチセールスとかはお断りっす」

「そうではない。ここはどこだ?」

「ここはどこって……SHINJUKUっすよ? もしかして上京してきたばかりっすか?」

――そうか。ここがTOKYOの中にあるSHINJUKUと呼ばれる土地なのだな。

「ここはSHINJUKUなんだな……もう一つ聞いてもいいか?」

「ど、どうぞっす」

「今はいつだ?」

「え?」

「今は太陰暦何年だ?」

「太陰暦っすか……ちょっと旧暦については分からないっすけど、今は西暦2016年っすよ」

「西暦……」


ぷるるるる。

突然彼の懐からよく分からない音が鳴り響く。


「ちょっと済まないっす」


彼は懐からケータイと呼ばれる物を取り出し、それを耳に当てて語り出す。


「もしもし、タナカっす。はい、はい……分かったッす」


ブチッ。何かが切れる音がしたと同時に、彼は瞬時に懐にケータイを戻す。


「悪いけど急用が出来たので行かせてもらうっす」

「あ、ああ。引き留めて悪かった」


彼は足早にその場を去っていった。



ここの人達は何かに追われているのか、無表情で切迫した人々が多い。

どうしてそんなに急いでいるのか俺には理解できない。

一息つく毎に溢れんばかりの情報が脳内に流れ込んでくるが、それでも理解できない。


若しかすると、ここは俺の住んでいた世界ではないのかもしれない。

別世界に迷い込んでしまったのかもしれない。


ここである事を思い出す。

ニュートリノと呼ばれる素粒子の事を。

ニュートリノはとても小さな物質で、電荷を持たない。

また外部からの影響を殆ど受けずどのような場所でも通過・貫通する為、その物質を観測し研究すればそれだけで宇宙の謎の一つ二つ解けるかもしれない物なのだ。

その為、ニュートリノの研究をのみしている専門の学者まで居る。

それだけではない。

ニュートリノには重要な点がある。

若しかすると一方通行のタイムマシンを作れるかもしれないのだ。


俺の記憶がないのは、ニュートリノの研究によって出来た産物を使用し、未来に来てしまったからかもしれないのだ。

有り得ない話だが有り得なくない話だ。


ニュートリノによって行えるタイムマシンは人間用ではなく物質用と研究者の間では噂されている。

しかし、人間も物質で出来ている。

人体を素粒子レベルまで分解し、その世界に再構築出来ればタイムマシン自体は可能なのだ。

しかしそれだと自分とは何かと言う哲学的な問題が発生する。

スワンプマンのように、自分がコピーされて存在しているからだ。

つまりタイムマシンによって再構築された自分は、自分であって自分でないのだ。


しかし可能性としてはなくはない。 それどころか高そうである。

思い出せない時期にたまたまタイムマシンを設計し、そして自らを被験者にしたのではないだろうか……。


だがそんな憶測などごまんと挙げられる。

どちらにせよこの世界に順応せざるを得ないだろう。



少し歩くと小さな土手を見つけた。

川の水は少し汚れているが、然程問題はなかろう。

土手の周りに生えている草木を見て、ある事を思いつく。

「この雑草を用いてポーションを作れないか」と。


ポーションは水薬みずぐすり水剤すいざいと呼ばれ、服用者を治癒したり毒を与えたりする事で有名な一般的妙薬だ。

錬金術に於ける最終目的である「不老不死の妙薬」を作る為の第一歩とも云われる基礎的な薬品なのだ。

しかし、未だに不老不死の妙薬なぞ完成できてはいない。

そもそもそんな物は出来ない筈だ。

錬金術そのものを否定する気はないが、俺も錬金術師の一人だ。

だからこそ言わせてもらう。

形あるモノいつかは壊れ、命あるモノいつか散る。

時の流れは残酷だ。

時の流れ……。


自分が考えていた憶測が正しいならばと思い、俺は水面に顔を映す。

……やはりだ。

年を取ってはいない。

俺は本当にタイムマシンがを作ったのではないかと言う一抹の不安を感じる。

相対性理論を基にしたタイムマシンの理論的には年を取らなくても何らおかしくはないからだ。

その理論によると、自分自身ではなく時間が早くなっているので、タイムマシンを使用した本人は年を取らないのだ。

と言う事は、ここは未来のイスタノーレなのかもしれない――。



