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「朝からよくそんなにたべれんね」
朝練が終わり,体育館の隅で体育座りしながら2個目のオニギリにかぶりついてる時に
「彩香はそれだけでよく足りるね」
彩香の右手に持っている大豆バーを見て言った。もう片方の手には『3秒で栄養補給』のキャッチフレーズでおなじみのゼリー飲料,エネルギーチャージマスカット味が握り潰されてた。ちなみに私はエネルギーチャージでしかマスカットの味を知らない。
「車ん中で軽く食べてきてるし,練習も球出しくらいだからね。愛梨は食べてきてないの?」
「まあね。私んち車ないし,同じ方向の人がいないからね」
バスケ部では練習試合や朝練で集合が早い時は,帰り道がだいたい同じ人同士でかたまって誰かの車に乗せてもらうというシステムになっている。私の帰り道は同じ部活の人誰もいないし,なんなら同じ学校の人も少ない。
たいへんだねーとテキトーな相槌を打っている彩香を横目におにぎりをほおばる。やはりおにぎりの最強の具はシーチキンだと思います。でも梅干しも捨てがたい。最近のコンビニのおにぎりは邪道だと,愛梨思います。
脳内おにぎり会議しながら2個目のおにぎりをたいらげ3個目のおにぎりに手をのばすと,ふと周りに人がいないことに気付く。2,3年生の先輩方は部室で着替えているから体育館にいないのは当たり前だが,部室では10人ぐらいしか入らないため,1年生は時間をずらすか空き教室で着替えるしかない。朝練の時は時間も空き教室もないので,男バスの朝練がない場合は体育館で着替え,男バスがいれば追い出して体育館で着替える。ドンマイ!男子!
「みんなもう教室行ったの?」
「んだ」
んだ?ああ,方便か。
父親の仕事の都合で東京から秋田に引っ越してきてから2か月近く経ったけど,いまだに不意打ちの方便についていけない。『んだ』は『そう』,『しゃっこい』は『つめたい』,『めんこい』は『かわいい』というのはわかった。語尾に『だべ』とつけるのも東北弁から生まれたものらしい。
「早く食べなよ」
「だすな」
方便で返事をしてみた。すると彩香は眉をひそめた。私はおにぎりを一口食べ,それをじっとのぞきこむ。
「どうしたの?」
「いや,よそもんさ方便使われるといらめぐなーって」
「これだから田舎者は」
そう私が軽口をたたくと,彩香はふふふ,と笑った。私もそれにつられて笑った。
入学してきた頃は同じ小学校の人がいないため,どの女子のグループにも溶け込めなっかった。他の女子達は同じ小学校同士でかたまったたりしててワキアイアイとしてるのを眺めるだけだった。その度に引っ越しの元凶である父親を恨んだ。今では女バスのみんなと軽口をたたきあえるほど,仲良くなった。でも父親のことは許せない。
3個目のおにぎりをたいらげ,時計を見る。7時49分。朝自習は8時15分からだから,だらだらしてなきゃ間に合う。
おにぎりを包んでたアルミホイルをバックに入れ,着替えようと立ち上がる。彩香はすでに上を制服に着替え終え,あとはスカートをスパッツの上からはくだけだった。彩香ファンクラブの男子,彩香ちゃんは上から着替えるタイプですよー。
そんなどうでもいいことを考えながら靴下を履き替え,バスパンを脱ぎスパッツをはく。スカートのホックを留めながら,彩香のほうを見るともう着替え終わりバックを持っていた。
「先行ってていいよ」
「いいよ。待ってる」
だすか。待てせるのは悪いから手早く着替える。着替え終わり,一緒に体育館を出る。
「待たせてごめん」
一言謝罪すると,彩香は手をひらひらさせて許してくれた。
並んで階段を降り,生徒玄関を目指す。特に会話することもなく,ただモクモクと同じ歩幅で歩く。
しかし,あることに気付く。私は2組で彩香は4組。教室がある階も違う。なんで私のことを待っていたんだろう。
彩香になんで待っててくれたのか,聞こうと思ったけど,やめた。粋じゃない。彩香の優しさだろう。
体育玄関でスニーカーに履き替え,外に出ると彩香は口を開いた。
「愛梨ってさ―」
なんだ,聞きたいことがあるから待っていたのか。好きなおにぎりの具はシーチキンだよ。
「うちのクラスのテニス部の青山くんと付き合ってるってホント?」
初めて知った。
徒然物語 セミノハ @seminoha
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