●●●

早歩きしたおかけで5時57分に体育館に着いた。

体育玄関でスニーカーからバッシュに履き替え,階段を上る。

ダム,ダム,ダム。

バスケットボールが弾む特有の音が聞こえた。誰かもう来ているみたいだ。多分キャプテンの美月みつき先輩だろう。いつも誰よりも早く来て準備をしてひとりでシュート練習とかしてる。

開きっぱなしの体育館のドアからのぞいてみると,やはり美月先輩がひとりでシュート練をしていた。

「おはようございます」

「あ,愛梨ちゃんおはよ。早いね」

「あ,はい,おはようございます」

先輩も早いですね,と言おうと思ったけどやめた。なんかナレナレしい気がした。この部活は上下関係に厳しい,というわけではないがどう考えても後輩の言うセリフじゃない。

コートを見回すと,体育館を半分に分けるネットやボール,ビブスなど朝練で使う道具が準備されていた。きっと美月先輩が出したのだろう。なんか申し訳ない気がした。やはり準備や雑用は1年生がやるべきだ。

「愛梨ちゃんパス出して。ハイポらへんからテキトーに」

「あ,はい」

美月先輩に頼まれて,荷物を壁際の1年生の場所に置きいて,駆け足でポジションにつき,ボールを受け取る。

今日みたいに早く体育館に着けば,たまに美月先輩からボール出しを頼まれる。1年生は体力作りや雑用がほとんどだから,こうして頼まれれてボールに触れることが素直にうれしい。

フリースローの少し手前に立ち胸の近くにボールを持ってくる。それを見た先輩が真ん中から右に走り出す。私はスペースにボールを出す。ボールを受け取り,少し溜めてから両手打ボスハンドでボールをゴールに向かって放つ。

シュッと音を鳴らし,ボールがリングを通過する。

私はこの音が好きだ。ドリブルの音も好きだ。バッシュのキュッという音も好きだ。バスケが好きだ。

弾んだボールを片手で取り,またさっきと同じポジションに着く。

-あの子ほうが好きだったのかな。

「愛梨ちゃん,ボール」

「あ,はい」

先輩にいったんボールを返した。それを直ぐに私にパスし,また右に走り出した。私は同じようにパスし先輩がシュートする。

今度はリングに弾かれボールがコートに落ちる。

「ふー。んー。私のフォームどうかな」

「え,いいと思いますけど」

正直そんなにフォームの良し悪しはわかんない。素人と経験者の違いなら簡単に分かるけど,細かい違いはわからない。

「そっか。なんか調子悪いんだよなー。夕紀ゆうきちゃんとかフォームきれいだったよね」

「あー,そうですね」

あの子−飛鳥夕紀の名前が出てきたのがびっくりした。確かにあの子のフォームは私でもわかるほどきれいだった。

「なんでやめちゃったんだろうね」

私は美月先輩の独り言のような質問にあえて答えなかった。

体育館の壁掛けの時計を見る。6時7分。そろそろ他の人が来てもいい頃だ。

「愛梨ちゃんなんか知ってる?」

「さあ,わかんないです」

すいません,知ってます。色々あってあの子は退部しました。色々の部分も知ってます。

「ふーん。どうせ2年がなんかしたんでしょ。夕紀ちゃん,うまかったからそれに嫉妬したとか」

「さあ。わかんないです」

その通りです。でもそれだけじゃないんです。

美月先輩は全部知ってるんじゃないかな。その上で私に聞いてるんじゃないのかな。

「おはよーございまーす」

体育館の入り口のほうから複数の声がした。2年生御一行が到着したみたいだ。

よかった。これで気まずい質問から解放される。

でも私がボールを触れる時間も終わりだ。ザンネン。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る