俺はそこら辺の雑草を毟り取り、たまたま持っていた小さな容器に、川から汲みとった水と一緒に入れ、軽く水洗いをする。

水洗いした後の水については、そこら辺の雑草に与えて、もう一度容器に水と水洗いした雑草を入れ、数十分待つ。

本当は火を使うのがいいが、この状況では火を起こす事ができない。


数十分後、容器に入った水をかき混ぜた後半分捨て、先程の雑草を搾り容器に出てきたエキスを入れる。

そうして出来た物が簡易的なポーションで、多少の疲労回復作用がある。

若干の青臭さがあるが、今回は贅沢を言ってられない。

俺はそのポーションを一口で飲み込んだ。


……身体に変化が現れる。


「なんだこれ。くっそ不味い」


口から喉にかけて強烈な苦みを感じる。

しかも疲労が回復するどころか体力が減る感覚を覚えた。

割と適当に作ったので失敗したのだろう。

腑には落ちないがまあこういう事もある。

俺は諦めてこの街を歩きまわる事にした。


少し歩き、空が茜色に染まり始める頃、俺は商店街のようなものを見つけた。

しかし活気がなく、人もあまりいない。

その商店街の中を歩いていると、どこかからガラついた声の男数人が、何かに対して怒鳴り散らしてる声が聞こえた。

俺は何があったのかと思い、その現場へ向かう。

そこは路地裏から繋がる小さな空間で、光が少ししか入らないようで薄暗く、尚且つ生ゴミやよく分からない物が散乱して地面が何色で出来ていたのか分からない程に汚れた場所だった。

そこには大柄の男が一人と細身の男が二人、囲まれた状態で壁にへたり込んでいる少女が一人居た。

俺は陰に隠れながら様子を伺う。


「てめえ、俺の子分をずいぶんと可愛がってくれたようだなあ?」

「だから人違いですって。何度も言ってるじゃないですか」

「まだ認めねえつもりかあ? あまり女は殴りたくねえんだけど、可愛がってやらねえと……おい、お前はそこで何をしてる」

気付かれたようだ。俺は大柄な男の正面へと移動し、立ちはだかる。

「……」

「何をしてるか言え」

「……お前らこそ少女囲って何をしてる」

「てめえには関係ね――」

「お前は黙ってろ!」

「すいません兄貴」

「こっちはこの女のせいで俺の子分が怪我したんで、その分の礼を受けてもらうんだよ」

「そうか」

「分かったなら、とっとこ離れろ」

「分かった」


俺は男達に近付く。


「それ以上近付くんじゃねえ。近付いたら、てめえの命はねえぞ」

「命がない? 命なんて死より軽いな」

「何を言って――!」


俺は相手に近付き、左手で大柄の男を殴る。

しかしその攻撃は軽々と受け止められる。


「あぶねえ……てめえも――」

「フェイントだ」


そう言い終えると同時に俺の右手が相手の蟀谷にクリーンヒットする。


「ぐっ……中々やるな」

「おいスズキ」

「ああ」


小柄の男二人が協力して俺に組み付いてくる。

しかしそれを俺は軽い身のこなしで避けていき、スズキと呼ばれた男の足に俺の右足をかけて転ばせる。

スズキは頭から倒れたようで、それだけで動かなくなる。


「よくもスズキを」

「許さね――」


大柄の男は何かを言おうとしたが、それより先に俺の拳が彼の鼻に当たり、彼が後ろに倒れ込む。

少女が小さな悲鳴を上げたが、そんな事はどうでもいい。


「やべえ……やばいっすよ兄貴」

「いってぇな……くそっ。今日の勘弁してやる。次会った時は容赦しねえからな」

「ああ。楽しみにする」


大柄の男がスズキを持ち上げ、三人はその場を去った。


俺は少女に声を掛ける。


「君、大丈夫か?」


しかしその問い掛けに返答はない。

よく見ると少女は気を失っている事が分かった。

このままにしておくのも問題だと思い、彼女を運ぶ為に触れる。

その瞬間、彼女の情報が脳内に流れ込んできたのだ。

彼女の名前は作間さくま真奈美まなみと言い、この近くの古い一軒家に一人で暮らしている事。

そこの鍵は彼女のバッグに入っている事。

田舎から一人で上京してきた高校生と言う事。


俺は気絶した彼女を担ぎ上げて、彼女の家まで向かった。

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